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お気に入り短編・掌編まとめ

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ステキなクリエイターさんの作品をまとめました
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田中はUFOを作っていた

田中はUFOを作っていた

Artwork by Google

 新学期が始まってから二週間欠席続きの田中はUFOを作っていた。

「なんでUFOなんか作ってるのさ」

 田中の家へ見舞いに訪れた安二郎が聞いても、田中は「なんでって、なんでもさ」と一向に取り合わず、部屋の隅に山積みになったガラクタのような金属板をせっせと運んでは組み立てている。

「お前の母ちゃんも心配してたぞ」

 という安二郎の言葉は事実その通りで、田

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たかしと海底

たかしと海底

「ごめんね、むりよ」
「え、なんで」
「むりだもの」
「なんでなの」
「あたし、たかしくんのこと、すきではないもの」

 そうしてかおりちゃんはたたたと園庭の隅の砂場へと走っていった。たかし、6歳。初めての失恋である。

 たかしは衝撃を受けた。初めての衝撃であった。心は深く沈んだ。しばらくはその場に立ち尽くした。それから休み時間の終わりの合図を聞き、はっと気がついて、教室に戻って行ったが、かおり

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幸福

幸福

「私は思うんだけどね」というのが杏の口癖だった。僕はそれを聞くたびに、よくもまあそんなにも思うことがあるものだ、と感心した。大抵の場合は感心するだけだったけれど、たまには口にも出した。

「よくもまあそんなにも思うことがあるものだね」

 すると杏は表情をむっとさせる。「すごく嫌な言い方だよね、それ」

 僕はえっ、と驚いて否定する。

「そんなことない、感心してるんだよ」
「感心してる人は、よく

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サナトリウム_スケッチ02

サナトリウム_スケッチ02

 精神病棟にはどうにもさまざまな人々がいる。それはこの世界全体がそうであるから仕方がないことだとはいえ、それにしてもその様相はさまざまであった。

 四六時中、戸を叩く人、呟く人、徘徊する人、呟きながら徘徊する人、座り込む人、自身が飲んでいる薬の種類を幾度も確認し暗唱する人、計算する人、自らは神だと自称する人、大声を出す人、何かからの監視に怯える人、着ている服を脱いでしまう人、人、人。

 あ

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ペンパルは地下へ行く

ペンパルは地下へ行く

 ペンパルは地下へ行こうと思った。そういえば生まれてこのかた9年も過ごしたこの家には地下室があるのだということにペンパルは今の今まで思い当たらなかった。なんせ、そんなこと、母親も父親も先生も友達も誰も教えてくれなかった。

 教えなかったのにはわけがあった。誰も地下室なんて知らなかった。いや、知っていた。知っていたけれどわからなかった。見えなかった。見えたところで、どうせそれは、埃にまみれて、コウ

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ファミレス経営について

ファミレス経営について

 ファミレスを経営しようと思った。映画を観たのだ。ファミレスの店長の男がなにやら雰囲気の良い世界を漂っていた。これだ、と思った。

「ねえ」と僕が話しかけると、早希は少し間を空けて返事をした。
「ん」
「ファミレスを経営しようと思うんだ」
「ん」

 早希はリビングのソファに寝そべって、低反発のクッションに身を委ねながら、手元のスマートフォンをしきりに眺めていた。ん、の先の返答はない。

「聞いて

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君が恋しい

君が恋しい

 海辺の道をサンダルで歩く。暑くて暑くて仕方がない。汗が滴り落ちる。今日の気温は34度だという。真夏日だとネットニュースが伝えていた。

 わたしは君とのデートを楽しみにしている。だから砂埃や砂利が海の水気や汗で足の指先に絡んでも嫌な気はしない。あとで洗えばいいのだし。細かな砂粒はわたしの指先を黄土色のアートのように塗り替える。そんな風に思える今日という日が好きだ。

 今日、わたしは君に告白しよ

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愛が欲しい

愛が欲しい

 わたしは愛が欲しかったのだ。誰のものでもない、わたしだけの愛。傷つけても、守っても、揺らいでも、嘘をついても、何をしても自由な愛。わたしはそれが欲しかった。

 郊外のワンルームアパートの窓辺から夜を眺める。わたしのすべて。これがわたしのすべて。この窓辺から見える景色がわたしのすべて。それがいい。そういう感じがいい。わたしにとって、それは愛。愛を感じるもの。

 切れかけのフィラメント、まばらな

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アサイラム_スケッチ

アサイラム_スケッチ

 静かに沈んだ夜の隅で軋んだ叫び声が聴こえる。戸を叩く音。悲鳴。彼らの共鳴。仕草。

 彼らは何を求め、何を探しているのか。その監獄——鉄格子こそない——から外の世界へ何かを訴えかけ、求め、探し、鉄扉を叩き、雄叫びを上げ、彼らは。

 看護師は定刻に食事を運ぶ。鉄扉の横に備えられた小さな扉——それはまるで猫が出入りするような——の鍵をガチャリと回し——その音は院内を木霊し——開けた扉のその隙間

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