金魚、家族、同僚と、僕
咳をしても金魚。風邪が長引いていて、それでも金魚の水かえをする。金魚は繊細でもろく、定期的に水かえをしないとすぐはかなくなることを知っているから。
まず、今の水、水草とともに、バケツにそっと移す。いきなり環境が変わると、ストレスで体調を崩してしまうから。バケツはある程度高さが必要だ。水も入れすぎない。金魚が跳ねて、外に飛び出して瀕死になるのを防ぐために。決して体に触れてはならない。人の体温は、魚には熱すぎるから。
準備が整ったら、水槽を洗う。藻やフン、エサの残りで汚れた水槽を、しっかりこすって綺麗にしていく。
口の広いバケツに入れ一晩置いてカルキを抜いておき、常温にした水道水を、水槽に注ぐ。水草を戻す。そうして、金魚をもとの水とともに、もとのおうちに帰す。
この金魚は、先月、会社主催の家族労い縁日に妻と息子を招いた際、息子が僕と初めてすくった金魚だ。息子の小さくやわらかな手に手を添えて、何度もチャレンジして、やっとすくった。まだ小さい息子が、水の中の金魚のように顔を真っ赤にしながら、集中してすくう姿を見て、胸に熱いものがこみ上げた。半袖の甚平が手元近くにずり落ちるのをまくりながら、この子はこれからどんな子になるんだろうなと、未来の息子に思いを馳せる。金魚と目が合うたび、あの日の様子が鮮明に蘇る。
「藤ノ木さん、ご体調、大丈夫ですか? 水かえくらい言ってください。お休みの間もきちんと水かえ、掃除、エサやりはみんなでしていましたし、私たちにお任せください!」
「ありがとう。おかげで金魚も元気そうだ。僕もずいぶん楽になったよ。留守にして悪かったね」
「いつも働き詰めなんですから、体調を崩されたときくらい、気兼ねなくお休みになってください」
「ありがとう。おかげさまで、ゆっくり休ませてもらったよ。この子の水かえは、できるときは僕がしたいんだ。家に連れ帰ると、忙しい妻が気を利かせてやってくれちゃうから、部長に相談してここに置かせてもらってるだけでありがたい。そのうえ、みんなの心遣いがうれしいよ」
「葵くんと初めてすくった金魚ですもんね」
「そうなんだよ!」
「藤ノ木さん、目がキラキラしてます。葵くんも、こんないいお父さんがいて幸せだなぁ」
「葵の成長の大部分は、葵本人と妻のおかげなんだけどね。僕がこうして毎日出社できているのも、妻の支えと葵の元気あってのことだよ。僕のほうが、ふたりに支えてもらってるんだ」
「いいなぁ」
「そして、水川さんやみんなのおかげで、家庭を大切にできてる。優秀な部下がいてくれて、頼もしいよ」
「藤ノ木さんったら。私たちだって、上司が藤ノ木さんだから、がんばれてるんですよ」
「そうかぁ。いやぁ、こちらこそ、いつも本当にありがとう!」
「さあ、ここは冷えますから、事務所で温かくして、始業までゆっくりなさっててください。運ぶの手伝います」
「そうだな。じゃあ、そっちを持ってくれるかい?」
「はい」
続々と出社してきた他のみんなも、ドアを開けてくれたり、道を空けてくれた。適度に日光のあたる、程よい日陰のいつもの場所に水槽を置く。口々に体調を気遣う声をかけてもらい、これは早く治さないといけないなと反省する。さあ、今日も1日しっかり働いて、帰ってゆっくり休もうか。
僕がいなくなっても、茜さんが金魚を引き取り、葵と大切に育ててくれ、金魚は僕よりずいぶん長生きしてくれた。葵がまだ小さくて、「きんぎょちゃん」と呼んでいたから、名前は金魚ちゃん。家の藤の木のそばに埋められた金魚ちゃんは、きっと僕と同じこちらの世界のどこかで、藤の向こうにいる茜さんと葵を、今日も真面目に一生懸命に働く同僚たちを、見守ってくれているんだろうと思う。
🏢👘🏡
小牧幸助さん、今週も素敵なお題をいただきありがとうございます!
ずっと書きたかった藍視点の物語。今回のお題をいただき、やっと書けました。こどもの日のうちに書きたいと思い、書けてよかったです。書きながら、子どもの頃、金魚やめだかを家族で育てていたのを懐かしく思い出しました。
タイトルがなかなか難しく、う~んと悩み悩みのこちらです。
五年前に撮影した藤を添えて。
みなさまの作品も、ゆっくり読みに伺いますね。
今回も、葵と茜と藍の物語の続きです。
前作はこちら。
読者のみなさま、今週も読みに来てくださってありがとうございます!
それではまた。よいゴールデンウィークをお過ごしください。
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