レポート:「ソース原理」はプロジェクトの成否をどうわけるか〜『すべては1人から始まる』HRアワード入賞記念イベント〜
日本の人事部「HRアワード2023」書籍部門にて入賞を果たした『すべては1人から始まる―ビッグアイデアに向かって人と組織が動き出す「ソース原理」の力(英治出版)』。
今回は、本書のHRアワード入賞を記念し、著者トム・ニクソン氏をゲストに招聘して開催された講演会の記録です。
モデレーターには『すべては1人から始まる』翻訳・監修を務められた青野英明さんと嘉村賢州さん、逐次通訳に嘉村賢州さんのかねてからの仲間であり、現在はドイツ・ボン在住の相川千絵さんを迎えて進められました。
ソース原理(Source Principle)
『ソース原理(Source Principle)』とは、イギリス人経営コンサルタント、コーチであるピーター・カーニック氏(Peter Koenig)によって提唱された、人の創造性の源泉、創造性の源泉に伴う権威と影響力、創造的なコラボレーションに関する洞察を体系化した知見です。
2019年の来日時、『ティール組織』著者フレデリック・ラルー氏によって組織、経営、リーダーシップの分野で紹介されたことが契機となって初めて知られることとなったソース原理(Source Principle)。
フレデリック・ラルー氏もまた、ピーター・カーニック氏との出会い、学びを通じて、2016年出版のイラスト解説版『Reinventing Organizations』の注釈部分で記載している他、『新しい組織におけるリーダーの役割』と題した動画内で、このソース原理(Source Principle)について言及したということもあり、国内で注目が集まりつつありました。
その注目度の高さは、邦訳書出版前の昨年8月にトム・ニクソン氏の来日が実現する、といったことからも見てとれます。(オンラインでのウェビナーの他、北海道・美瑛町、東京、京都、三重、屋久島など全国各地でトムを招いての催しが開催されました)
昨年10月、ピーター・カーニック氏に学んだトム・ニクソン氏による『すべては1人から始まる―ビッグアイデアに向かって人と組織が動き出す「ソース原理」の力』が出版されて以降も、ソース原理(Source Principle)に関連したさまざまな取り組みが国内で展開されています。
今年4月にはソース原理提唱者であるピーター・カーニック氏の来日企画が実現し、システム思考・学習する組織の第一人者である小田理一郎さんや、インテグラル理論・成人発達理論の研究者である鈴木規夫さんとの対談、企画の参加者との交流が活発に行われました。
さらに、『すべては1人から始まる』は日本の人事部「HRアワード2023」に入賞するなど、少しずつソース原理(Source Principle)の知見は世の中に広まりつつあります。
日本での流れに先立ち、ソース原理(Source Principle)が世界で初めて書籍化されたのは、2019年にステファン・メルケルバッハ(Stefan Merckelbach)『A little red book about source』のフランス語版が出版された時でした。
その後、この『A little red book about source』は2020年に英訳出版され、2021年3月に『すべては1人から始まる』の原著であるトム・ニクソン著『Work with Source』が出版されました。
ソース原理にまつわる潮流は、このような背景を持ちます。
ソース(Source)とは?
トム・ニクソン『Work with Source(邦題:すべては1人から始まる)』を参照すると、ソース(Source)とは、あるアイデアを実現するために、最初の個人がリスクを取り、最初の無防備な一歩を踏み出したときに自然に生まれる役割を意味しています。
また、本書中の用語解説では、『脆弱なリスクを取って、ビジョンの実現に向けて自らを投資することで、率先して行動する個人のこと』と説明されています。
ステファン・メルケルバッハ氏の書籍においては、この役割を担うことになった人について、特に「ソース・パーソン(source person)」と呼んでいます。
トム、ステファンの両者に共通しているのは、ソース(Source)は特別な人だけがなれる役割ではなく、誰もがソース(Source)である、というものです。
アイデアを実現するために一歩踏み出すことは、社会を変えるような大きなプロジェクトの立ち上げに限りません。
友人関係や恋人関係、夫婦関係などにも、誘ったり、告白したり、プロポーズしたりと主体的に関係を結ぼうと一歩踏み出したソース(Source)が存在し、時に主導的な役割が入れ替わりながらも関係を続けていく様子は、動的なイニシアチブと見ることができます。
さらに、自身の研究課題を決めること、就職を思い立つこと、ランチを作ること、休暇の予定を立てること、パートナーシップを築いていくこと等、日常生活の様々な場で誰しもが何かのソース(Source)として生きていることをトム、ステファンの両者は強調しており、日常生活全般にソース原理(Source Principle)の知見を活かしていくことができます。
今回の記念イベントの冒頭、前提共有として以上のようなことをモデレーターの青野さん、嘉村さんに共有いただきました。
補足的に嘉村さんからは、
この、どちらか一辺倒ではなく、統合的なアプローチを試みる傾向が、海外のソース原理実践者には多く見られるといったことをお話しいただきました。
以下、上記の前提をもとにトムが語った内容について、特に気になった点についてまとめていきます。
アーティストとしてのソース(Source)
リーダーとソースの違いとは?
まず初めに、嘉村さんからトムへ『リーダーとソースの違いとは何でしょうか?』という問いが投げかけられました。この問いは、国内でソース原理が広まる中で寄せられることの多かった問いの1つであるとのこと。
これに対し、トムはアーティストによるインスタレーション・アート(屋内空間全体を使ったアート作品)のプロジェクトを例に挙げて話を初めてくれました。
この時、アーティストはアート作品を具現化するため、多くの資金、寄付、資材や協力者を必要とします。
アート作品を具体化していく上でアーティストは時にリーダーシップを発揮する局面や、プロジェクトマネージャーとしての役割を担うことがあります。
しかし、素晴らしいアーティストは素晴らしいリーダーやマネージャーとは限りません。
ソースとは、このアーティストに当たります。
ソースとは、クリエイティブなプロセスにおいてアイデアを現実化(realisation)していく存在であり、「ビジョンやアイデアを実現するために、必要なことを行う」存在です。
ソースの焦点となっているのはアイデア、ビジョンの現実化であり、必要に応じてトップダウン的なアプローチ、ボトムアップ的なアプローチ、プロジェクトチームの組織化などを行う、ということです。
これに続けて嘉村さんは、『ソースとしての役割を考えたとき、リーダーシップやマネジメントについては、究極的には他の誰かに任せて良いものか?』とトムに問いました。
トムからの答えは、『Yes, exactly correct!』
リーダーシップの面や、アイデアの実現を助けるための組織化・マネジメントの面では、共同創業者(co-founder)などが担うこともあるが、ソースの役割はアーティストとしてアイデアの実現に集中することである、とのことでした。
この部分の説明に関しては、トム本人による英語記事の中でも以下のように紹介されています。
詳しくは、以下の記事も参考までにご覧ください。
ソースとサブソースの関係とは?
ソース原理においては、ソースが活動を始めると、サブソース(sub source)またはスペシフィック・ソース(specific source)という役割を担う人が現れます。
サブソース(sub source)またはスペシフィック・ソース(specific source)とは、あるソースのビジョンや価値観に共鳴し、あるソースの活動の特定の部分において、ソースへの深いリスペクトをしつつ、創造的に取り組むようになったパートナーと言える存在です。
上記のソースの役割に関連して、組織内ではソースとサブソースの関係についても考える必要が出てきます。
以下、ソースとサブソースの関係について、トムは以下のように回答しました。
曰く、
というのです。
また、あるソースのサブソースとして関わることが、その時点でその人にとって最もパワフルな選択であり、自らの実現したいことに対するアプローチだ、ということもありえます。
ソースの観点を持って仕事を進めるには?
実際問題、仕事の現場でプロジェクトマネージャーは必要となる、とトムは話していましたが、これに続けてソースの観点を持ってコミュニケーションを取るアイデアを紹介してくれたのが印象的でした。
具体的には、2つの問いを同僚や部下に投げかけてみるのはどうか?というものです。そして、問いの答えに応じて接し方や業務の配置を変えるといった工夫ができるかもしれない、とのことでした。
また、すべての人がソースになりうる一方で、すべての人がソースとなる準備ができているとは限らない、というトムの発言もありました。
個人としてのパーパスを問われたときに答えがクリアになっていない人、ソースとなる準備ができていない人もいるかもしれないが、そういうときには従来通りの従業員や、書籍の中で助力者(ヘルパー)と表現した役割で参加してもらうことになります。
彼らに対しては仕事を与える、担ってもらうという関わりになりますが、そこで素晴らしい仕事をしてくれる人もいます。
加えて、答えがクリアになっていない人、ソースとなる準備ができていない人へ『君のパーパスは何だ?』と圧をかけることは、むしろその人のエネルギーを下げてしまうことになる、とトムは警鐘を鳴らしていました。
その人の人生の旅路(journey)に応じて、接し方を変えるというトムの関わり方は、私にとってはとても温かく感じられました。
そして、どのような人にも自らのポテンシャルを発揮できる関わり方や居場所がある、というメッセージにも感じられました。
ソースである1人ひとりを尊重するとは?
これまで取り上げてきたテーマ以外にも、イベント中にはさまざまな問いが参加者の皆さんからもトムへ投げかけられました。
その中でも、特に私が気になった対話が『ソースとしての能力等を育てることはできるのでしょうか?』という問いに対するトム個人としての答えです。
イギリスと日本という文化圏としての違いがあることも前置きしつつ、トムは以下のように語っていました。
上記の問いについて嘉村さんは、
と話されていました。
先述のように、ソースは誰もがなりうる役割であり、その活動の種類・大小もさまざまです。
そして、誰もがなりうる一方、全員がソースになる準備ができているわけでもありません。現在に至るまでの経験や体験によって、人は人生の旅路のさまざまな地点にいます。
自らソースになること、サブソースとして貢献すること、助力者(ヘルパー)として働くことなど、その時点のその人にとってより良い選択肢・行動は異なります。
そういった中で、成長を強制したり、圧をかけることはむしろその人のエネルギーを下げることに繋がります。
また、今回のイベント冒頭、トムはこんなふうに話していました。
あるひとつの手法、方法論が取り上げられた際に、その背後にある前提や世界観はどういったものなのか?も合わせて考えることは、思考や物の見方の偏りを防ぐ有効なアプローチです。
私たちは何を実現したいのか?
そのために、どのような手段や方法論を用いるのか?
用いる手段や方法論は、どのような世界観や前提をもとに形作られたのか?
このような問いが、トムから参加者皆さんに対して投げかけられたような、そんな感覚も覚えました。
今回の参加者の中には、今、まさに『すべては1人から始まる』を読み始めた方や、HRアワード入賞をきっかけに知られた方もいらっしゃいました。
私個人としても、より多くの方に、しかし大切にしたい世界観と共にソース原理が届いていってほしいなと感じます。
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