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やっと失恋に気づいた話。

「みんな人生エンジョイしてんなー」
と、インスタのストーリーを見ながら「羨ましいな」と思うようになったのはいつからだろう。
僕の生活には、色が無くなり、ただ家と職場の往復である。同級生たちの投稿ページの欄を適当にダブルタップすれば「いいね」ということになるらしい。そんなことをしていたら見つけてしまったとある投稿。

婚姻届”という三文字それぞれの漢字の上に載せられた3つの指輪の写真とそれを投稿した主。
Instagramというツールは写真メインのSNSだからこそ言いたいことがよくわかるものだ。
そして、そこに添えられる「ご報告」からの文章。

なるほど、ついにこの人はガラスで出来たあの階段をガラスの靴で登り切ったのか。なるほどな。

つまり、僕はやっと、この恋を終えたのだ。


今から書き記すのはとても長過ぎる記録とする。簡単に言えば死語かもしれないが「ケータイ小説」ぐらいに思っていて欲しい。主人公俺。みたいな。この文章は事実を大体そのままにしている。しかし、あまり特定するのも…とも思うので、一部、そのほんの一部をフィクションということにさせて欲しい。

後にも先にも一つだけ言えるのは、一応これは年月的に「令和時代に持ち越せなかった平成最後の大恋愛」というところだ。大袈裟だけれども。きっとそれ位が丁度いい。今、振り返りそう言えてそう想える恋は本当に幸せだから。
ため息が出るほど呆れるくらいに良い女との恋のお話だ。

僕が高校卒業後に通った4年制の学校に一人の女の子が居た。その子の名前は北野と言うが、どれだけ親しくなっても最終的に僕はその子を最後まで「北野さん」と呼び続けることになる。周囲の男子が北野さんをどう呼び捨てにしても、僕だけは北野さんだった。その親しさを例えれば、急に呼び出されて「二人でどっか行こ」と出掛ける。北野さんが寝るまでの間、電話の相手をほぼ毎日していても、僕はずっと「北野さん」と呼んでいた。

こう見えても出会いなんて最悪だった。何も知らない北野さんが実技練習のペアになってしまい、その練習中に全く互いに知らないはずの僕に失恋話を持ちかけてくるところから。

「遊ばれてたのかな…私…」

と、真面目なトーンで話していた北野さんに対して僕は

「そりゃそうでしょ」

と言ってしまい泣かれる。
僕らの関係はどうもここからスタートしたらしい。

流石に女の子を泣かせる気持ちは無かった。本当に無かった。泣かせるのは趣味ではない。募ったのは罪悪感だ。しかし、北野さんが当時の失恋相手に遊ばれていたのは確かで、それを聞かれたから答えただけで。全くもって愛情を持たず嘘をつかない素直な返答をする。きっと本当はただ誰かに聞いて欲しくて共感して欲しかったのだろう。それでも僕は愛情なんて持つ理由がなかったから嘘をつかずに答えただけだ。

僕はその先に北野さんが泣くなんて思っておらず、ひとまずその教室から北野さんの手を引っ張り「廊下を走るな」と子供の頃に教えられたであろうルールを無視して自販機まで一気に走った。
二人で軽く肩で息をしながら、走った疲れと泣かれた罪悪感で僕の震える指先を使い、ありったけの小銭をかき集めて北野さんにジュースを奢った。何と小さな罪滅ぼしだろうか。自販機までのダッシュで北野さんの涙は止まっていたのでひとまず安心した。

少しすると落ち着いた北野さんは
「無神経過ぎる…本当に最低…」
と、言うけれどその後に僕がジュースを奢るために多くの人がいる教室から連れ出したことに対して笑顔で感謝だけは伝えられる。僕は人よりも顔の作りがとても薄くて表情もそんなに大きく変わらない。更には存在感も無くあまり人と話さないので北野さんにとってはモブなのである。しかし、この時の空気の読めない発言で泣かせたことにより北野さんから頂く僕の異名は「空気を読めないモブ」となる。ダンジョンアニメとかであれば大体最初に雑魚キャラにさえ殺されそうな雑魚キャラの異名だと思う。

その数日後、「空気を読めないモブ」はあることに気付く。それは講義中に左の窓側の前の席に着席している北野さんに既視感を覚える。あの目とあの体格の小ささと笑顔…。当時僕が通い詰めたアイドルグループの推しメンに似ていることだった。僕からすれば出会いが互いに最悪だと当時も今も思うので複雑な気持ちだが北野さんの顔が良すぎることに気付く。
「推しメンの顔と似ているその人が、誰かに遊ばれていたのか」と思うとアイドルには夢を売ってもらっているので、理想と現実の差に対してさらに複雑になる。

何かを拍子に数ヶ月もすれば互いにいつの間にか“生産性のない話”で盛り上がることが多くなる。多分、今のところ人生でLINEというSNSツールでメッセージや無料通話を交えた回数はこの時期が一番と言って良いほど多い。多いのでは無い。多すぎたのだ。北野さんの親友からも後々「付き合ってるの?」と聞かれるたびに否定するほど。そして更にそう気付くのは8年後のこの文章を書いている今。
しかし、意外と互いに別で恋愛をし、互いに別で失恋をしては慰め合い、僕はいつの間にか北野さんのことが好きだと言うことに気付かされる。いつも僕みたいなモブに入り込んでくれるのが北野さんだったからだ。

だけど僕はそんな恋心を北野さんには伝えなかった。一切伝えなかった。きっと彼女はこの好意に気付いているだろう。それを分かっていても「僕らは友達だよね」と僕は押し付けた。
ただの「空気を読めないモブ」という異名の存在だった僕が北野さんの受け止める「そうだね。友達だよ」という存在に昇格できただけでも凄いことなのだ。僕は欲しがりすぎるとその先は止まらなくなるので欲しがっても少し抑えるくらいが丁度いいと思う。
そうでもしないと北野さんが存在する、僕との関係性に亀裂が入ることなんて分かっていたから

それでも僕は前述したように唐突な誘いのご飯やほぼ毎日かかってくる長時間の電話を断らなかった。

他の友人から「絶対それ利用されてるよ?」と言われたけど、今更なのだ。

ここまで来たら”卒業するまで利用されてやる“と思った。

僕は北野さんに関わって
良い思い出で卒業する

開き直って、そう心に決めたのだ。自己満足だ。多分それぐらいの気持ちがないと僕は卒業できないことも分かっていたし、留年してもこの学校を辞めてしまうだろうと覚悟したからだ。

これは共依存だろうと思われるだろう。

おかしくない。自己満足を北野さんに満たしてもらっている所こそが依存している。そして北野さんに対して僕が陶酔し、尚且つ一人暮らしの北野さんにとっては寂しい時に丁度、遠方へ行く際の服選びや食べたい物を一緒に食べに付き添う相手であり、夜はほぼ毎日5、6時間も電話をする相手が居るのだ。その相手は一切一線を超えないであろう距離を自分から取ってくれる。北野さんにとっても当時は好条件だったらしい。

4年間の中の3年間で何度僕は北野さんと一緒に勉強をしただろうか。マクドナルドで夜中の1時越えは当たり前だった。何個も僕は北野さんの頼んだ湿気ていくポテトを見た。僕もナゲットを何個も頼む。居座るためだ。先程いつもの様に頼んだポテトと同じ体勢になるように、時間が経過するごとに机に伏せて寝ている北野さんを何度見たことだろうかと思う。それはマクドナルドだけでなく24時間空いているスカスカの穴場のファミレスも同様だった。
それでも僕は北野さんの家には入らなかったし僕も北野さんを家には入れなかった。多分そこは互いに一線を引いていた。お互いに暗黙の了解があった。

実は内心他人から共依存と言われようが、自分が「あの部分は共依存だった」と思う場面も前述した様にいくつかあるが、当時の僕も今の僕でさえも本当に心からただの共依存で済ませたくないことには理由がある。

そこまでに培った最低限の信頼と
互いの束縛とは程遠い互いの嫉妬と
互いに夢を目指すための勉学を行う上や
そもそも互いに友情と愛情があった

そこにあったものを思うと、これまで僕の知っている共依存のとてもドロドロとしたものが無いと今でも思ってしまう。僕の過去の恋愛がドロドロすぎたのかもしれないが。

実習前、北野さんはいつもの様にLINEで僕を呼び出した。

「明日空いてる?遠いけど、博多に行きたい」

博多は僕達が在住している場所から本当に遠い場所である。「福岡はいい所だよね」と言われるが地域格差が激しいからこそ地域レベルが低い場所に在住する僕は福岡が良いところだとそんなに思ったことが無かった。

車中には乃木坂46の曲が流れていた。北野さんが西野七瀬推しらしい。僕は当時乃木坂46といえば同い年のセンターに生駒里奈ちゃんが居て、白石麻衣ちゃんは2ちゃんねるで顔が出た時から綺麗で、推すならこの人だと思っていた。同じ名前繋がりで深川麻衣ちゃんというメンバーが居たことや、松井玲奈さんがいたことぐらいしか知ることがなかった。しかし、僕に乃木坂46の普及をしたのは北野さんであり、後に
「北野さんが推していた西野七瀬さんが卒業するからそれまで西野七瀬と白石麻衣推しとして応援してみよう」
という理由で僕は乃木坂46のヲタクになる。そして最高16人イッキに推すくらいのDD(でも好き)になる。また、応援するアイドル現場の変更に伴い、僕の名前も今の斎藤悠介になる。全てはこの北野さんが原点である。
今回のここで語られる北野さんは乃木坂46のメンバーにも同じ名字で北野日奈子さんが居るが、北野日奈子さんと僕との共通点は、人間であることと誕生日が同じであるのは奇跡だと思う。

話は逸れたが、クーラーを効かせるも真夏の日光に照らされながら来てしまった博多。本当に何のために来たのか分からず、それよりも得意な場所はアイドル現場のために通っていた天神の方だったので話し合って二人で博多から天神へとバスで行った。

天神へ行くと僕の大好きな「すみっコぐらし」のグッズが置いてある。実はすみっコぐらしのとんかつが好きな僕であった。すみっコぐらしは共感できるあたり…今でも思うがプロのモブを極めすぎたと思う。

北野さんはトイレへ行き、僕の煙草の匂いを嫌うので、北野さんの元を離れて、喫煙所へと行き煙草を吸い終わった頃。同じフロアにいたことに驚いた。しかし、北野さんが1番焦っていた。何か買い物をしていたらしい。

その後はひたすら北野さんの服選びに付き合った。

「どっちがいいかな?」

の質問に

「そっちはいつもの北野さんの明るい感じで可愛いから気分が明るい時にとても似合いそうだよ!もう一方の方は静かで大人な雰囲気で綺麗なイメージ!」

「どっちかにして欲しいんだけど」

と、笑顔で呆れて北野さんがそう言ったので

「可愛いと綺麗、子供っぽいか大人っぽさでどうなりたいかって感じで買うのも一つじゃない?」

僕はただそれだけを言うと、北野さんは一言

「じゃあ大人になろうかな」

と呟く。
もう20歳にもなる北野さんを見ながらもどこか、ガラスで出来た大人の階段をガラスの靴を穿いて登っていく様に成長していく姿に改めて惚れてしまう。危ない。普通に惚れてしまってる。でも今日くらいはいいか。
試着室へと童顔故か、子供のような表情でハンガーにかかった洋服を大事そうに腕に抱き、真っ直ぐ向かう北野さんに「いってらっしゃい」と届かないくらいの小さな声で言いながら送り届けた。

試着室から出てきた北野さんは先程の童顔さを忘れるくらいにとても似合っていて、一気に大人に近づいた気がした。そこで僕はいつのまにかそのガラスでできた大人の階段には登れず、置いてけぼりにされた様な寂しさと、この関係性は現実的にお互い手さえも握らない。そんな関係だからこそ改めていつか手を握りたいと思い返して引き返そうとしても、その世界は許されないところまで来たことを察した。いつかその手が届かなくなりそうで、そんな未来をどこか勝手に想像した。その時何故か僕の心は締め付けられ、苦しくなり急に目頭が熱くなる。
「夏のせいだ」と言い訳したくなるが、この店内はガンガンにクーラーが効いているのでそういう言い訳はさせてくれず現実に向き合うことへの寂しさを感じる。

「本当にこっちで良かったかな…?」

という北野さんの心配そうな一言に

「心配しなくて良いよ!沢山頑張って、悩んで買ったんだし最高の買い物したじゃん!両方とも似合ってたし!沢山着てあげようよ!童顔で背は小さいかもしれないけどギャップが凄くてきっと誰かは惚れちゃうね!」

と、寂しさの反動をぶつける様に僕は笑顔で言った。

「その最後の一言が無ければいいんだけどな」

と返答された。間違いない。最強に空気の読めないことは北野さんと最悪の出会いをする時から僕の欠点だ。しかし、こんなことを言っていないと今までのモノがぶっ壊れる。情だけで最強の空気の読めなさを武器にしたのはこの時だと思う。

だから“誰かは惚れる”のその一人に僕が居る。多分別に北野さんはモテたくて買ったわけではないとも思っている。純粋なお洒落なのだ。それでも1番にその姿を見て改めて惚れ直したのは僕だった。口が裂けても言えない関係はそう言うところだ。

「女は先に大人になり、男はそれに気付かない」

このセリフが今、頭を蘇る。
映画「あの頃、君を追いかけた」作中での言葉だ。
当時は形容してあげられなかったけど今ならそれをしてあげられるのは、今である未来の僕の特権だと思う。

この出掛けていた途中で初めて北野さんに怒られた。喧嘩にならなかったのは当時僕に語彙力が無く、反論なんて出来なかったから。それ以上に僕はとてもズルく、北野さんから嫌われたくなかったからと言う自己中心的思考の発動である。でも、僕にもきちんとわかる様に怒ってくれている。何故それがダメなのかをきちんと説明して怒ってくれていた。
北野さん曰く僕は女誑しだという。浮気の価値観も全く正反対だった僕らだが、北野さんは否定しなかった。そんな寛大な人が怒ってくれるということには今でも感謝している。
ちなみに怒られた原因は、僕の特性である衝動性からの行動だった。でもそれを治すことは難しいけれど、相手のことを考えるということにおいて、怒られたことにより今でも怒られたことは役に立っている。

帰り際に北野さんから、大きめに包装された袋を渡される。中身には「すみっコぐらし」のとんかつの結構デカめのぬいぐるみが入っていた。いわゆるサプライズというものだ。サプライズ好きとは聞いていたが、本来、僕みたいなモブはサプライズされることに慣れていない。サプライズをする側にも呼ばれないくらいなので当たり前だ。
なるほど、フロアでばったり会った時に焦った理由はこれだったか。

「あれ、嬉しくなかった…?」

と、心配している北野さんに対して僕は

「僕…誕生日だったのか…忘れてた…。ありがとう。今、とても嬉しいのは本当。だけど、言葉が見つからないんだ。僕は今までモブだった。そんなモブに推しキャラサプライズだなんて、嬉しいに決まってる。本当にありがとう。」

この当時は本当に語彙力もなければ相手に自分の気持ちを言葉でどう説明すればいいかが分からない。ただ、心がジワジワと暖かい。そんな嬉しさと心臓の動きが加速するほどに喜んだ。

今きちんと言葉にするのであれば、
「そもそもモブだから、これまでサプライズというものをされたことが無かった。それを自分が心から愛情と友情を抱き尊敬している相手から、モブとはいえ、一番好きなキャラクターの大きめのぬいぐるみを貰えば、もう、それは家宝レベルなのだ。心臓がうるさくなる。でもそれは恋だから…も含まれるだろうけど1番はサプライズまでしてくれてプレゼントを選ぶ時間を僕のためにわざわざ使ってくれた嬉しさによって心が跳ね上がっているのだと思う」
とでもいうのだろうか。絶対本人には言えない。

最終的に僕らは卒業するまで一緒に勉強をした。グループが一緒の時、苦手科目が最大の敵として出現。「ラスボスかよ」と言いたくなるが実は違う。ポケモンでいうジムリーダーぐらいだと今なら分かる。ひとまず北野さんと同じグループでも夜中のファミレスで二人きりの時もひたすら勉強をしたこのラスボス感溢れる苦手科目。その科目のテストが終わり、ひと安心をした束の間、受験者氏名と順位と点数が掲示板に表示される。天国か地獄そのもの。

僕は緊張しながらも掲示される時間まで目を瞑りながら、祈り、煙草を吸いながら待った。掲示される時間の5分後に合わせて掲示板へと重い足を動かす。

一歩…また一歩と…。今思えば緊張感的にこの状態だと僕はポケモンマスターには不向きだ。しかし、これまでの科目よりも足が重たい。それ程に苦手教科への意識の向き合いと卒業が掛かってくると再確認した。北野さんと卒業することを目標にした僕へのプレッシャーがきっとここに体現された。掲示板には既に結果が表示されており、知った顔の受験者のいろんな声や表情でそれぞれの結果は予測出来た。
「さあ、僕はどうだろうか」と思ったその途中で、僕の前へと向かって走って来た北野さんが僕に対して笑顔と勢いで抱擁してきた。

今、この瞬間に僕の腕の中に北野さんがいる…??

先程までのタバコの燃えた匂いから一変して、シャンプーの匂いと柔軟剤の香りが甘く、とても優しくて頭がショートしそうになった。テスト終わりのマークミス確認よりも僕の腕の中にいる北野さんの存在を何度も確認をした。腕の中にいる北野さんの体は暖かく、体格は僕よりも小さい女の子そのもの。トレーナーを着用しているその素材を指で感じ取れたから夢ではないらしい。内心、何年をも月日を超えて急な距離の縮み方に驚いてしまう。

「よく頑張ったね」

と背伸びをしてまで僕の片方の耳に小さく笑顔で言いながら片方の手で僕は頭を撫でられた。おぎゃりてえ気持ちは正直あった。
ハプニングの様に一気に距離が縮まったが、それもそのはず僕も北野さんもその当時それぞれで最高得点を取った。しかし正直掲示内容よりもハグの方が正直驚く。なんせこんな関係だからこそ手も繋いだこともない二人が初めて取ったスキンシップは会話とか出掛けるとかを除いて、最初がノリと勢いでのこのハグなのだ。最高得点もハグも最初で最後だった。勢いは怖い。僕らが二人きりで“本気で”酒を飲まない理由はここだ。その後あのハグが気まずくなり謝罪された。でもそれでもいい。嬉しかったことに変わりはない。

学年が変わり4年生になると、グループでずっと一緒に勉強していた北野さんたちは変わらず、僕だけが男子のみのグループに飛ばされた。僕は正直泣いていた。モチベーションが絶不調。しかし、泣いていたって何も始まらない。
僕は北野さんのお陰でここまで来た。ならば、僕は北野さんの成績を抜けるぐらいになろうと誓った。ある種恩返しの気持ちで最後までやり抜くと決めた。多分僕はこんなふとした時に強くなる。

僕は素晴らしく発達障害がこれまでの人生を邪魔して来た。そして検査結果のIQ自体が低い。当時は長文読解が難しいほどに。今のようにめちゃくちゃではあっても文章においての創作を始めた数年後、「ヤバい」や「エモい」を使わずに表現していった結果がこの長文物語の記録として書き切ることが今出来ている。卒業できないかもしれないと言われるのも納得してしまう。しかし競馬の作戦でいう追い込み(レース前半は馬群の後方に控え、最後の直線で瞬発力を発揮する)が小学校からの夏休みの宿題時代からの僕の武器だった。さらには聴覚優位であるため、国家試験の過去問とその説明をひたすらに声に出して読むことで一気に点数は取れていった。

勉強で北野さんに勝てた日が来たのだ。

その先はもちろん負けた時もあったが、グループは違えど変わらず、二人での勉強は休みの日には夜中も関係無く続いた。

僕の発達障害は二次障害を生み出し、パニック障害へと発展し、発作が起こった時も落ち着けてくれたのは北野さんだった。
過去に行われた実習の際に僕は僕の正義で行動していたことで他人は迷惑が掛からないようにして…と思ったがそうはいかずその時誰もが僕を責め銃口を頭に突きつけられる気分になった状態で、僕の友人だと思っていた人が敵になったとしても味方になってくれたのは北野さんだ。
北野さんはお菓子が好きで、僕の趣味はお菓子作りだったからひたすら北野さんのためにお菓子を作れる様になった。北野さんが食べて喜んでくれるだけで嬉しかったので他にもクッキーやタルトを作った。自作のレシピだったからそれを参考に久しぶりに作ると青春時代だったからこその懐かしさに、改めて良い思い出をも作れたと僕は試食する度に思う。

ある日二人とも学校からの帰りが遅くなり、僕は北野さんの家の近くの公園へ行く途中にお酒を二人分買って軽く乾杯をした。北野さんは缶チューハイで僕はスミノフアイスという瓶のお酒。

将来の夢をそれぞれ語った。北野さんの未来には友人の僕が居てくれているらしい。それだけでも嬉しかった。

しかし、僕の未来には北野さんの姿は入れなかった。無理なのだ。お互いの進路や物理的距離には敵わないのだ。

卒業式前に最後に二人で出掛けた。場所が縁結の神社とは、とても皮肉な運命だ。
参拝をする際に僕は願った。

北野さんが遠くへ行っても誰かと幸せに暮らせます様に。この関係が幸せに終わります様に。

この時北野さんと一緒に撮影した紅梅。

紅梅の花言葉は「あでやかさ」とな。
あでやかさというのは、[形動][文][ナリ]《「あて(貴)やか」の音変化》女性の容姿がなまめかしいさま。美しくて華やかなさま。「艶やかにほほえむ」「艶やかな衣装」

デジタル大辞泉より


こんな花言葉のある紅梅がたくさん咲いたその時、さらにこのお願いはもっと神頼みしたくなる。というよりは応援されている気がする。

しかし僕は、ただそれだけを祈った。北野さんが今後どこかへ行ってもずっと幸せであって欲しい。楽しく生きて欲しい。ただそれだけの気持ちと、この気持ちを願うならば、どうかこの関係が綺麗に優しく終わって欲しいと願った。欲しがりだから縁結の神様も困ったことだろう。僕なら困る。

卒業式後の謝恩会の二次会終了後、北野さんにとって僕が本当に伝えたかったことを伝えなければならない時が来る。時間は進むしかないのだ。ドラえもんが存在しない限り。
本人が僕の気持ちをいつ知るか、それは僕も知らない。本人次第なのだ。

「それで、最後だけど何かサプライズは用意してる?」

北野さんは僕が誕生日プレゼントを送る際にすみっコぐらしのぬいぐるみに対して全くサプライズ感が無かったことに不服だったらしい。しかしこれで
「サプライズあります!行きますサプライズ!」
なんて言ってもそれはもうサプライズではない。だから僕は違う方向からサプライズを仕掛けている。

「お礼状ってあるじゃん?本来なら実習地に送るお世話になりましたー。的な手紙。アレを本気で書いてきたよ。はい。」
そう言いながら渡した白い封筒に入った手紙。封筒には「お礼状」と僕は書いた。最初で最後のある意味サプライズかもしれない。

「北野さん、今までありがとう。楽しかったよ!」


「私も楽しかったよ!さいとー!ありがとう!」

そうやって、お互い笑顔で手を振りながら最後の挨拶をし、僕は後ろを振り返らずに頑張って前へと足を運ばせた。苦手科目が掲示板に貼り出される時とは違う重い一歩だった。どうか明日から幸せであってくれと願うしか無い。この挨拶を終えた時に僕は恋人でも何でも無いただの友人なのだから。幸せを祈るだけしか権利を持っていない存在なのだから。

この関係をひとまず終えた。そう実感しようと僕は必死に足を前へ前へと運ばせ飲み直しとして夜の街へと去った。



そういえば当時封筒の中身の下書きがiCloudに残されてあったので、原文の特定されない様に少し書き替えたものをここに画像として掲載しようと思う。

この下書きを書いたMacのアプリの中身をPDF化すると6枚になるが実際そんなに量は無い。実際は少し書き替えたので長くなった。

本当に僕の遺言の様に素直になってでも筆を進め最初で最後に想いをぶつけた。何で直接言えないのか?きっと直接伝えることは当時の僕には不可能だ。僕は上手な言葉選びを知らない人間であり緊張で告白しかしない未来が見える。
でもそれは僕の望む結果ではない。口で伝えたところで、北野さんがちゃんとこの中身まで受け取ってくれるかさえ不安だった。告白というのはそのようなものなのだ。1番素直になりたい時にきっと自分が素直であっても僕の言葉がきちんと伝わるとは思えなかった。だから僕は手紙で出した。感謝が伝わるなら何でもよかった。“好きだったから頑張れた”というこの感謝を伝えたいのに大事なところが伝わらなかったら意味が無いのだ。ある意味本人にするときっと僕の好意には気付いていそうだけれど「本当に好きだったのかよ」というサプライズではある。わざと「友達だよね」を押し付け続けた結果だ。僕が生んだ結末なのだ。それでもこうしないと一瞬で終わってしまいそうな位に恐怖心があった。めちゃくちゃ信頼しているけども恋愛とかいうところになると世間では話が別になってしまうから。信頼と猜疑心のアンビバレンス。
僕らはこの関係をこの先も全く同じ様に続けることはきっと難しいと考えた僕は一旦綺麗に終わらせようと思った。自己満足の形でだ。そもそも僕は北野さんに関わって、僕にとって良い思い出で卒業すると決めて自己満足で気持ちを伝えずにここまで来た。

それを終わらせたかっただけなのである。

そしてその数週間後、郵便ポストに柴犬の便箋が届く。(本物)

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全く想像もしていなかったが北野さんが僕宛にくれたものだった。内容は

「最強のサプライズ。でも、さいとーと友達になれて本当に良かった!良い思い出で楽しかったよ。」

もちろんこれだけでは無い。あくまでも、要約するとこんな感じ。サプライズを100倍返しレベルで受ける。北野さんは半沢直樹説の提唱。
でもそれだけが嬉しかった。僕が犬好きのために便箋を柴犬にしてくれているのも、考えて買ってくれて、送り辛いであろうこの返信を僕のために時間を割いてきちんと書いて送ってくれたことが嬉しかった。
返信は無いと思っていたくらいだ。もしくは最悪LINEでもいいはずなのにわざわざ手紙で返してきてくれたという点に僕は心が温まった。
その後「返信のメッセージが来たよ」と感謝のLINEを送った。それからまた始まる“生産性のない話”いつものようなそんなLINEだった。

その後も電話が来て悩みを吐き出してくれたり、LINEはブロックされなかったりInstagramも普通に見合う仲にはなっていて、物理的距離は離れたが北野さんは変わらなかった。ちゃんとあの当時の関係は終わったがそれでも一本の細い糸はちぎれないままここまで来たのであった。

卒業してから今までの4年間はそういうことが続いた。
別にワンチャンツモれればいいとかそういうことは考えていない。北野さんは北野さんなりにあちらの生活で新しい恋人を見つけて幸せそうだった。

いつか再開した時に付き合わなくていいから、また僕は北野さんに恋をして日々を楽しみたい。そう思っていた矢先。そこで冒頭に戻るわけだ。これが僕の生活に色があった時代。幸せな毎日だった。

“いつか”はもう来ない。

計8年の恋は終わったのだ。

僕はやっと失恋をしたのだ。

何故だろうか。悔しい気持ちが全く無いのは北野さんが幸せそうだからか。 

最後に一度この関係性を終わらせておいて、今回の失恋のショックはあるのに、どこからか解放感を得ているというよく分からない状態である。きっともう友達関係は続いても恋心が終わったからだと思っている。恋心に解放されたのかもしれない。つまり、恋心があるなればバッドエンドは疎遠だけれど恋心から解放されればそれはただの友情関係が引き続くだけであり、友情は縁だから絶縁しない限り続くということが分かる。

僕は北野さんが投稿したインスタのこの投稿に何個分の気持ちの「いいね」を押しただろうか。しかし、物理的には1回だけ押して何回もできるはずのコメントで「おめでとう!!」と一言だけ送ると、変わらず「ありがとう!」というコメントが来るのだから互いに何年経っても本当に変わらない。


おかげさまのショックなのか分からない。それでも珍しくバイクで転倒をした。

本当は緊急事態宣言なんて無ければ、僕は北野さんに令和時代になってから初めて会う事が出来ただろう。
でも大人という年齢になっても、時代が令和時代になってもこの手紙を送ったことは事実で、その先に返信が来たことも事実で、その状態で時間を過ごしてしまったのだからこそゼロには出来ない。だから今更ちゃんと表情を作れる自信はない。
ただ、会えていたら何を話すのだろうか、またいつもの様な“生産性のない話”でもするのだろうか。それがどうも僕たちらしさはある。僕はきっとそれを笑顔で聞くのだろうか。その時は本気を出さずに適当にジュースみたいなお酒を軽く飲んで終わるのだろうか。そういうパラレルワールドがどこかで存在していたら嬉しいが、こちらの世界ではそうはならなかった。ただそれだけだ。

それでも、出会った時は泣いていた北野さんが、僕と最後にサヨナラをする瞬間、笑顔だったことが嬉しかった。

出会って「空気の読めないモブ」だったのに終わりの最後には「楽しかった。友達でよかった」と言われた。それだけで幸せだった。

青春の残り香のせいだろうか。だから僕はきっとこの恋を良い思い出として忘れられないだろう。

北野さんが結婚しても幸せでいてほしい。ずっとその幸せを祈っている。

北野さんが結婚をしたら、

僕は北野さんのことを

どう呼べばいいのだろうか。


そこだけはずっと戸惑う権利が欲しい。

↑上記続編です。


<あとがき>

表紙はフリー素材が見つからずノリと勢いで描きました。表紙描くくらいは本気で書きました。
さて、この日付、「10月28日はタイムループして欲しい」と一人の乃木坂46ヲタクはとある個人PVを見ながら願っていた日付。
1年前だと作中にも出てくる推しメン乃木坂46白石麻衣さん卒業コンサートで「立ち直り中」という、僕がこの世で白石麻衣さんの歌う曲でも1番に大好きで隠れた失恋曲が選曲された日。(自称「過激派組織白石麻衣立ち直り中信者」で活動してたほど)

<あとがき>のあとのツイートについて説明すると、今年はそんなに「立ち直り中」という曲が関係してくるとは思わなかった。
それでも、昨年は白石麻衣さんが「立ち直り中」を歌ったからこそヲタクとしては成仏できた。今回はこの曲を聴きながらiPhone XsMaxを両手に文章を打っているが、この文章でこの恋を一旦成仏させたい。思い出は逃げなければいいのだ。だからここに書いている。ただそれだけである。


























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