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映画と本

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#散文

悲しみのなかにある笑い

悲しみのなかにある笑い

なんかもうムチャクチャな話だった。飲んだくれの私立探偵ニック・ビレーンが、行く先々で暴言を吐き散らし、女のケツを押さえようと追いかけ回し、ムカつく男がいればそいつのケツも蹴り飛ばす…。チャールズ・ブコウスキーの遺作、「パルプ」。

主人公ですら、「こんなダメな奴にケツの一蹴り以外何かを手にする資格があるのか?」と自問するくらい下品な話。それなのに不思議と、作品全体に哀愁を誘う雰囲気が漂っている。

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あなたの罪を背負って死ぬこと

萩尾望都「トーマの心臓」のあらすじです。

シュロッターベッツ・ギムナジウムの優等生、ユリスモール・バイハン(ユーリ)。彼はある朝、一学年下の美しい生徒、トーマ・ヴェルナーが足を滑らせて陸橋から落ち、亡くなったことを耳にします。素直で可愛いトーマは、学校の生徒たちにとって、恋神・アムールのような存在でした。

誰もが不幸な事故としてトーマの死を悼むなか、ユーリは友人のオスカー・ライザーから、トーマ

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ゆめまぼろしでも

ゆめまぼろしでも

身体の性別に関係なく、誰であれ女性性と男性性を持ち合わせているものですが、女性性の愛を求める男性性の強い思いや、精神的な飢え渇きは、特に切実なものであるような気がします。

自分自身の中であまりにも男性性や父性が強いと、前進、向上することや、規範、厳しさなどが重視され、内面生活がちょっと苦しいものになりそうです。女性性も男性性も、社会で生きていく上ではもちろん両方が大切な性質ではあるけれども、生き

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滅ぶ美、その永遠性

昨日、用事があって市役所に行ったとき、駐車場のアスファルトの上に散らばる鮮やかな桜の花びらにふと意識が向きました。
それと同時に、作家の渡辺淳一さんがエッセイ集「退屈な午後」のなかで、桜の美しさと憂鬱さについて綴っていたことを思い出し、帰宅して読み直してみると少しだけ思うところがあったので、本の引用を交えてここに書き残しておきます。

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渡辺さんは、桜があ

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優しい狂気

時々、これといった物事や個人に対してじゃなく、その向こう側にある何かもっと大きなものに対して、どうしようもない怒りが湧き上がることがある。私はそういう時、ホアキン・フェニックス主演の映画「ジョーカー」を観る。それか、中村文則の小説を読む。

悪って何だろう。ネットサーフィンをしているとよく漫画の広告を見かけるけれど、最近はなぜか人間関係の泥沼や復讐劇を描いた作品が多いような気がする。人の悪意を駆り

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エルサ、もう一度歌って

エルサ、もう一度歌って

ありのままに生きるということは、世間に背を向けることだと心のどこかで思ってた。でもいくらなんでもそれはない。礼節さえ大切にしていれば今はそんなに冷たい世間でもないはずだ。

「アナと雪の女王2」を観たあとからずっと考えてる。前作「アナと雪の女王」は、姉妹の絆を取り戻したという点ではたしかにハッピーエンドだったんだろうけど、私がエルサだったらあの物語の中で起こった出来事はかなり大きなトラウマになるだ

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最後までよろしく

最後までよろしく

今年の八月頃、韓国映画「ビューティー・インサイド」を観た。毎日目が覚めるたびに性別も年齢も人種も全く違う身体に変わってしまう主人公のウジンと、彼が愛した女性イスのラブストーリー。ウジン役は123人の役者が演じたらしいけど、どんな姿であってもウジンの目の奥に浮かぶ表情はどことなく似ていた気がする。もう幸せはとっくの昔に諦めたというような寂しげな瞳が印象に残る作品だった。

この映画を観ている間、銀色

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