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【メルヒェンの蒐集001】蛙の王さま

【メルヒェンの蒐集001】蛙の王さま



 河津周作は不愉快な夢から目を覚まして、身を起こすとそこはホテルの、やたらと大きいわりにひどく硬いロココ調のベッドの上だった。目の前には菱形のの植物の様な模様が並んだ壁紙と、革張りのソファー、レースのカーテンのかかった窓からからは薄暗い部屋光が差しているのが見える。明るさからして既に昼前くらいだろう。横を見やると、皺だらけの白いシーツの上に、こちらの方に向かって身体を丸めて女が眠っている。河

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パララックス・ヴュー

パララックス・ヴュー

 カメラを覗き込めば、そこは真っ暗で、ただ窓からわずかに斜陽の差し込む部屋の一隅を写し続けている。窓にはカーテンは全くない、外の様子が曇りなく覗ける筈であり、同時にこの部屋の殺風景も誰かが容易に覗き込むのだが、逆光のせいで格子状に貼られた枠のほかは一面の白、いやそれほど強烈ではない、陽は傾いてややオレンジがかって、やわらかい。その陽差しが、何にも遮られることなく、白木の床板に、いくつもの平行四辺形

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習作1

習作1

 彼はもはや語ることをやめたがっている。彼はいまや年老いて、動くことはままならない、膝がとても痛むのだ。その痛む脚をおして、彼はここまでひとり、歩いてきた。ここというのは海で、海といっても押し寄せる波の中を一歩一歩あゆみを進めてきたというわけではなくて、その波が打ち寄せてくる浜辺のことで、ここは町からそれほど離れているというわけではないというのに人は誰もいなかった。とはいってももちろん彼はそこにい

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ミニマリズム

ミニマリズム

六月十日(木)列車に乗って仕事から帰り、いま一人部屋にいる。週末に作り置いておいた、牛肉とアスパラとトマトを炒めて塩コショウで味をつけた簡便な料理と、タッパーに入れておいた白飯をレンジで温めて、夕食として食べて、それから外で一服してから、風呂に入って、また一服して、いまだ。

なぜこんなことを書くのか。こんな暮らしを始めてからもうずいぶんと経った。平日の勤めが8時間、昼休憩を入れると9時間で、通勤

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気仙沼ダークツーリズム

気仙沼ダークツーリズム

 一ノ関駅から一時間半ほど、大船渡線で山道を抜けて神月駅を通り過ぎたあたりから風景が開けて、はじめて気仙沼駅にたどり着いたとき、BRTの停留所と駅舎を抜けてロータリーに出た。これといって変わったところのない駅前のようすに驚きとは言えないような驚きを少し感じる。目の前には小さなカジキマグロの模型と時計のついた「ようこそ気仙沼へ!」という文字が書かれた灯台の模造、その奥に七階建てくらいの小さなホテル、

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「ぼくはさっき感じたズルズルと愛のようなものに自分が浸っていく気持ちを大事なもののように感じていたのだが、ズルズルがズルズルと一人で勝手に土俵に割っていったような気持になった」 保坂和志『草の上の朝食』

「ぼくはさっき感じたズルズルと愛のようなものに自分が浸っていく気持ちを大事なもののように感じていたのだが、ズルズルがズルズルと一人で勝手に土俵に割っていったような気持になった」 保坂和志『草の上の朝食』

 思いっきり芝生に飛び込んだシンをにこやかに眺めて、リュウはゆっくりと芝生に腰を下ろした。昨日まで降り続いていた雨も昼頃にはすっかり乾いていたが、芝はまだ少し湿っていた。こんなふうに芝生の上でブルーシートも何にも敷かずにまったりするなんて、おとなになって一度もなかったなと素直に思った。

 晴れやかな太陽のかがやきにあおむけになったシンは、五月の大気を肺いっぱいに吸い込んで気持ちよさそうにしている

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好きだよ、ナッちゃん

好きだよ、ナッちゃん

 冬の柔らかな日差しがそそぐ砂利交じりのアスファルトのプラットフォームの上をぼくは今歩いている。東京で暮らし始めていたから、高校に通うために使っていたこの駅に来るのは本当に久しぶりだけど、そのころにそうだったみたいにプラットフォームの一番奥の、列車の最後尾の車両の停車位置に立つ。そこには薄いトタンの屋根はない。だから雨の降る日には傘をさしてそこまで歩いた。きっかけは些細なことだ、車掌室越しに曲がり

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海辺のほうへ

海辺のほうへ

 生まれて初めて彼が海を見たのは、切り立った崖に沿って走る列車の窓からだった。もちろんその列車は時々トンネルをくぐることはあったとはいえ広い意味ではずっと海沿いを走っていて、木々の生い茂った葉の隙間や家々の向こうに海がちらりと覗くことはあっただろう。けれど彼は母に連れられて長い列車の旅だったので、疲れ切っていて、人でごった返した始発駅のプラットフォームで運よく母と並んでシートに座ることができてから

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