マガジンのカバー画像

すーこ短編小説まとめ

56
私の書いた短編小説(ショートショート含む)のまとめページです。 読者のみなさま、いつもスキをありがとうございます。
運営しているクリエイター

記事一覧

朝茶は七里帰っても飲め 五杯目(最終話)

朝茶は七里帰っても飲め 五杯目(最終話)

←前話を読む 最初から読む

五杯目 良い茶の飲み置き

 まだ夜明け前、カインが迎えに来て、私はこの五ヶ瀬荘を発つ支度をしていた。
「本当にもう行ってしまうのね」
 アンナが起き出して声をかけてきた。
「すみません、いくら刺客の記憶を消しても、刺客から連絡のないことを訝しんだ者たちにばれるのは時間の問題ですから」
 カインの言葉に、アンナは俯きながらも納得してくれた。
「わかった。みんなを起こし

もっとみる
朝茶は七里帰っても飲め 四杯目

朝茶は七里帰っても飲め 四杯目

←前話を読む 最初から読む →次話を読む

四杯目 茶酒盛り

「嬉野ユウリはいない。こんな時間に非常識だぞ」
 キリーさんがドア越しに、突然やって来た外の男性に言う。
「言ったはずです、隠しても無駄だと。調べはついています」
 男性の冷たい声が聞こえる。小声でカセさんが言う。
「キリー、入れるなよ!」
「あったりめーよ!」
 キリーさんが小声で返す。
「手荒な真似はしたくなかったのですが、仕方な

もっとみる
朝茶は七里帰っても飲め 三杯目

朝茶は七里帰っても飲め 三杯目

←前話を読む 最初から読む 次話を読む→

三杯目 茶碗の飯粒がきれいにとれたら雨になる

 パリン。
 手が滑り、昼食後に片付けようとして落とした茶碗が割れた。アンナとアンリちゃんに謝りながら、ほうきとちりとりを借りて処理する。嵐の前の静けさにも終わりが来る不穏さを感じ取る。

 五ヶ瀬荘に転がり込んでから三日が過ぎた。アンナは毎日、献身的に看護してくれた。アンリちゃんはあれからすぐ元気になって

もっとみる
朝茶は七里帰っても飲め 二杯目

朝茶は七里帰っても飲め 二杯目

←前話を読む 次話を読む→

二杯目 茶漬けにひしこの望み

 目を覚まして窓を見遣ると、まだ日は高そうだ。近くの衣装ケースの上に置かれた時計を見ると、十四時をまわったところだった。
「ユウリ、起きてたのね。あのトランク、どうしてお茶がいっぱい入ってるの? 薬を持ち歩くのはまだわかるけど」
 アンナがこちらに来て、不思議そうに尋ねてくる。
「お茶は体に良いですし、好きなんです。飲み慣れたお茶がいつ

もっとみる
朝茶は七里帰っても飲め 一杯目

朝茶は七里帰っても飲め 一杯目

一杯目 お茶を濁す

 パリーン。
「おい! 奴が窓から逃げ出した! 追え!」
「探せ! まだこのあたりにいるはずだ! 奴は手負いの身。そう遠くまで逃げられるはずがない!」
 近くで叫び声が聞こえる。このトランクとこの身を渡すわけにはいかない。

 数時間前、新緑のまぶしい八十八夜を迎えた日の夜のことだった。世間は大型連休真っ只中。ラボも私以外はみな有給休暇をとっており休みだが、私は一人、お茶を飲

もっとみる
大きな手紙と小さな手紙

大きな手紙と小さな手紙

目次

 手紙には、「スミレさんへ」と書かれていた。二つに折り畳まれ、宛名の上には、あのときの種。あれから何年経つだろう、私のことを覚えていたんだね。そして、まだ光る種を持っていてくれたのね。お母さんと交換日記を書いていた頃より小さくかっちりした筆致、「スミレちゃん」ではなくさん付けになっているあたりから、あの子がもう立派な大人になったことを実感した。
 ときどきどうしてるかなって様子を見に行くと

もっとみる
消えた鍵のありか

消えた鍵のありか

 消えた鍵。落とした? 盗られた? いや、それは……ただの私の日常。

 私は片付けが苦手だ。両親の祖父母から苦手という筋金入りの片付け下手。モノの管理がとにかく苦手なのだ。デスクトップやフォルダ整理は割とできるのに、メールの管理もできるのに、現実世界の物理的なモノの管理は苦手だ。鍵もよく消える。カバンの中ならまだいい。家の中に迷い込まれたら、物のジャングルの中から見つけだすのは至難の技であったり

もっとみる
街クジラと海クジラ

街クジラと海クジラ

 街クジラが僕の街にはいる。
 僕の住む海沿いの街の沿岸に、一頭の小さなクジラが座礁した。たまたま下校時間に通りがかった僕が見つけて、慌てて近くの大人たちを呼んだ。大人たちは方々へ電話したり調べたりして、専門家の人たちがやってきて、みんなで協力して海へ戻すことに成功した。クジラが座礁すると、命を落とすことも少なくない。運良く海へ戻すことができたとしても。僕たちは、クジラの無事を願い、日々を過ごした

もっとみる
海砂糖を求めて

海砂糖を求めて

「海砂糖はね、それはそれは美しくって、優しい甘さで美味しいのよ」

 瑞江ちゃんが言っていたのを、ふと思い出して、こんなところまで来た。海砂糖がどこにあるかは知らない。全国津々浦々の旅館や土産屋を訪ね歩くも、手掛かりは得られなかった。次はどこに行けばよいのか……
「あのう、海砂糖をお求めの方、ですよね?」
「……はい。何か?」
「私の祖母から聞いたことがあります、海砂糖」
「本当ですか! それはど

もっとみる
銀河売りの旅へ

銀河売りの旅へ

銀河売り歩く交差点
人は僕になど目もくれない
この街に銀河を求める人は
いないのか

私のスマホはGalaxy
銀河だなんて素敵でしょ
小さなスマホに
星のように情報が詰まってる
この街で星なんてあまり見えないけど
小説やテレビのなかで見る満天の星空
スマホのカバーと壁紙の銀河系
実際は肉眼でどれほど見えるのかしら

銀河いりませんか
対価はあなたの「だいじ」です
あなたの「だいじ」と引き換えに

もっとみる
イチゴ舞う校庭で

イチゴ舞う校庭で

目次

 うわ、懐かし。これ、小学校のときのだ。この前、母さんと掘り出した本をパラパラとめくっていると、小学校のとき作ったイチゴジャムのことが書いてある。この頃、俳句の授業もあったからか、もう俳句詠んでる、俺。「舞」と「僕」が画数多くて不恰好になってるな。

 小学校五年生のとき、イチゴをみんなで育てていた。五、六年はクラス替えがないうえ、どうも先生も持ち上がりらしいから、初夏になったらみんなで収

もっとみる
花町風子のおなかいっぱい胸いっぱい

花町風子のおなかいっぱい胸いっぱい

Special Thanks

「あら花町さん! 今日はどちらへ?」
「ちょっとそこまで」
 エレベーターで一緒になった他部署の同僚と、たわいもない話をしながら外へ出ます。彼女はコンビニへ行くよう。私もいつもお世話になっているコンビニです。そこで別れて、私は大通りの横断歩道を渡ります。

 大通りをしばらく進むと、左手に見えてきますよ。ほら、都会のビル街でひときわ目を引く、あの昔ながらの喫茶店。名

もっとみる
指輪なら、はなまる指輪専門店へ

指輪なら、はなまる指輪専門店へ

 ポストの中身を整理していると、春色の葉書が目に入った。埃を被った小箱に目を遣る。あの指輪を蘇らせられるのだろうか。

 カランカラン。重い扉を引くと、古風な喫茶店風の店内で、にこにこ顔の若い女性と初老の男性が迎えた。
「いらっしゃいませ」
「この葉書を読んで来たんですが」
「ありがとうございます。こちらにおかけください」
 椅子に腰かけ、鞄から指輪を取り出す。
「この指輪を直していただけないでし

もっとみる
金魚、家族、同僚と、僕

金魚、家族、同僚と、僕

目次

 咳をしても金魚。風邪が長引いていて、それでも金魚の水かえをする。金魚は繊細でもろく、定期的に水かえをしないとすぐはかなくなることを知っているから。

 まず、今の水、水草とともに、バケツにそっと移す。いきなり環境が変わると、ストレスで体調を崩してしまうから。バケツはある程度高さが必要だ。水も入れすぎない。金魚が跳ねて、外に飛び出して瀕死になるのを防ぐために。決して体に触れてはならない。人

もっとみる