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命 尽きる前に

まだ、その肉体を脱ぎ捨てないで

そこに、とどまっていて。

永遠に、目蓋を閉じてしまう前に

一瞬でいいから

その眼差しを私に向けて。

私を、見て。

「ねぇ、愛してる?」

喋ることが無理なら

あなたも私を愛してるなら

一度だけ、瞬きして。

それが、あなたの愛してるの合図だと

受け取るから。


彼は重い目蓋を引き上げ

少し眩しそうにしながら

瞳を、私に向けてくる。

そして、ゆっくりと

一度だけ、瞬きをする。

まだ、まだ逝かないで。

もう少し、ここに留まっていて。

もっと、もっとあなたを見つめていたいから。

もし、苦しいなら

もう、動かなくていいわ。


もう、あなた以外、誰も愛さない。

イヤ、愛する必要もない。

なぜなら、ベターハーフは1人

あなたしかいないから。

私は誓う。

あなたが亡き人になっても

ずっと、あなただけ愛し続ける。


いよいよ、彼の意識が遠のいていく気配を感じる。

そっと、彼の手を広げる。

私の手を重ね、握り締める。

握り締めた手に、ギュッと力を込める。

私は、ゆったりとした口調で語りかける。

あなたに巡り逢えて、本当の愛を識った。
仕事で忙しいあなたに、わがままを言って、困らせたこともあったね。
本当は別れたくないのに、もう終わりにしよう、って心にもないことを言った。
全部、ごめんねなさい。許してくれる?
もっと、もっと、あなたと一緒にいたい。
あなたの傍にいたい。
まだまだ、ずっと、生きていてほしかった。お願い、死なないで……

その時、彼は薄っすら目蓋を開けた。

嬉しさと、少しの寂しさを漂わせながら。

彼の唇が、ゆっくり動く。

あ  い  し  て  る。

声に出さなくても、唇の動きで分かった。

彼の目から、一粒涙が溢れた。

私も、すかさず言った。

愛してる、愛してる

愛してる、愛してるわ。

彼は目蓋を閉じ、1つ大きく息を吸った。

私は、ハッとして彼の口元を凝視する。

覚悟しながら。

吸った息は、再び吐き出されることはなかった。

私はベッドに近寄り

彼の頬に唇を優しく押しつけた。

そして、耳元で囁く。

さよなら、私の愛した人

あなたは、ずっと私の永遠の恋人

忘れない、忘れないわ

絶対に忘れない

愛してる。

涙が止めどなく溢れた。

彼の名を、何度も呼んだ。



私は、彼の頬に額を寄せる。

まだ温もりの残る彼の手を

いつまでも、握っていた。



彼の顔に、ほんのり笑みが滲んだ。

楽しい夢を見ているかのように……。



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