【飲食店で働けなくなったので、やりたくないことをやらせるサービスに手を出してみた。(前編)】

２０２０年４月と５月に発令された緊急事態宣言のさなか、私が約３年間勤めていた吉祥寺のイタリアンレストランが閉店した。

荘厳なピザ窯が存在感を放つオープンキッチン、多種にわたるリキュール&ウイスキーが並ぶ洒落たバーカウンターまで備えた、吉祥寺でも比較的大きなハコであった。
３０年以上の歴史を持つなかなか年季の入った空間で、その程よい古さ具合が逆にハイセンスな雰囲気を醸し出している。
看板メニューであるマルゲリータは老若男女を問わず愛され、吉祥寺でピッツァといえばここ！と胸を張って言えるような自慢の店だった。

「わざわざ取りに来てもらってすまん。」
「いえいえ、とんでもない。ボトルキープは大事っすから。」

最小限の灯りをつけた薄暗い店内で、私と店長は再会を果たした。
閉店が決まる半年ほど前に私は退職していたため具体的な幕引きは知らないのだが、４月の終わり頃にはもうすでに店は機能を停止していたらしい。正方形の木製テーブル、長い立派なバーカウンター、キッチンの調理器具たちはもうすでに埃をかぶっており、とても目を当てられる様子ではなかった。

ボトルキープをしていたジャックダニエルを棚から取り出し鞄にしまった。半分ほどしか残っていないにもかかわらず、心なしかずっしりとした重みを感じる。

「成生が働いてる店は大丈夫か？」
乱雑に置かれ、死んだ備品たちに囲まれながら、店長は尋ねた。

「いや、完全にダメージ喰らってます。もともとお客さんがわんさか入るような店じゃないので尚更です。私も人件費の問題でシフト入れてません。まぁ、今は無職みたいなもんですわ。」

力なく２人で笑いながら、静まり返った光景を見つめる。

「これから先、飲食は厳しくなるな・・・。」
「そうっすね・・・。」

大して話題が発展しないまま、得も言われぬ寂しさだけが互いの胸を通り抜けた。


４月、５月と完全に職を失った私。
コロナに侵された世界がすぐに終息するとは到底思えなかったので、ひとまず安泰そうな職を探すことに決めた。

居酒屋、ケーキ屋、バー、中華料理屋、カフェ、イタリアン。
私が経験してきた長期のアルバイト現場は飲食店である。悲しいことに、時世に不利と言わざるを得ないものばかりだった。緊急事態宣言が再び出された際にまたも職なしに追い込まれるのは非常に恐怖だったので、今まで培ってきたスキルを発揮できる場所で働く勇気は湧いてこなかった。

就職は考えなかった。将来のヴィジョンはインザダークで身も心もフラッフラなフリーター。そのくせ何か偉大な夢を追いかけていたい。もやもやした妄想に取りつかれている人間が、正社員となり真面目に長く働き続けられると思えなかった。

自分の経歴を見つめてみる。
本当に大したものがない。資格も特に持っていない。バーテンダーをやっていたと言っても、とうの昔過ぎてシェイカーの振り方さえ忘れてしまった。

やべえ、俺なんもねえ。

きちんと手に職を持っていればこんなことにはならなかったのかもしれない。様々な飲食店を転々としつつ、中途半端にミュージシャンを目指したり舞台俳優をやったりYoutuberになったりと一貫性のないことを続けていたら、唐突に訪れたコロナ渦で無職になってしまった。
『２８歳 フリーター男性』という肩書きでさえも世間の目には冷たく映るのに、『２８歳 無職男性』の称号はあまりにも痛い痛すぎる。

結局、なにもやることがないのでライブ配信を毎日延々とやっていた。
恋愛相談に乗りながら、独学で学んだ心理学をリスナーさんにぺらぺらと伝授して、「なるほど！さすがです！わかりやすい！」という美女たちからのコメントに鼻を膨らませるのが生き甲斐だった。(←【コロナ渦で失業したので、ライブ配信を毎日平均６時間やりまくってみたコロナ渦８ヶ月のこと】参照)

「あれ。俺、教師向いてるんじゃね・・・。」

大きな勘違い産まれるまでに時間はかからなかった。女性リスナーからの黄色い歓声は、私の心をでれでれと惑わせたのである。
ああ偉大なる教職。これまでの軽薄な人生の中で一度も足を踏み入れたことのない分野である。未来ある子どもたちに勉強を教える高邁な自分の姿を想像し、胸がルンルンラララと躍った。心の清らかな人物がするべきだという真っ当な意見が多方面から飛んできたが、全て木っ端みじんに抹殺してやった。

都合よく働くことができ、さらにキャーキャー言われたい。
私らしいはたらき方など、こんなものでよいのだ。
むしろ本能的でワイルドで活力的で魅力的な男性像である。

こうして膚浅なる成生隆倫大先生は「塾講師  アルバイト募集」の文字をスマホの画面に打ち込んだのであった。

【後半に続く】
(フォロー&スキお待ちしております🌈)

#私らしいはたらき方