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消えた鍵のありか

 消えた鍵。落とした? 盗られた? いや、それは……ただの私の日常。

 私は片付けが苦手だ。両親の祖父母から苦手という筋金入りの片付け下手。モノの管理がとにかく苦手なのだ。デスクトップやフォルダ整理は割とできるのに、メールの管理もできるのに、現実世界の物理的なモノの管理は苦手だ。鍵もよく消える。カバンの中ならまだいい。家の中に迷い込まれたら、物のジャングルの中から見つけだすのは至難の技であったりする。今日は前者か、それとも。
 子どもの頃、家族三人で滝に出かけた頃、母が鍵を失くした。散々探しても見つからず、おそらく滝で落としたのだろうと結論づいた。それ以来、私の家族はみな、音の鳴る鈴つきのキーホルダーをつける。もちろん、私も。だからまず、カバンを振り、音を確かめる。耳を澄ませるが、音は鳴らない。どうも、後者らしい。

 探し物をすると、きまって前に探していたモノが見つかる。今回も、鍵ではなく、探していたオルゴールが見つかった。しばし音の紡ぐメルヘン世界に誘われ、なんだかこのまま身を委ねてもいいんじゃないかというような気になってくる。そんな自分を叱咤して、探し物を再開する。次は懐かしいアルバム。捲りたい……衝動をぐっと堪えて探し物に戻る。開いたが最後、きっとこちらに戻ってくるのは、目覚めの後になるだろうから。子どもの頃、家族三人で撮った写真が載ったカレンダーも出てきた。ラミネート加工された、もうずいぶん昔のやつ。まだデジタルカメラなんて親も持ってない頃で、日付の西暦は90'。
 探し物をしていると、まるで運命に導かれたかのように、ずっと見つけたくて諦めたモノたちと再会する。元気だったかい。君を忘れたことはなかったさ。ただジャングルがどんどん栄えてしまってね。すまなかった。謝罪のことばをひとり、モノたちに告げる。モノたちは返さない。どんな気持ちでいるかもわからない。ただ、一方通行の言葉は、モノにぶつかって行き場を失い、床にぽとりと落ちるばかり。
 次に出てきたのは、フラれた昔の彼女からの最後のプレゼントだった、名刺入れ。捨てるに捨てられず、未だにこの部屋に残してしまっていた。たった半年間ほどしか付き合っていないし、他にも何人も付き合ってきたし、もっと長く付き合った人だっていたのに、どうしてか彼女のことは、ずっと心の片隅に残り続けている。ずるい人だった、最初から最後まで。こんなにも良い名刺入れをくれた一週間後に振るなんて。いったいどんな思いだったのだろう。学生の私が一つ上の彼女に贈ったのは、今考えると、名刺がほとんど入らない、安っぽいものだったのに。彼女がくれたのは、社会人に、私に、ぴったりの素敵な名刺入れだ。彼女は、心から、私の就職を祝ってくれた。それだけはきっと、間違いないはずだ。結局使えずじまいで、すまなかったね。しかし、君には特別な思いが詰まっているよ。ただ、もう、お別れしなくてはならない。そう遠くない未来にこっそりリサイクルショップに売りに行こう。決別の時なのだ。

 探せど探せど、一向に鍵は見つからない。本当に消えてしまったんじゃないかと、不安になる。ジャングルの中で、私は途方に暮れていた。出不精の私だが、今日は出かけなければならない。とても大切な用がある。先ほどから何度も電話の音がしている。きっと怒った彼女が出る。それが分かっているから、鍵を見つけるまでは出られない。先の恐怖に冷や汗をかきつつ、ジャングルを彷徨いながら、必死に消えた鍵のありかを探し続けた。

 チャリン
 外で音がする。あれは、私の鍵の鈴の音だ。慌ててドアに駆け寄ると、気づかず開けっ放しにしていたドアが私の顔面に直撃する。
「痛っ」
「錠! ごめんなさい! 大丈夫?」
「いや、私こそすまない。顔は、痛いが大丈夫だ。時間が迫っているというのに、鍵が見つからなくてね」
「そのことなんだけど」
 あれ。おかしい。彼女は怒るどころかしおらしい。そうかと思うと、俯いた顔を上げ、意を決したかのように、真っ直ぐ私の目を見つめた。
「ごめんなさい!」
 言うなり深々と頭を下げ、彼女は両手を差し出した。その中に、探していた鈴付きの鍵があった。
「私が持って行ってしまっていたことに気づいて、慌てて引き返してきたのよ。あなたに電話したんだけど繋がらなくて、焦ったわ」
 なんだ、そうだったのか。へなへなとくずおれる。
「大丈夫? やっぱりさっきの、痛かった?」
「いや、大丈夫。力が抜けただけさ。よかった、見つかって」
「本当にごめんなさい」
「よさないか。せっかくの晴れの日に。いいんだ、見つかったから」
「ありがとう。もう出られる?」
「ああ。季衣、行こうか」
「タクシー、待たせてあるの」
「そうか。急ごう」
 忘れ物がないか確認し、鍵をかけ、部屋を出る。エレベーターは上の階に向かうところで、待ちきれず、階段を駆け下りる。そうしてタクシーに乗り込んだ。
「Echelle du Angeまで、お願いします」
 うっかりもののふたりの結婚式場へと、息を弾ませながら向かう。手の中に握りしめた鍵を、カバンの中のファスナーのあるポケットにしまう。いつもはひんやりとした鍵が、今日はぬくかった。

🔑

小牧幸助さん、今週も素敵なお題をいただきありがとうございます!

7月に入り、先月までの怒涛の日々を終えて気が抜けたのか、夏の暑さに早くもやられているのか、心身ともに疲弊してしまい、読み書きともにおぼつかず。先週末はベッドに臥せっておりました。
いろんな約束も果たせておらず。(関係者のみなさん、反故にするつもりはありませんが、もう少々お待ちくださいませ…)ちょっと帰ってくるのが怖かったりしました。
でも、優しい作品に迎えられ、素敵なお題に誘われ、気づけば指が走り出します。夢中で綴りました。最初エッセイになりかけたけど、一新してなんとか小説にできた、はず。
先週の小牧さんの作品に、遅ればせながら救われたひとりです。私の上履きに履き替えて、私の道を歩んでもいいのかな、そんな風に思えて、ほろりと伝うものがありました。

読者のみなさん、今週も読みに来てくださってありがとうございます!
それではまた。どうか、読者のみなさんが、小さな幸せを見つけて、大切に手の中に収められますように。

※見出し画像の鍵は、引っ越し前のものできちんと前の管理会社に手続きをして手放したものですので、ご心配なく。鈴付きのキーホルダーは引き続き愛用中です。

#シロクマ文芸部

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