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#幻想

殯の宮(もがりのみや)

殯の宮(もがりのみや)

黄土焼きのべんがらを塗りつけた、艷めく朱色の四柱に囲まれた寝台。
その寝台に、八重咲きの玫瑰が朝露の泪を堪える様で、丁重に寝かされているのは、姥太母。
姥太母は、大きく黒い体の、売り払えば農場主の懐を豊かにさせるほど丸々とした子を何匹も産んで、その一つ一つに同じぶん愛情を振り撒き、満福の腹を抱えて、優雅に午睡を貪る気高い母豚の眠りの底に居た。
姥太母の意識は起きていたけれども、どうしても瞼が言うこ

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卵顔の女

卵顔の女

卵顔の女を知っているか、いやいや、そうじゃないお前の生活圏三km以内の、鼠の縄張りよりも狭苦しい、ごく限られた世界にいる、のっぺりとした顔をなんとか化粧で立体的に誤魔化している、つまらない人間の女ではない。
おれが言っていることは、本当に卵の殻のかんばせをもった女のことだ。
なんでも、鶏卵と同じ成分の、炭酸カルシウムと諸々のもので作られた女の顔は、なうての占い師が、両手で念波を送り、運命の女神に少

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とある宮廷詩吟師の嘆き、もしくはその一生。

とある宮廷詩吟師の嘆き、もしくはその一生。

とある国の、どこかの話。
なにかわたしを楽しませるようなことを、話しなさい。目の前の氷の眼差しを持つ姫君は静かにそう言い放った。

異国の魔女に呪いをかけられて、生まれてから一度も笑ったことがない、と噂されている冷ややかな、凍った冬の朝日の美しさを持つ姫君。
まさに噂が正しいように、頬の肉は盛り上がるのを知らないようで、静かな顔は水面に張り付いた薄氷の仮面のようだ。
困り果てた王様は、都で一番の詩

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母胎(ぼだい)

母胎(ぼだい)

赤と白
「赤」

御伽噺の魔女の城、庭園の薔薇の中に一匹の蜥蜴が、すやすや眠っている。
少しだけ紫が混じった、赤色の花びらをまとって、天然の惑わすような香水の中で、すうすう寝息を立てている。
城の主の、薔薇と同じ色の長爪の指が、小さな古龍を絡め取る。
ふふふふふ、魔女は爪や薔薇より真っ赤な、唇の端を弧に曲げて笑いかける。
お前には、もっと大きくなってもらはないとねえ、月の満ち欠けが三十回過ぎたら、

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『自家中毒の天使』

『自家中毒の天使』

男は、何もかにも疲れ果てていた。
端正な顔立ちでも、かといって下卑た造形でもなく、普通の顔立ちにやつれた表情をさせた男は、誰も来ない路地裏の壁に寄りかかって、仕方なく煙草を咥えていた。
どこかの子供がした悪戯だろうか、壁のよく分からない落書きの線に、タバコの煙が沿って上がっていく。
男の目の先には、まだ少しだけ青い空に橙のベールをかけてのしかかっている夕陽がある。男の気分も、黄昏そのものだった。

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