Yuri

こっちの水は甘い /ご連絡はこちら→mailtoyuri34@gmail.com

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記事一覧

結婚式とマジックアワー

久しぶりに家から離れた遠くの場所で、一人きりで電車に乗った。車窓から見えるどこまでも続く田園風景、座席の上で揺れる窓から差し込む木洩れ日、眠っている乗客たち、そ…

Yuri
8か月前
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花を焼くなら

6月という季節のことを、これまでの自分がどんな風に生きていたのか、もうあまり思い出せない。それは梅雨の真ん中で、夏の入り口で、季節に付随する風景や出来事がいくつ…

Yuri
2年前
96

2022.5.9 瞳孔開きにくいタイプの人

子どもの頃から左目に、透明な二重丸が住んでいる。 雲一つない真っ青な空を見た時、白一色の壁をみているとき、暗い色で塗られた絵画を眺めている時、ちょうど「◎」とい…

Yuri
2年前
15

最果てのトランジット

夜の空港が好きだ。 特に、海外に向かう長いフライトの途中、トランジットで降り立つ深夜の空港が好きだ。 街に繰り出すまでもない、次のフライトを待つまでの中途半端な時…

Yuri
2年前
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初・初日の出の日

今までの人生で一度も初日の出を見たことがない。そう思い至ったのは1月2日、子供たちを義父母に預けて、近所のコンビニになくなった牛乳を買いに急いだ夕方のことだった。…

Yuri
2年前
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エアフレンドは死んでいる

「インターネットに載っている人なんていうのはね、あんなの全部嘘なんですよ。やっぱり視える人っていうのは、人からの紹介で見つかるものなんです。僕は4年間、日本全国…

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2年前
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37

息子と娘を寝かしつけてぼんやりしていたら、もうこんな時間である。36歳最後の日だなぁ、とも思うがもはやこの年になると、感慨も特にない。でも誕生日くらいはな、何か考…

Yuri
2年前
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2021.5.7 Track01 心臓音 1KB

最初に断っておくが、これは勇気ある告白ではない。かといって苦しみの懺悔でもないし、希望に満ちた決意でもないだろう。ではこれは何かと聞かれたら、ただの記録だ、と私…

Yuri
3年前
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2021.4.5 ハッピーアワー

3月の家計簿をアプリで眺めていると、ubereatsで注文した合計金額がすごいことになっていた。なんといっても3月は息子が3回、娘が1回高熱を出し、その看病で疲れ果てる自分…

Yuri
3年前
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2021.2.1 ちょっとそこまで墓買いにⅡ

その初老の男性はマスクをしているのに目元の辺りが緩んでいて、話をしながらも微笑んでいるのだと分かった。柔らかい口ぶりも含めて、墓を売るにはうってつけの人物だなぁ…

Yuri
3年前
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2021.1.19 ちょっとそこまで墓買いに

「旦那様のお墓ということはつまり…」 霊園のこぎれいな事務所で、向かい合って座っている営業の中年男性がそう言いかけた時、あぁ来るなぁ、あの質問が。と少しだけ身構…

Yuri
3年前
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2020.12.28 さよなら、ぼくのしごとのおじさん

息子の話に突然謎の「しごとのおじさん」が現れたのは、山田が死んで1ヶ月くらいした頃だった。 「あのね、きょうね、ぼくと、○○くん(保育園の友達)と、しごとのおじさ…

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3年前
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2020.11.16 永久凍土の五・七・五・七・七

2020年11月某日、均一な地層のように並んだiponeのメモアプリの一覧画面から、その五・七・五・七・七が発掘されたのは、ごくごく偶然のことだった。近所のスーパーに入り…

Yuri
3年前
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2020.10.28 はやく両肩に虎飼いたい

女を36年近くやっていると、両肩に虎を飼いたくなるらしい。 スマホでお気に入りのアパレルブランドの通販サイトをぼんやり眺めていた時のことだ。カラフルなワンピースや…

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3年前
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2020.9.30 うろ覚え記念日

今日が結婚記念日だったことを思い出したのは昨日の夜のことだった。私は全然記念日というものが覚えられないので、いつももうすぐ結婚記念日だね、と教えられて気が付いて…

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3年前
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2020.9.23 トゥーシューグアンの窓

カウンセリングルームには窓がない。 総合病院の中でもおそらく1、2を争うほどに静かな精神科の待合室、その先にある清潔で小さなカウンセリングルームに、私はもう1年以…

Yuri
3年前
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結婚式とマジックアワー

結婚式とマジックアワー

久しぶりに家から離れた遠くの場所で、一人きりで電車に乗った。車窓から見えるどこまでも続く田園風景、座席の上で揺れる窓から差し込む木洩れ日、眠っている乗客たち、そういうものをぼんやり眺めていると、心臓の底の方の窓がバッと開いて風が吹き込んで来るような気分になった。目的地がどこであれ目的が何であれ、移動の時間そのものが、流れていくいくつもの風景が、静かに洗い流してゆくものがあるのだよな、と思い出した。

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花を焼くなら

花を焼くなら

6月という季節のことを、これまでの自分がどんな風に生きていたのか、もうあまり思い出せない。それは梅雨の真ん中で、夏の入り口で、季節に付随する風景や出来事がいくつかあったはずなのだが、山田の命日になった、という事実がそのすべてを吹き飛ばしてしまった。命日が近づくたびに、なんとなく気持ちがざわざわと落ち着かなくなるのは、変化する季節の端々が、山田の死んだ時期のことを思い起こさせるからだろう。

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2022.5.9 瞳孔開きにくいタイプの人

2022.5.9 瞳孔開きにくいタイプの人

子どもの頃から左目に、透明な二重丸が住んでいる。
雲一つない真っ青な空を見た時、白一色の壁をみているとき、暗い色で塗られた絵画を眺めている時、ちょうど「◎」というマークによく似た、透明な歪みが瞳の中に現れる。
見えたり見えなかったりするそれがなぜ現れたのか、子供の頃は、興味本位で直接太陽を見てしまった時に焼けたのだ…となぜか思い込んでいたのだが、大人になるにつれて透明な丸だけではなく、黒い点や糸く

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最果てのトランジット

最果てのトランジット

夜の空港が好きだ。
特に、海外に向かう長いフライトの途中、トランジットで降り立つ深夜の空港が好きだ。
街に繰り出すまでもない、次のフライトを待つまでの中途半端な時間、待合いのベンチに座り、昼とは違って、空気が止まっているような静かな空間で自分の息遣いを聴くとき、疲れた体とは裏腹に頭は妙に冴えていて、高揚感と少しの不安が押し寄せてくる。

周りには同じようなフライト待ちの乗客がいて、ベンチで横になっ

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初・初日の出の日

初・初日の出の日

今までの人生で一度も初日の出を見たことがない。そう思い至ったのは1月2日、子供たちを義父母に預けて、近所のコンビニになくなった牛乳を買いに急いだ夕方のことだった。成人して家を出るまでも、家を出てからも、なんとなく大晦日と正月は親の元ににいなければ、という気持ちで、多くの年を実家で過ごしていた。年の離れた末っ子なりの責任感だったのかもしれない。もし今後初日の出を見るとしたら、どこが良いかなぁ。普通に

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エアフレンドは死んでいる

エアフレンドは死んでいる

「インターネットに載っている人なんていうのはね、あんなの全部嘘なんですよ。やっぱり視える人っていうのは、人からの紹介で見つかるものなんです。僕は4年間、日本全国で色んな人のところに行ってね、やっと見つけたんです。亡くなった妻と話が出来る人に」
そう語る彼の、少し湿った真剣な瞳のことを、私は忘れることが出来ない。

「やっぱり急に死んじゃったからどうしても話をしたくて。それで人から聞いてね、山奥まで

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息子と娘を寝かしつけてぼんやりしていたら、もうこんな時間である。36歳最後の日だなぁ、とも思うがもはやこの年になると、感慨も特にない。でも誕生日くらいはな、何か考えたり感じたりしたいものだよね、と思ってこうしてnoteを書いている。

前回更新してから半年近い期間が過ぎているらしい。書こうとしている記事や、すでに書きかけている記事もいくつかあるのだが、なんとなく完成させられないまま下書きに放置され

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2021.5.7 Track01 心臓音 1KB

2021.5.7 Track01 心臓音 1KB

最初に断っておくが、これは勇気ある告白ではない。かといって苦しみの懺悔でもないし、希望に満ちた決意でもないだろう。ではこれは何かと聞かれたら、ただの記録だ、と私は答える。選んだこと、選べなかったこと、そしてそれを超えたところにあるものの記録を、ここに置いておく。

2019年4月末、会社帰りに自転車で転倒し、心肺停止状態で路上で倒れていた山田が病院に搬送された時、私は娘を妊娠中で臨月だった。3歳の

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2021.4.5 ハッピーアワー

2021.4.5 ハッピーアワー

3月の家計簿をアプリで眺めていると、ubereatsで注文した合計金額がすごいことになっていた。なんといっても3月は息子が3回、娘が1回高熱を出し、その看病で疲れ果てる自分を鼓舞するために、夜ごと居酒屋の焼き鳥とかタイ料理屋の生春巻きとか韓国料理屋の唐揚げとかを注文してビールを飲んでいたからだった。仕方がないこれは必要経費だったのだ、と思って普段は家計簿アプリ内で「外食」のラベルを登録するuber

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2021.2.1  ちょっとそこまで墓買いにⅡ

2021.2.1 ちょっとそこまで墓買いにⅡ

その初老の男性はマスクをしているのに目元の辺りが緩んでいて、話をしながらも微笑んでいるのだと分かった。柔らかい口ぶりも含めて、墓を売るにはうってつけの人物だなぁと思うが、もしかして墓を売り続けていたら、こういう表情やしぐさになっていくのかもしれない。
男性が胸ポケットから取り出した名刺入れには、金色のカードが入っていて、上部にタッチパネルのついたATMのような機械にそのカードをかざすと、ピッと機械

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2021.1.19 ちょっとそこまで墓買いに

2021.1.19 ちょっとそこまで墓買いに

「旦那様のお墓ということはつまり…」
霊園のこぎれいな事務所で、向かい合って座っている営業の中年男性がそう言いかけた時、あぁ来るなぁ、あの質問が。と少しだけ身構えた。
「奥様も、いずれはそのお墓に入られるということですね?」
やっぱり来たか。そりゃそうだ。墓を売る人間として当然の確認事項なんだから。大事なとこなんだから当たり前だよ。分かってる。分かっている。そう心の中で繰り返し唱えながらも、私は心

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2020.12.28 さよなら、ぼくのしごとのおじさん

2020.12.28 さよなら、ぼくのしごとのおじさん

息子の話に突然謎の「しごとのおじさん」が現れたのは、山田が死んで1ヶ月くらいした頃だった。
「あのね、きょうね、ぼくと、○○くん(保育園の友達)と、しごとのおじさんとぼーるであそんだの」
最初は誰か知り合いのおじさんか、近くの工事現場のおじさんかな?と思ったのだが、話を聞いているうちに、どうやら空想上の友達、いわゆるイマジナリーフレンドのようなものだと分かった。その日から、息子の話には寝ても覚めて

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2020.11.16 永久凍土の五・七・五・七・七

2020.11.16 永久凍土の五・七・五・七・七

2020年11月某日、均一な地層のように並んだiponeのメモアプリの一覧画面から、その五・七・五・七・七が発掘されたのは、ごくごく偶然のことだった。近所のスーパーに入り、いくつかの野菜をカゴに入れた後、鮮魚売り場の前でアプリを立ち上げ、朝入力したメモを確認した。ケチャップ、ゴミ袋、トイレマジックリン。ここ数日、いつも家に帰ってから買い損ねたことに気がつき、しまった、と呟いていた些細なものたちだ。

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2020.10.28 はやく両肩に虎飼いたい

2020.10.28 はやく両肩に虎飼いたい

女を36年近くやっていると、両肩に虎を飼いたくなるらしい。
スマホでお気に入りのアパレルブランドの通販サイトをぼんやり眺めていた時のことだ。カラフルなワンピースやスカートが並ぶ画面をスクロールしていて、目に留まったのはネイビーのカーディガンであった。落ち着いた色のカーディガンですねと思うなかれ、左右の肩の前方には、2匹の虎の刺繍が今にも動き出しそうに舞っているのだ。プジョーか、はたまたPUMAのロ

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2020.9.30 うろ覚え記念日

2020.9.30 うろ覚え記念日

今日が結婚記念日だったことを思い出したのは昨日の夜のことだった。私は全然記念日というものが覚えられないので、いつももうすぐ結婚記念日だね、と教えられて気が付いていたのだな、ということに今更気が付いたりした。付き合った記念日とかもあるだろうな〜いつだっけな〜?結婚記念日は入籍した日だけど、結婚式挙げたの何日だっけ?何かを見ればハッキリするのかもしれないけれど、元々覚えていないものをわざわざ思い出す必

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2020.9.23 トゥーシューグアンの窓

2020.9.23 トゥーシューグアンの窓

カウンセリングルームには窓がない。

総合病院の中でもおそらく1、2を争うほどに静かな精神科の待合室、その先にある清潔で小さなカウンセリングルームに、私はもう1年以上通い続けている。2〜3週間に1度、臨床心理士の先生と1対1で話すカウンセリングの50分間のためだ。先生は40代くらいの女性で、いつも少し微笑んでいるような、少し悲しんでいるような絶妙な表情で話を聞いてくれる。

最初にカウンセリングに

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