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2019年10月の記事一覧

意地悪な他人(ひと)

意地悪な他人(ひと)

やあ、今夜の舞台素敵でしたよ、
まあ喜んでいただけましたか、私も嬉しい限りですわ
ええ、特に最期のシーンは、もう感極まって泣いてしまいましたよ
そうですの…
ええ、…やっぱり美しい人は舞台に立っていなくても、輝き溢れんばかりですね、周りがくすんで見えます
お上手ね
とんでもない、本心ですよ
本当かしら
酷いなあ、信じてくれないなんて、貴女のお召し物だって素敵なものばかりじゃないですか
あら、お分か

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銀桂酒

銀桂酒

片目眇目の老人が、ゆっくりと杯を傾ける。
杯の中の銀木犀を漬け込んだ酒は、とろけるように甘く芳醇な香りは、まるで月の水晶宮に住む女神が、その微笑みとともに注いでくれたようで、今宵は舌も月も一体どこへ落ちたものか。
老人は、かつて朱色の欄干に凭れて、花束のように着飾った女達と遊びを嗜み、友人とも呼べる者とは、世界中の酒の飲み比べを競ったが、
今の時ほど、この老人の心を緩やかに解きほぐしてくれるものは

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姫瓔珞(ひめようらく)

姫瓔珞(ひめようらく)

姫小百合は、夢を見ます。
薔薇色の霧と、金平糖を集めた夢を。
それに、ユニコーンの角の中に貯めた水と、霜の花を混ぜ合わせて、桃色のアイスクリヰムにするのです。
その、甘い氷菓子を、小さい舌で舐めとって、蕩ける夢へと、また堕ちるのです。

ジャスミンの香りが漂い、茨の蔓が茂る窓辺に、頬杖をつきながら、姫小百合は、思いました。
「この世の、美しいもの、綺麗なもの、素敵なもの全てを煮詰めて、甘露ドロップ

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盲金魚ー金魚鉢

盲金魚ー金魚鉢

先に上げた、盲金魚ー水泡眼、ー和金、を見ていただいた方が分かりやすいです。
※暴力描写、障害者、体の不自由な方、性風俗に携わる方に対して差別と取られるような描写がございます。
そのような描写に対して、気分を悪くされる方は、ご注意くださるか、閲覧を御遠慮ください。
また、こちらの作品は上記のような主張をするために書いたわけではなく、劇中の時代(明治〜大正をイメージした日本。現実的な考証の元で書かれた

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盲金魚ー和金

盲金魚ー和金

盲金魚ー水泡眼、の番外編のようなもの。

アタシは、名無しの権兵衛だった。
親は二人とも、ろくでなしで、名前どころか最低限の世話もしてくれなかった。
アタシが赤ん坊の頃は、少なくとも乳はやってたのか、それとも知り合いに預けていたのかは、知らない。
けど、物心つくようになるまで、生きてはいられたんだから、そのどちらかではあったんだろう。
ある日、隣に越してきた子に、名前を聞かれた。
アタシは、豆鉄砲

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盲金魚ー水泡眼

盲金魚ー水泡眼

ーネェ、あれは何?
子供は、人だかりに向かって指をさした。
ーアァあれは盲金魚売りだよ。
姉は、弟の指した指先を窘めるように、己の手で包んだ。
ー盲金魚ってなぁに、普通のお魚とは違うの
弟の純粋な疑問に、少し困ったような顔をして、姉は答えた。
ー盲金魚って言うのは、お人形のように綺麗な女の人達のことだよ
弟はそれだけではさっぱり分からない、という顔をして、姉を見た。
ー女の人達を一体どうするの?

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傲慢滴るパトロネージュ

とある著名な文学者は、芸術家に対して生活の面倒を見たり、金銭の援助を行うパトロンに対して、次のような見解を示した。
「川の中で溺れている者を助けようともせずに眺めて、その者が岸に辿り着いたら助けようとするもの」だと。
大勢の芸術家を抱えているパトロンのN氏は、もっと酷い人でなしであった。
きっと彼の目の前に、川の中で溺れている者がいたら、子供がのたうち回っている蛇を見ている時のように、物珍しいもの

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深海后

深海后、全ての生き物の始まり。この世全ての命の母。鯨のような巨体を擡げ、深海の薄い砂の上に身を明け渡して居る。
暗い海底の活火山のように、ぴくりとも動かずに長い長い眠りについている。
この砂も、元々は深海后の古い皮膚の角質が粉々になった屑だった。
水母は、深海后の吐いた息から生まれ、原始的な海藻類は髪から零れ落ちて生まれた。
魚は、深海后から剥がれ落ちた古い鱗が命を経て、海の哺乳類達は、その魚が深

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種の話

村ぐるみで泥棒をしているところがあった。
そこは、近隣の貧しい村などに比べると、不自然なくらい豊かであった。
その村は、宿に困った旅人が、飯や風呂は要らないから一晩だけ泊めてくれないか、と聞きに来ると快く泊まらせる振りをして荷物や金品を奪う。
手口は、どういうものなのかというと、旅人のために敷いた布団の近くに、大きい荷物を入れる箱と、小物や金品を置くための盆を置く。旅人が寝静まったのを見計らって箱

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匂菫

匂菫

彼女は、通り名と同じ、その花の色と香りをいつも身にまとっていた。
縦に幾重ものプリーツが折り重なった、高級感の塊のような、紫色のドレス。
その色は紫根でも、葡萄でもなく、紫色の菫の花びらを一枚一枚溶かして染めたようだ。
彼女の胸元で大きく煌めく、見事なアメジストのブローチは、水に溶かせば、酒神バッカスが涎を垂らして欲しがる程の極上の葡萄酒が出来上がりそうな代物。
ひっそりとした木陰に咲いている菫

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銀華衣(ぎんけい)

銀華衣は、凍玻璃のような瞳をしている。
白毫銀針という銀の針を逆さにしたような鋭い岩が沢山ある太姥山で、反魂樹を守っている。
反魂樹は幹の破片を取り、反魂香として青銅か玉の炉に、百歳(ももとせ)消えずの火で焚きあげれば、たちまち恋しい人の霊を呼び戻すが、不死鳥の尾羽で燃やし、その灰を月の変若水(おちみず)で練り、人型を作り上げると、命を得た人形となるらしい。
賢者の石の精製を目指すプラハの錬金術師

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盲金魚

貴方の左手の紐は、盲金魚につながっています。
長身の双子の姉妹にそう、言われた。双子は、それぞれ黄緑との紺藤色の、モダンガールのようなワンピースと、揃いのハットを被っていた。
手には手品師が使うような、真っ白な手袋をはめて、互いの口を抑えてくすくす笑っている。
私の左手には、どこまでも長く続く、和装の着付けに使う腰紐のような柄の、長いものがあった。
その紐は、まるで地球の反対側にでも繋がっているか

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アップルタルトタタンの魔法

アップルタルトタタンの魔法

ある日、男の子が夕暮れ時の道を歩いていると、なにやら不思議なものがものが降ってきました。
それは、真っ赤になった木の葉っぱで、初めて見た男の子は「たいへんたいへん!夕暮れ空の欠片が落ちてきちゃった!」と思いました。
見上げると、空からどんどん赤い葉っぱや、黄色いもの、オレンジ色の葉っぱまで落ちてくるではありませんか。
「どうしよう、このままじゃ空が割れて粉々になっちゃう!」
男の子は、家まで一目散

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『自家中毒の天使』

『自家中毒の天使』

男は、何もかにも疲れ果てていた。
端正な顔立ちでも、かといって下卑た造形でもなく、普通の顔立ちにやつれた表情をさせた男は、誰も来ない路地裏の壁に寄りかかって、仕方なく煙草を咥えていた。
どこかの子供がした悪戯だろうか、壁のよく分からない落書きの線に、タバコの煙が沿って上がっていく。
男の目の先には、まだ少しだけ青い空に橙のベールをかけてのしかかっている夕陽がある。男の気分も、黄昏そのものだった。

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