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田中はUFOを作っていた

Artwork by Google

 新学期が始まってから二週間欠席続きの田中はUFOを作っていた。

「なんでUFOなんか作ってるのさ」

 田中の家へ見舞いに訪れた安二郎が聞いても、田中は「なんでって、なんでもさ」と一向に取り合わず、部屋の隅に山積みになったガラクタのような金属板をせっせと運んでは組み立てている。

「お前の母ちゃんも心配してたぞ」

 という安二郎の言葉は事実その通りで、田中の母親は安二郎を田中の部屋へ案内する間中ずっと、田中に対する不安を吐露し続けていた。それによれば田中は夏休みが始まるとすぐに自室に立てこもり、今日に至るまで出てこないのだという。

「親なんか、構ってられるか」
「でも、親は親じゃん」
「そう、親は親だよ、それ以上でも以下でもない」

 安二郎はふうん、と頷いた。田中の哲学にこれ以上深入りするつもりもない。

「そのUFOって、なに、ほんとに飛ぶの」

 安二郎が興味本位に尋ねると、田中はあからさまにムッとして、

「なに、じゃあお前はさ、走らない車に価値があると思うの?」
「いや、そういうんじゃないけど」
「鳴らない電話、消えない消しゴム、行儀のいい猫、そんなのうんざりだろ、意味ないよ。俺が作ってるのはUFO、つまり未確認飛行物体だ。確認済みで飛行してなかったら、それはつまりUFOじゃないわけだからな、いいか」
「なんかややこしいな、でも、うん、そうなんだろうな」
「そうなんだよ。ちなみにお前、ユーフォーユーフォー言ってるけど、ユー・エフ・オーだからな。加えて言えば——」

 安二郎は田中のテリトリーに踏み込んだ自分の失策を憂いた。田中のうんぬんかんぬんはしばらく収まる気配はない。

「まあ、それはいいけどさ、UFOもほどほどにして、学校来いよ、みんな待ってんだし」

 何はともあれ、安二郎はこの台詞を言うために田中の家に来たのだ。担任に呼び出され、ああだこうだと説得され、この台詞を押し付けられて、田中の家へと送り出された。もちろん面倒だったが、腰は重くてもやると決まれば素直な安二郎だ、しっかりと役目は果たす。対する田中は猜疑心の塊だ。

「なんだそれ、担任に押し付けられた台詞か」

 どんぴしゃりの指摘に、素直な安二郎は素直に答える。

「まあ、そうなんだけど」
「あれ、ほんとにそうなの」
「そうだからこそ、お前を学校に来させなきゃいけないわけよ」
「ちっ、みんなが俺のこと待ってるって?」
「いや、別に誰も待ってやしないけどさ」
「ん、待ってないの」
「待ってないけど、学校は行った方がいいよ、実際、なんか、将来的に」

 取り繕いのない安二郎の答弁にいささか拍子抜けの田中は、それでも自尊心を保つためにあがき始めた。

「俺はお前らが馬鹿みたいな馴れ合いの似非共同生活を営んでる間にだ、原始孤立主義の旗のもとにUFOをつくって未確認に飛行するわけだよ。お前らは方程式やら暗記法やらで認識に次ぐ認識を追い求めるが、ついぞ俺のことは認識できないんだ、なぜなら俺は未確認飛行物体と共にあるわけだからな、未確認」

 田中は金属片を握りしめた拳に力を込めた。込めすぎたあげく手のひらが切れて血が噴き出した。それはもうすごく噴き出した。しかし田中は動じないし、何なら安二郎も動じていない。

「田中、お前の言ってることはいつもよくわからないけど、とにかくUFOはほどほどにした方がいいよ。あらゆる可能性の中でも、UFOはかなり難しい部類と思う。世界広しといえど、中学生にUFOはなかなかヘヴィな話だよ。頑張ったって、そうやってお前の手から血が噴き出すのが関の山だろう。まずは手を洗って、消毒して、包帯を巻いて、それから重い腰を上げて学校に行こうぜ。待ってる友達はいないかもしれないけど、孤独に耐えるのも経験なんじゃないか。ほら、天才は孤独って話もさ、あったりなかったりだろう」

 そう言っている間にも田中の手のひらから血は噴き出し続けていたが、安二郎の心ない『天才』の二文字が田中の心をくすぐった。

「天才」
「え、ああ、天才」

 安二郎の空虚な返事をよそに田中は大いに満足して、

「安二郎、お前はやっぱり幼なじみなだけはあるな」
「え、ああ、うん」

 当の安二郎は何がトリガーになったのか分かっていないが、ともあれ田中の機嫌が直ったのは悪いことではなかった。

「だからさ、田中、学校来いよ、方程式も暗記法も、UFOに役立つかもしれないだろ、ほら、操縦するときとか、将来的に」

 安二郎の返答はその素直さゆえにもはや適当になっていたが、かれこれ二ヶ月近く立てこもっていた田中のありあまるエネルギーは、まだ折れるには早いと暴れ始めた。

「おい、安二郎、お前、俺を天才だという割には、俺のUFOを疑ってるのは何故なんだ。お前の言葉のそこかしこに、俺への嘲笑を感じる。俺が偉業を成し遂げたときには、どうせ手のひらを返すくせに! そういう平々として凡々たるお前らのような——」

 そこで田中の勢いはプツリと途切れた。血が噴き出しすぎて貧血になったのだ。田中はガラクタの山に倒れていった。もともと青白い顔がもはや色素を失っている。これにはさすがの田中も動じていたが、さすがの安二郎は一向に動じない。

「俺はお前が天才かどうかなんて分からないし、UFOだって疑ってるさ、実際。なぜってその両方共が俺にとっては未確認だもの。信じ切れないよ、実際ね。でも、期待してる気持ちもあるよ、田中、お前にね。だって、中学生がUFOを作るだなんて! 俺は特別、お前のことが好きでもないけど、でもね、嫌いでもないんだ。応援してるよ、まじで。だからとりあえず学校に来てさ、教室でそのガラクタを……田中? 田中?」

 田中はすでに事切れていた。出血多量、無念である。安二郎は思う。きっと田中は未確認飛行物体となって、きっとそこらを舞っているのだろう。いつだって心ある若者同士は傷つけ合い、慰め合い、希望や理想は未確認のまま、それでも宇宙は続いていく。合掌。

(2015.8.13)

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