銀華衣(ぎんけい)

銀華衣は、凍玻璃のような瞳をしている。
白毫銀針という銀の針を逆さにしたような鋭い岩が沢山ある太姥山で、反魂樹を守っている。
反魂樹は幹の破片を取り、反魂香として青銅か玉の炉に、百歳(ももとせ)消えずの火で焚きあげれば、たちまち恋しい人の霊を呼び戻すが、不死鳥の尾羽で燃やし、その灰を月の変若水(おちみず)で練り、人型を作り上げると、命を得た人形となるらしい。
賢者の石の精製を目指すプラハの錬金術師も、不老不死の丹薬として水銀、水入り瑪瑙に焦がれた蓬莱の仙人も、己の知識や技を極めるために、反魂樹を狙った。
長い生に飽きた吸血鬼は、その樹で棺桶を作れば、自分の体が灰に還えると信じていた。
死人が生き返るなど、人形が命を得るなど、あってはならない。己の教義に反するものを凶弾する信者達が、何度も何度も焼こうとした。
鬣が燃え盛る炎となっている獅子とは、死闘の末なんとか相手を殺したが、全身大やけどを負った時は流石の銀華衣も死を覚悟した。
けれども、気まぐれに空を飛んでいた天女が、太老山に寄ってくれたおかげで塗り薬を塗ってもらって助かった。
銀華衣は、その全ての驚異から、反魂樹を守っていた。名前の通り、元々は銀鶏だった。
頭にたわわに牡丹を盛った仙女に、西王母様の蟠桃会に誘われた際も、東王父の怒りを買おうが知った事かという態度で頑として断った。
当の東王父も西王母も、懐深い方であったため、むしろ欠席した銀華衣の心根に対して、祝杯を上げた。
この荒廃した山に、初めて反魂樹を植えた常人ならざる者が、その年生まれた銀鶏の雛の名付け親になり、人の形を与えた。
銀華衣は、初めてその者を見た時、人とも神ともつかず、ただ圧倒した力を持つ者だと、この方が自分の主なのだと悟った。
その者は、仙人のような力の波長でもなかった。
だが銀華衣にとっては、その様な細事はどうでも良かったのだ。
今この山には、この大木しか木が生えていない。
銀華衣がまだ鶏の雛だった頃には、一山分の獣たちが暮らすには申し分ない森があった。
愚かな侵入者達が、銀華衣と対峙し、自分に勝ち目がないと分かると他の木でも霊験が得られるであろうと、全ての木を根こそぎ持って行ってしまったのだ。
銀華衣は、他の獣達には気の毒だと思ったが、人に踏み荒らされる太老山よりも、ほかの安全な土地に移るように言った。
銀華衣の家族だけは、人の姿になってからも変わらず傍に居てくれていたが、野生の鶏の寿命は短い。
銀華衣が人の姿を得てから、十何回目かの冬に、最後の家族である妹が、死んだ。
銀華衣は、妹が春を待ち望んでいた事を知っていたので、向こうの山の桃の花がよく見える場所への埋めた。 幼い頃は、妹はよく自分の肩に乗って、遠くの桃色の花を眺めていた。
お前は、自由に山を出て良いのだよ、と妹に言い聞かせても、妹は銀華衣の顔に頬ずりするばかりだった。
もう、それも遠く記憶の彼方にある。
銀華衣の頭飾りの長い尾羽は、妹のものである。
羽織りは父の羽毛から作り、死んだら母は自分の足を切り取って御守りとして肌身離さず持っておくれ、と言ったので、銀華衣は一言一句、母の言いつけを守った。
銀華衣はいつも家族と一緒だった。
銀華衣は反魂樹の守り人だったけれども、世界で一番それに用がない生き物だった。

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