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オリジナル連載小説 【 THE・新聞配達員 】 その99


99.   もう、おっさん。


8千円だった。

「はいご苦労さん。順番にここにサインしていってや。書いた人からお給料渡すさかいに。」



名前と住所と年齢を書いた。
そしてお給料をもらった。



「はい!ご苦労さん!」

「ありがとうございます!」



あれ?
7千円だと思ってたのに8千円もらった。
おっさんが間違えたか?
このまま黙ってもらっておこうか。
いや、
これからもお世話になるのだから言っておこう。



「すいません。8千円あるんですけど?」

「なんや。みんな8千円やぞ。足らんのかい?」

「いえ!いや、あの、前来た時は7千円だったんで・・」

「前っていつや?何歳の時や?」

「高校の時ですので、えーっと・・」

「高校生は7千円や。自分何歳や?もうおっさんやろ?」

「は、はい。21です。」

「大学生からは8千円や。良かったの。増えた1千万円で家でも買うてや。」

「あ、ありがとうございます!」

「ん。」



嬉しい誤算!
千円増えた!
これはありがたい!


よく考えたら途中で
昼飯を食べるから千円くらい使うのだ。
しかも毎日だ。
朝飯も買って食べてしまうし、
帰りにビールも飲んだら
5千円ずつしか貯められないぞと思っていた所だ。
運が向いてきた。



「おつかれ〜。」


みんな帰っていく。
私も自転車に乗って家に戻った。


さっそく缶々を用意している。
東京で使っていた靴箱は
結局1円も貯まらなかったので
縁起を担いでありがたく捨てた。


今日もらった8千円から
6千円をその缶の中に入れた。
2千円は明日の為に財布に入れておいた。


「これでよしっ!14日で8万4千円か。よし。2週間後に『エッチ愛エス』に行って飛行機のチケットを買おう!今日が3月23日だから4月6日だな。おしっ!いいぞ!おーっ!ジャカジャーン♪」


椅子に座ってビールを飲みながら夕ご飯を食べ
古びたフォークギターを胸に抱えてながら
カレンダーに予定を書き込んで缶にキスをした。


明日も早い。
早く寝なければ。


全てを同時進行だ!
こうなったらもう風呂に入りながらご飯を食べよう!
右の歯でご飯を食べながら
左の歯はもう歯磨きをしておこう。
まだ足が空いてるぞ。
おちんちんもガラ空きだぞ。


「さて寝るか。」


夜寝て朝起きる爽やかさ。健全さ。
日付が変わってすぐ0時になった瞬間に
明日のことを今日と呼ばなくて良くなった。
あの不思議な感覚は新聞配達員にしかわからない。


ん〜ダメだ!
1回は夜中の2時頃に目が覚めてしまう。
竹内の声が聞こえる。


「真田くん!起きてる?新聞来ちゃうよ!先行ってるよ!ドタドタドタ〜!」


まだぬけきらない東京での生活習慣。
竹内の亡霊がずっと私を悩ませていた。


「真田くん!何飲んだの?ウイスキーはダメだよ!胃に穴が開くからね!ほらっ!胃の中でワインが出来ちゃったじゃん!これを炭酸で割ったヤツを『ゲオルグ』って言うんだよ!」

「わけわからん事言うなよ竹内。」

「訳わかんないのは真田くんじゃん!」



次の日。
その次の日。
またその次の日。
毎日トラックの助手席に乗り込む私。


7日目のお給料をもらう時に私は
いつものセリフを言った。



「また明日も入れますか?」

「おー。真田くん。おおきに。もう入れとるで。えーっと明日は6時半や。頼むで。」

「ありがとうございます。」



着々と缶の中に6千円が入っていった。
彼が来るまでは。



1週間ぶっ通しでバイトすると
だいぶん頭が朦朧としてくる。
考え事が出来なくなってくる。
朝気付けば軍手を握りしめて自転車に乗っていた。


今日はどの運転手さんの助手に自分の名前が
書いてあるのかを黒板で確かめた。


「今日は小伊月さんか。おや?」


私の名前の一行上の欄に
助手【常磐木】と堂々と書いてあるではないか!
常磐木とは彼しかいない。


そう『ミラクル常磐木氏』。


私と一緒にカナダに行ってくれる憎いやつだ。
そうか。
京都から帰って来たか。



京都を引き払って来週から大阪と言っていたな。
よしよし。順調だな。
同じ運転手さんでないのが残念だ。


でもなぜか彼の名前は
ベテラン助手しか入れないポジションに
書かれていた。
なんせ運転手さんがあの怪力の『上野』さんだ。
きっとキツい現場だ。


運転手が違えば、違う現場に行くので
一緒に仕事をすることはない。


まあ、終わって会社に帰って来て
お金をもらう時に会うかもしれない。
私が先に帰って来たら待つとするか。



その日の夕方。


2階の休憩室で待っている私。
なかなか常磐木氏は帰って来なかった。
きっと、とてもキツい現場に回されたのだろう。


以前にも入っていたからとはいえ、
いきなり初日では大変だろうな。



「ピーピーピー♪オーラ〜イ!オーライ!」



トラックのバックする音と
後ろを見て誘導している助手の
元気な掛け声が聞こえてきた。
この声は常磐木氏だ!


私は休憩室を出て外を見た。
やっぱり常磐木氏だった。


なんだ!あのベテランな風貌は!
まるで正社員じゃないか!
ズボンもジーンズではなくて
運転手さん達が履いている
横にポケットのいっぱい付いたものだった。


楽しそうに運転手さんたちと話している。
その盛り上がりたるや
何十年物の付き合いのようだ。



「またそんなんゆって!今からパチンコ行かんといてくださいよ!村田さん!」

「ときわぎ!おまえも行くか?」

「いや、俺はいいっす。」

「おーい!ときわぎぃ!」

「なんすか?」

「これ忘れてるぞ!お前のタバコやろ?」

「え?俺持ってますよ。ほらっ。」

「ほんまや。なんや、おんなじタバコやんけ!もらっとけや!」

「いいんすか?あれ?これ、封開いてませんやん!」

「良かったやんけ。」


「おい常磐木!」


なんだこの男。


なんであんなにベテランの運転手さん達と対等に
会話しているんだ。
まるで家族か親戚のようではないか。


私ときたら、それはもう他人行儀。
いつまでも新人ヅラ。
運転手さんとの会話は続かず、
車内は沈黙とタバコの煙で充満していた。


私は短期間のアルバイトだからと割り切っていた。
彼は違った。


いつでも誰にでも同じ態度なのだ。
親にも兄弟にも先生にも友達にも私にも
今日初めて会った運送屋の運転手さんにも。


私には無理だった。


「おう直樹。終わったんか?早かってんな。もう金もろたんか?」

「いや、まだ。」

「一緒に事務所行こか。」


二人で事務所に入った。


「おうご苦労さん。おう常磐木!倉庫にあった毛布を68-21に入れてくれたか?」

「あー、はい。入れましたよ。バッチリですわ。ええ匂いしてましたわ。」

「そうかそうか。ご苦労さん。匂いはええとして、明日はどうや?いけるか?ちょっと早いねんけどな。6時や。」

「今からでも行けますよ。」

「わっはっはっは!」


8千円を受け取った常磐木氏。


「えーっと、後ろの子は、、高校生やったかな?」


すっかり常磐木氏のおかげで
影も形も無くなってしまった私の存在。
同じ8千円では申し訳ない気持ちになった。


その後もみんなに話しかけられて、
なかなか帰ることが出来ない常磐木氏。
先に帰るわけにもいかずに横に居る私。


やっと全員との会話が終わって
自転車に乗り込む私達。


質問がいっぱいある私。


「そのズボン。どこで買ったん?」

「これか?これは何年か前にガッツリ入ってた時に沖さんからもらってん。背丈が同じやからな。足は俺の方が長いけど。」

「沖田さん?」

「えっ?知らん?ずんぐりむっくりの沖田さん。」


全員の名前を覚えている常磐木氏と
誰の名前も覚えていない私。


「このズボンの横の所にポケットが無いと仕事にならんやろ。あれ?直樹はどこにカッター入れてんの?」

「カッター?」


私はカッターナイフを使うほどの仕事を任された事がなかったのだ。


あまり前を見ずに自転車を漕ぐ私達。


「直樹、今日はどうやった?祝儀あったか?なんぼもろた?」

「しゅーぎ?なにそれ?」

「しゅ、祝儀を知らんのか!大入り袋や!」

「?」

「えーっと・・・チップやチップ!」

「えっ?そ、そんなんがあるんか!」

「おう、今日俺2千円も入ってたで。助かるわ祝儀。祝儀がないと生きていかれへん。」

「2千円!!」

「おう。せやねん。間違えて2枚くっ付いてたんかと思ったわ。」

「俺、そんなんもらったことない・・・・」

「引っ越しやな。引っ越しの現場に行かなくれへんぞ。」

「そうか・・・俺家具の配達ばっかりや。」

「あー。あの簡単なやつな。まあええやんけ。早よ終わるやろ、それ。」

「うん。トラックどっかに停めて休憩ばっかりするねん。」

「せやな。俺が瀬戸さんに直樹も引っ越しに入れるように言うといたるわ。」

「瀬戸さんって事務所のあのヒゲの人?」

「おー。なんでも言うたったらええねん。得しかないで。」


確かに。何か言ったからといって
損は無い。


「引っ越しキツいし、遅くなるけど、祝儀はデカい!祝儀だけでメシ食えたら給料丸々貯められるからな。」

「ほ、ホンマや!」

「よしっ!それでいこう!もう時間ないからな!ほなな!」

「ほな。」


解散した。


そうか。
運転手さんやおっさん達と仲良くしたら
色々と貰える仕組みになっているんだな。


さらに10日ほど経った。


祝儀のパワーで貯金が加速した。
しかも引っ越しの仕事だと
お家の人からの差し入れでお弁当やら
お茶やらを、もらえるのだ!
経費が全くかからない!
まるっぽ8千円とお祝儀が缶の中に入っていった。
こりゃ早い。


私はこれで2週間以上アルバイトしたことになる。
常磐木氏は10日間。


私達二人は今8万円を握りしめて
『エッチ愛エス』に向かおうとしている。
いよいよ飛行機のチケットを買うのだ。


常磐木氏がたったの1 0日間で8万円貯められたのは
もちろん【祝儀】の力によるものだ。


私には無い力。
みんなと仲良くなる力。


それによって私の倍ほどの速さで
事を成していく常磐木氏。


大阪駅のある梅田に着いた。
『エッチ愛エス』はこの辺にあるはずだ。

ビルを見上げながら歩く私達ふたり。

「どのビルやねん。しかし変な名前やな『エッチ愛エス』って。なんかエロいしな。ホンマに飛行機に乗れるんやんな?なんか別のモンに乗らへんやろうな?」

「いやぁ、佐藤さんが言うてたから間違いないと思うで。」

「どれや〜〜。」

「ツタヤ曲がった所をすぐって言うてたけどな〜。」

「あ、あれか!」

「ど、どれ?」


大きなビルの5階あたりの窓の所に大きく
『H・I・S』と貼ってあった。


「エイチ・アイ・エス。ふんふん。エッチ・愛・エス。ふんふん。なるほどな。そうか。聞き手がエロかっただけか。」

「す、すまん・・・」

「まあええやんけ。きっとこの店や。行こか!」

「お、お〜!」


エレベーターに乗って5階に向かった。


〜つづく〜

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