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「でんでらりゅうば」 第22話

 異形の男は意を正し、安莉のほうに真っ直ぐに向き直って、言った。
「今言うたように、俺は、星名せいなの跡取りよ。星名きみたつ
「えっ!? じゃあ、あなたが、すみたつさんの双子の?」
「そうたい。澄竜は俺の弟よ。あいつから聞いとうや? ……あんたはな、俺の嫁さんにならんといけんたい。あんたは、最初っから、そんためにここに招かれたとよ」
「何ですって!? そんな……、嘘よ。澄竜さんからは何も聞いてません。私はここに働くために来たのよ。雇われて、きちんと契約書も書いたし……」
「そげなこと、どげんでもいいったい。要はあんたんみたいな若い人を、村は必要としとったっていうこったい」
 公竜は言い、安莉は黙り込んでしまった。沈黙の重い空気が流れた。
「……お断りする、ってことは……」
「できんたい」
 質問は、ばっさりと切り捨てられてしまった。
「最初っからお前に選択肢はなか。強制的に、お前は俺の嫁になって、村のために子どもを産まんといけんたい」
「子ども!」
 安莉は仰天した。自分が子どもを産む? これまでの人生のなかで、一度も想像したことすらない考えだった。
「とんでもないわ。私は嫌です!」
 安莉はきっぱりと拒絶した。
「そうやろ。そう言われるんはわかっとった」
 肩を落として公竜は言った。
「俺のような、こげな見た目ん男を好いてくれる女なんか、おるわけなかったい」
「そ、そういうわけじゃ……」
 安莉は困ってしまった。最初は恐怖と嫌悪しか感じなかったが、今目の前にいる星名公竜は、話せば話すほど、人間らしい中身を持っていることがわかってきた。
「いいったい。やけんあんたんことがずっと気の毒やって思いよった。今日俺が真っ先にここに来たんはな……」
 公竜は言った。
「お前をこっから逃がしてやろうと思うて」
 今、村では安莉を花嫁として迎えるための婚礼の準備をしているところなのだという。星名家に花嫁が来ることを祝うために、村を挙げて会場を準備し、祝宴の膳をこしらえているのだ。
「あいつらが準備しよるあいだなら……まだもうちっと時間があるけん」
 公竜は言った。
「今の内なら、こん抜け道通って外に出らるっけん、俺が逃がしてやる」
 安莉は唾を飲み込んだ。どうやらこの男を信じるしかなさそうだ。そして、公竜になら、信じて命を任せてもよさそうだという気がしてきた。
「わかった。あなたと行くわ」
 安莉は決心した。
 大急ぎで服を着替え、靴下を履き、ドアを開けて待っている公竜の後について逃げ出そうとした、そのときだった。

「だーれが、逃げようとしよっとか!」

 嫌に甲高い、高飛車な声が響いた。
 それは澄竜の声だった。階段下のクローゼットから出てきて、怒りに震えた様子で上を見上げている。その後ろには、顔は見えないが、女が控えている。
 澄竜は、いつものように堂々と、傲慢ごうまんな態度で階段を上がってきた。だが今日はいつも以上に興奮した、血気盛んな様子で目をギラギラと光らせている。
りんが教えてくれてよかったたい」
 後ろについて上がってくる女を顎でしゃくって、澄竜は言った。それは、あのおぬい婆の神託を通訳する古森ふるもり凜だった。凜は、意を決したような強い眼差しで、安莉を見つめていた。
「お前たち……。何のつもりね」
 公竜が言った。澄竜は公竜を押し戻すようにしながら自分も部屋のなかに上がり込むと、公竜をまじまじと見た。そして顔をしかめ、小声で言った。
「お前が公竜か。思っとった以上に、おぞましい姿やの……。本当に俺の兄貴とは、信じられんね。その装束は、星名のできそこない、、、、、、、、、に着せるやつたいね。家んが言よったとおりたい」
 そして改めて公竜をにらみつけ、語気を強めてこう言った。
「お前こそ、何をするつもりやったと。村がやっと手に入れた若い女を、むざむざ逃がすつもりやったと?」
 何を考えとっか! そう叫ぶと、いきなり兄の顔を拳で殴りつけた。ぐうっ、と声がして、公竜は倒れた。真っ白な髪の毛の半分が、流れる鼻血で染まった。
 不意を打たれて起き上がれないでいる公竜の腹に、澄竜は今度は思い切り蹴りを入れた。ううっ、と言って公竜は気を失った。
 安莉は目の前で起きたことへの恐怖で、微動だにできなかった。双子の弟が、兄に陰惨な暴力を振るっている。澄竜の常軌を逸した残虐性を、不吉な予感として見つめていた。
「こげんことをして、許されっと思うなよ」
 澄竜は怒りに燃える目つきで、今度は安莉に迫った。
「もしお前が逃げたら、村は大騒ぎになるったい。大変なことをし起こすとこやったとぞ」
 そう言う澄竜の目のなかにほの見える猟奇性は、公竜の真っ赤に染まった目よりもよほど禍々まがまがしく、恐ろしいもののように思われた。
「もうすぐ村ん衆が来るっけん、それまでおとなしゅうしとけ!」
 甲高い声で、澄竜は言った。そのときだった。

「お前――――ッ! 人間の心はないんか――――ッ!」

 力を振り絞って起き上がった公竜が、ものすごい勢いで澄竜に襲いかかった。兄弟は取っ組み合い、大乱闘が始まった。安莉は咄嗟とっさに、壁際に下がった。凜は入口のドアの前に立って、じっとそれを見ていた。
 それは、薄暗がりで繰り広げられる、美青年と野狐やこのごとき異形の者との闘いだった。だが、美青年は狂気のために、野狐のほうは正義のために闘っているというのは異様なことだった。
 初めてあいまみえたのであろう双子の兄弟は、つかみ合い、殴り合い、蹴り合い、投げ飛ばし合い、いつ終わるとも知れぬすさまじい闘いを繰り広げた。ソファをひっくり返しながら倒れ、テーブルの上に打ちつけられ、起き上がりざまに頭突きをし、拳と蹴りの応酬は続いた。双子だけに力は互角のようで、いつまでも勝負はつかなかった。二人は傷だらけになっていた。
 疲れ果てて、とうとう互いの動きが止まったとき、公竜はこう言った。
「俺みたいなんと結婚するなんざ、可哀想やないと!」
 すると澄竜は、驚くようなことを言った。
「やったら俺に譲れ! 俺が結婚しちゃる!」
「お前、何を言うか!」
 公竜は目を見張った。
星名ん血、、、、が継げれば、それでよかっちゃろ? やったら、俺でもよかろうもん!」
 公竜は震えだした。
「……お前は駄目じゃ。……お前だけは、、、、、、駄目じゃ。村長もいっつも……」
 そのとき、つと、古森凜が動いた。右手に何か、、を握っている。薄暗がりのなかでそれは、不安な新月のように一瞬だけ閃いた。
 すっと持ち上げたその何か、、を、凜は自分に背を向けている公竜の背中に、ひと息に振り下ろした。ブスッ、という音が、部屋のなかに響いた。
「ああっ!」
 公竜は叫ぶと、胸を反らし、宙を仰いだ。何度も奇妙な痙攣をし、その人間のものとは思えぬ真紅の目は、おどろおどろしいほどに見開かれた。

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