#042.アンサンブル 4(本番、舞台上)
さてこれまで3回に渡って書いてまいりましたアンサンブルいついて、今回が最終回です。最後は「本番」「舞台上」でのことについて解説します。
ちなみに前回までの記事はこちらです。
吹奏楽にはないアンサンブルのお約束
舞台上での挨拶
吹奏楽やオーケストラでは演奏者全員がステージに上がり、チューニングを終えるとおもむろに指揮者が登場します。それとともに演奏者が全員立ち上がり指揮者だけが挨拶をします。
しかし、アンサンブルの場合は指揮者がいませんから、演奏者全員で挨拶をすることになります。「私たちの演奏を聴くために会場に足を運んでくださってありがとうございます、素敵な演奏を皆さまに届けます」という感謝の気持ちで、笑顔で客席にいる方々へ目をしっかりと向け、その後丁寧に挨拶(お辞儀)をしましょう。これは演奏者の最も大切なステージマナーです。
演奏会だけでなく、審査が伴うアンサンブルコンテストでも(別に媚びを売るわけではなく)自分たちの演奏を聴いてくださることに変わりありませんから、同じ気持ちで挨拶しましょう。
舞台に上がったときに挨拶が先かセッティングが先かをよく質問されます。
日常の挨拶は会ったその瞬間に「おはよう」「こんにちは」と声をかけます。しばらく無視してから挨拶するなんて変ですよね。
演奏も同じ。舞台に登場して全員が揃ったらまず挨拶です。もしセッティングを先にしてしまったら、お客さんは「いつ拍手すれば良いのか」とストレスを溜めながらその様子をじっと見ていなければなりません。
お辞儀のタイミングは、きっかけを作る人の動きに全員が合わせます。きっかけを作る人として最も多いのは舞台下手(客席から見て向かって左側)に一番近い人の動きに合わせます。金管アンサンブルではその位置はほとんどの場合トランペットの1stです。
お辞儀のタイミングが合わなかったり、お辞儀の角度が浅すぎたり、笑顔がなかったり目線がキョロキョロ定まっていない状態は客席から見てものすごく目立ちますし、印象が悪いです。演奏がどれだけ素晴らしくてもその前の態度によっては魅力が半減します。ですから、日頃から例えば練習の時に奏者全員で円になって目線を合わせ、笑顔でお辞儀をしてから始めるなどしてみてはいかがでしょうか。演奏は本番に向けてしっかり練習しているのに、同じ本番の舞台上で行う挨拶についてはまったく練習しない、というのも考えてみればおかしな話です。それに、舞台上でしか行わない動作というのは慣れていないために「特別なことをしている!」と必要以上の緊張感につながることも多いです。
ただしアンサンブルコンテストの時には特に楽譜、複数のミュート、場合によってはピッコロトランペットやフリューゲルホルンなどの持ち替え楽器など全部をいっぺんに持って入場することもあると思います。手にあふれんばかりの荷物を持ったまま挨拶をするのは見栄えが良くないので、そういった時には定位置に着いたらとりあえずササっと置いてから挨拶をするほうが良い可能性もあります。臨機応変に対応しましょう。
挨拶を終えれば演奏までの間、セッティングに少々時間がかかっても大丈夫です。
そうそう、ステージに入ってから挨拶をするまでの間の歩いている時の表情がめちゃくちゃ固い人や、動きに違和感がある人がとても多いです。ステージに入ってくる前からすでに柔らかな表情や笑顔でいてください。ということは舞台袖で待機している際に表情を和らげる何かをすべきです。みんなで「よろしくね」と声をかけあったり、軽く談笑したり。そして歩く姿勢にも気をつけてください。猫背でトボトボしていると、それだけでお客さんは不安になり、テンションが下がります。
これを書いていて思い出しましたが、私が高校生の時、人前でトランペットソロを演奏する機会がありました。これが人生初のソロの本番だったのですが、直前まで挨拶について何も意識しておらず、舞台に上がった瞬間に「あ、挨拶をするんだ!」と焦りながら何となくコンサートでプロの人たちがしていたのを真似てしていたのですが、足を広げて腰をほとんど曲げずに首を曲げるだけの小さな挨拶をしたようで、演奏後に客席から見ていた人から「柔道の試合でも始まるのかと思った」と笑われた経験があります。最悪ですね。
ぜひ様々な奏者や指揮者の挨拶を研究してください。また、自身やアンサンブルメンバーの挨拶の動きを鏡で見たり動画で撮影して研究してみてください。これ、結構大事なことです。
チューニング
吹奏楽やオーケストラでは全員が舞台に入り演奏準備が完了するとチューニングが始まります。アンサンブルの場合も同じ流れになる場合もありますが、私個人の意見としてはアンサンブルの舞台上でのチューニングは、できるならしたくない派です。これもお客さんの立場になってみればわかりますが、どうもあのチューニングの時間ってのはテンションが下がるんですよね。弦楽器のように弦ごとのピッチをきちんと安定させなければ演奏に支障が出てしまうのと違って、金管楽器はチューニングスライドをどれだけ抜こうが結局は楽器が元々持っている正しいピッチのポイントで演奏すれば安定した演奏ができるため、あまり関係ありません。
そもそもチューニングは「合わせる作業」ではなく「基準ピッチはこれです!」と情報を共有する時間です。
ですから、楽屋や前室などで個人でチューナーなどを使い調性し、入場前に舞台袖で全員でチューニングをしてみてはいかがでしょうか。アンサンブルコンテストは規定に従ってください。
アインザッツ(きっかけの合図)
本番は当然緊張するものです。いつも通りやろうとしても、焦ってしまったり、段取りを忘れてしまうなどのアクシデントも想定できます。
その中で多いのが、演奏開始のアインザッツを出す人が、他の奏者の様子を確認しないまま「せーのー!」と始めてしまうパターンです。セッティングにかかる時間は個人差があれど、必ずそれなりの時間が必要になりますから、前回の記事で解説した通りアインザッツを出す人はまず奏者全員の様子を見て、大丈夫そうであれば自分が先に楽器を構え、再度全員とアイコンタクトを交わした上で演奏を開始してください。
立奏/座奏
管楽器のアンサンブルではテューバや大型楽器の人以外が立って演奏することも少なくありません。これは特に決まりがあるわけではありません。ただ、例えばファンファーレ的要素が強い作品だったり、同属楽器での演奏の場合は立奏が多い印象があります。
座っているほうが安定するとか、立っている方が良いとかいろいろと意見があるようですが、人間の体の構造は、骨盤から繋がっている足(太もも)がまっすぐになるか折れているかの違いしかなく、それほど差はありません。もし極端に違いを感じるのであれば、それは楽器を演奏する上でのフィジカル面での良い姿勢ではないからだと考えられます。
この機会にぜひ体の構造や呼吸の仕組みについて学び、演奏に適した正しい体の使い方を研究してはいかがでしょうか。
管内に溜まる水分の処理
金管楽器は演奏していると管の中が結露して水分が溜まってしまいます。皆さんはこの水分の処理、いつもどうしていますか?コロナ騒動以降は床にペットシートなどを敷いて演奏するのが主流になり、いつもそうしたものを使っているのであれば問題ありませんが、座奏なら自前のハンドタオルを常に膝に置き、手に取ってウォーターキイを包むように処理している方は、この機会にそれを辞めませんか?
吹奏楽など座奏の場合、金管楽器はステージ奥にいるのでその方法でもあまり目立たないのですが、アンサンブルの場合は客席から丸見えです。特にアンサンブルは立奏の場合も多く、いつも置いていた膝が使えずに仕方なく肩にかけて本番も演奏している方を結構見かけるのですが、温泉かフィットネスジムにでもいるようで、非常に見栄えが悪いです。
見栄えだけではありません。この方法で水分を処理をするのは時間もかかるし衛生面も良いとは言えないし、タオルがコルクを削ったり、コルクを剥がしてしまうこともあるのです。
なぜこんなに詳しいかと言うと、中高生の時ずっとこの方法だったからです。大変効率悪いし、半年に一回はコルク交換のために楽器屋さんに行ってたのを覚えています。
ですので、本番の舞台上ではやはりペットシートやそれに変わる何らかの給水シートがベストです。練習の場合は雑巾やそれに代わる何かを用意しておくのでも良いと思います。
また、少し話がそれますが、管内の水分が溜まってきて音と一緒にホツホツと聞こえてきたら出すのでは遅いです。それが起こる前に常にべきで、こまめにウォーターキイを開ける習慣を持つようにしてください。
ミュート
こちらも立奏の場合のことですが、ミュートを床に置くと拾い上げたり戻したりする時間がいつもよりかかるし、動きが大きいので見栄えがあまり良くありません。
作品によっては頻繁に数種類のミュートを着け外しする場合もありますから、スクワットを何度もするよりも、もっと効率的なon/offができるようにすべきです。例えば、ミュートスタンドを譜面台に装着するとか、譜面台の譜面を乗せる面をフラット(水平)にしてミュート置き場にするなどが最も一般的です。
その際、硬いイスや譜面台だと置いた時にカンッ!と鳴ってしてしまう可能性もあるので、緩衝材として楽器を拭くクロスのようなものやタオル地のものを敷いておくと安心です。
奏者同士の距離
私が高校生の時に来ていた指導者はかなり独特な方で、吹奏楽コンクールのステージ配置を考える際、「音をホール中に響き渡らせるためには、できるだけステージを目一杯使いなさい」と言い、35人の編成でありながら大ホールのステージの端から端まで使って演奏したことがあります。奏者と奏者の間に2人は入れる距離感です。
1990年代の古い話とは言え、こんなことを平気で言い、そしてその言葉を鵜呑みにしてしまう構図が成り立ってしまうのは(少なくともうちの高校の幹部は盲信してました)本当に情報が少ない時代だったのだなあ、と感じます。
はっきり言ってこの指導者が言っていたのは100%間違いです。
管楽器はベルの先からボールや弓矢が客席に飛んでいくのではなく、共鳴管で作られた響き(空気の振動)が空間を反射し、その残響が客席へと届きます。そして管楽器は原則として一人1音しか出せませんから、アンサンブルではそれらの音をひとつのハーモニーにしたりと作品を作り、客席に届けるわけです。
したがって奏者同士をできる限り近い距離に配置すべきです。これはアンサンブルだけでなく吹奏楽でも同じです。離れれば離れるほどアンサンブルは難しくなります。
参考として、ぜひプロの弦楽四重奏の演奏を見てください。その多くが譜面台がくっついてしまうくらい近づいているのがわかると思います。
アンサンブルコンテストでもステージを広々と使って奏者同士の距離をかなり空けている団体を見かけることがありますが、できる限り近づいてお互いの音が捉えられるよう配置してください。その方が絶対安定しますし、精神的にも安心です。
また、パートの並び方(並び順)に関してもいくつかのパターンがあります。プロ団体を参考にしたり、その作品を演奏する上で最も効果的な配置を考えてみましょう。「全国大会であの学校がこうやって並んでいた」ではなくて、もっと理にかなった考え方をしてください。
例えば金管5重奏にシャイト作曲の「戦いの組曲」という作品があります(原曲はとってもとっても古い時代の作品です)。これは1stトランペットと2ndトランペットが交互にメロディの受け答えをする作品なので、この作品を演奏するのにトランペットが隣同士で並んでいては面白くありませんね。絶対に端と端に位置し、向かい合うべきです。
また、テューバがロータリーなのか縦型ピストン(ユーフォニアムのような構造のテューバ)によって構え方が変わりますから、結果として視界も変わるわけです。あなたのアンサンブルのテューバ奏者と演奏中にコンタクトは取れていますか?
ホルンも客席と真正面に向き合うとベルは斜め後ろに向きますが、一番下手に座るとベルが真後ろを向き、一番下手で演奏するとベルが客席を向きます。あなたの団体(演奏する作品)はどこにホルンがいるとバランス的にベストでしょうか。
演奏終了後
演奏が終わった後も大切なことがいくつかあります。
吹き終わったからといってすぐに立ち上がったり、逃げ帰ろうとでもするかのように雑な挨拶をしないようにしましょう。ホールの規模などにもよりますが、最後の音の響きがすべて消えるまでには時間がかかります。演奏(作品)の終わりは演奏者が音を出し終えた瞬間ではなく、残響が消えたときです。自分たちの音を最後まで聴き届けたら、奏者同士で目を合わせて立ち上がり、入場時の挨拶と同じように客席へ向かって「聴いてくださってありがとうございました」という感謝の気持ちを込めて笑顔で丁寧に挨拶をします。
そして退場するわけですがその時、コンサートであれば楽器だけ持って退出するのがスマートだと思います。楽譜やミュートやあれやこれやを両手いっぱいに持っているのはあまり見栄えが良くありませんし楽器も危険です。ただし、アンコンの場合はそうもいかないと思いますので、臨機応変に対応しましょう。
退場時も柔らかな表情、笑顔でいてください。万が一演奏面でショックなことがあったとしてもそれをオモテに出してしまうようでは演奏者失格です。お客さんを不安にさせたりガッカリさせることがないよう心がけましょう。
以上です。文字にすると膨大な情報量ですが、どれも大したことは書いていません。演奏家のステージマナーとは、日常生活での相手への思いやりや気配りがそのまま反映している行為で、特別なことではないのです。
音楽はどんなものであれ、とにかくお客さんに楽しいと感じてもらうこと、会場に来てよかったと思ってもらえることが第一です。それは媚びた演奏をしろと言うのではなく、楽器の持つ魅力、演奏仲間のコミュニケーションの深さや奏者個人個人の魅力を十分に発揮し、奏者全員が「楽しい」と感じていることから生まれます。
コンサートもコンテストもそうした点では同じ音楽ですから、どんな場面であっても演奏する時にはステージマナーを意識しましょう。
ということで、4回に渡って解説しましたアンサンブルのお話、ぜひ一緒にみなさんで読んでいただき、情報共有をして効率良い練習に励んでください。
荻原明(おぎわらあきら)
荻原明(おぎわらあきら)です。記事をご覧いただきありがとうございます。 いただいたサポートは、音楽活動の資金に充てさせていただきます。 今後ともどうぞよろしくお願いいたします。