死ぬことすらできない辛さ 3 〜決意を胸に〜

結婚生活も早3年。

いつもと変わらない毎日を過ごしている。


休日は家にいることが多いけど、久しぶりに旅行に行った。

温泉旅館に泊まってゆっくりとして帰ってきた時、段差のない所で躓いた。

楽しい旅行も帰って来ると疲れが出る。

そう思って気にしなかった。

しかし、次の日も躓いた。
その次の日も

嫌な記憶が蘇って来た。
兄も同じようによく躓いていた。
医師から検査をするように言われていたのを思い出した。

検査をしていなかった。
自分は大丈夫と思っていたから。

毎日毎日何回も躓き、転ぶようになった。

一人で病院に行き検査をした。
誰にも言えなかった。

検査結果は分かっている。
兄と同じ症状なのだから。

案の定だった。

重い足取り。

夫に伝えなければならない。
親にも。

何て言えばいいのか分からない。

何も言えないままモヤモヤしながら数日が過ぎた。

再診日、夫に仕事を休んでもらい一緒に病院に行くことにした。

医師から病名を伝えてもらった。

夫は説明を静かに聴いていた。

両親にも発症したことを伝えなければならない。
悲しませることは目に見えている。

直接会って話す勇気はなかった。

その日の夜に電話で報告した。

「 実家に帰って来な。お母さんが面倒見てあげるから 」
母は優しくそう言ってくれたけど、すでに兄がいるためこれ以上迷惑はかけられないと思った。

今はまだ一人で生活できる。
今はまだ大丈夫。

しかし、夫婦生活はどうする?

自分では決められない。

さよならと言われても仕方ない。
ヘルパーなどを利用して頑張れるところまで頑張る覚悟は出来ている。

「 今後どうする? 」

「 大丈夫だよ。一緒に居よう 」

夫30代前半
離婚する選択肢があった。
夫を残して自分だけ出て行く選択肢もあった。

まだ若いから大丈夫と思ったのかも知れない。

兄を見ていたためヘルパーを利用してと夫は考えていたようだ。

しかし、突然の発症。
心の準備など出来ているはずはない。

なんで私が。
何か悪いことしたの?
歩けなくなる。動けなくなる。自分でしたいことが何も出来なくなる。

今日出来ていることが明日も出来る保証はない。
徐々に筋力が低下する。
徐々に苦しみを味わうことになるのか。

考えれば考えるほど頭がおかしくなる。


・・・死にたい。


いっそこのまま死んでしまおうか。
その方がみじめな思いをしなくて済む。

夫に死にたいと漏らし、涙を流す日々。

夫は側で聞いている。

歩けなくなっても行きたい所はどこにでも連れて行ってあげるからと夫が言ってくれた。

励ますために、生きる意味や楽しさを見出すために吐いた言葉なのは分かっている。

でも、考えても悩んでも悔やんでも治らないのだから仕方ない。

そう思った時に口から出たのは

「 私の手足となって、行きたいところには連れて行って、やりたいことはやってね 」


受け入れて生きていく決意をした瞬間だった。

死にたいと漏らしたり、涙を流すことはなくなった。


仕事を辞めて近所でアルバイトをすることにした。

正社員よりアルバイトの方が責任が小さいし、何より自由にシフトを入れられるからだ。

車の運転は暫くしていた。

オートマ車。
アクセルに右足、ブレーキに左足を乗せて運転していた。

これなら足を移動させなくて済む。
( 決して真似しないで下さい )

難病の家族会に参加してみた。
他の参加者も同じように運転していた。
考えることは皆同じようだ。
みんながやっていたなら大丈夫と思った矢先、その運転で事故った話しをいくつも聞いた。

怖くなって運転を辞めた。

事故る前で良かったと思っている。



気になる続きはこちらから。


第1話をまだ読んでない方はこちら。

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