海砂糖を求めて
「海砂糖はね、それはそれは美しくって、優しい甘さで美味しいのよ」
瑞江ちゃんが言っていたのを、ふと思い出して、こんなところまで来た。海砂糖がどこにあるかは知らない。全国津々浦々の旅館や土産屋を訪ね歩くも、手掛かりは得られなかった。次はどこに行けばよいのか……
「あのう、海砂糖をお求めの方、ですよね?」
「……はい。何か?」
「私の祖母から聞いたことがあります、海砂糖」
「本当ですか! それはどこで?」
「新月の夜、光る小瓶をこの近くの岸辺で見つけて、そのなかに海砂糖が入っていたんですって」
「その小瓶は、今は……」
「ありますよ」
「本当ですか!」
「ええ、よかったら、見に来られますか? 海砂糖はもうないですけれど」
「よろしければぜひ」
「こちらです」
差し出された小瓶は、青色をしていた。透き通った小瓶は、角度を変えると色が違ってみえる。蛍光灯に照らされて、色褪せぬ輝きを放っていた。
「綺麗ですねえ」
「祖母もそう思って、拾ったんですって。そのときは、手紙が入っていたと聞きました。『海砂糖いりませんか』って書かれた」
「海砂糖……! おばあさまから、海砂糖の味や色について、何かお聞きになってはいませんか」
「この小瓶のような青が溶けた結晶だったと」
「ほう」
「この世のものとは思えない味だったって」
「そうですか」
「あなたはどうして海砂糖を探していらっしゃるの?」
「妻にね、食べさせたくて」
「奥様に?」
「ええ。妻がね、言っていたんです。『海砂糖はね、それはそれは美しくって、優しい甘さで美味しいのよ』それ以上はわからなくて、全国を巡って、ここに来ました」
「作ってみませんか? 海砂糖」
「作れるんですか?」
「わかりません。わからないけど、どうしても、作りたくなりました。あなたをそうまでさせる、祖母やあなたの奥様を魅了した海砂糖を」
そうして、海砂糖作りは始まった。食べられる「青」を探すのが、彼女、七海さんの役目。私は、砂糖を集められるだけ集めた。訪ね歩いたときに連絡先を伺った方々に片っ端から電話をかけて、その地の砂糖を売っていただいた。幸い、お金だけはあったので、惜しまず各地の砂糖を集めた。
「知人がそういうことに精通していて、いろんな『青』を集めましたよ」
そう言って、彼女はたくさんの「青」を机に並べた。綺麗な「青」に目を奪われた。
「さあ、材料は揃いましたね。いろいろ作ってみましょう」
「はい」
砂糖を煮詰めるのは、彼女の役目。私は、彼女が煮詰めた砂糖に、「青」を振りかけ、混ぜ、冷ます。ふたりで作った海砂糖を味見して、ああでもない、こうでもないと、いろんな組み合わせを試したり、量を調節したりして、気づけばたくさんの海砂糖が所狭しと並んでいた。
「圧巻ですね」
「本当に」
「さあ、こちら、お持ち帰りになってください」
「七海さんも半分ずつもらってくださいね。そのために、分けましたから」
「ありがとうございます!」
「お礼を言うのはこちらのほうです。おかげさまで、海砂糖がこんなにできました」
「奥様の召し上がった海砂糖があるかどうかはわからないですが……」
「途方に暮れていたときにあなたに出会いました。親類に預けているんですが、そろそろ戻らないと、しかし……と。たとえ違っても、思い出だけあげようと」
「いいですね。そんなに思ってもらえて、奥様、幸せだなぁ」
「いや……私は、恥ずかしながら、定年までほとんど仕事人間でして、妻に何もしてこられなかった。さあ、と思っていたら、妻はどんどん思い出を失くしていきました。そんな妻が、海砂糖は覚えていて、どうしても、海砂糖を見つけたかったんです」
「そうだったんですね」
「本当にありがとうございました」
「お気をつけて。お元気で」
「七海さんも」
「瑞江ちゃん、海砂糖だよ」
「海砂糖……!」
「さあ、どれが瑞江ちゃんが食べた海砂糖か、食べ比べしようか」
🌊
小牧幸助さん、今週も素敵なお題をいただきありがとうございます!
今週は予定が目白押しで間に合いませんでした……
書いたものをどうしても残したくて。
タグを外したほうがよろしければお申し付けください。
過去の作品にコメント済みです。これからみなさんのところに伺います。
【追伸】
夢中で投稿したところ、ぎりぎり21:00に滑り込めた…!?ようです。よかったです…
読者のみなさん、今週も読みに来てくださってありがとうございます!
それではまた。来週がみなさんにとってよい一週間になりますように。
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