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はじまりのはなし

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第52回新潮新人賞に応募しましたが、擦りもしませんでした。 お手柔らかに読んで頂ければ幸いです。
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#病院

はじまりのはなし…退屈感⑦

はじまりのはなし…退屈感⑦

「時間だけがひたすらに過ぎて行きました。それでも時間は余るのです。埋め合わせても、埋め合わせても…次から次へと現れるのです。
繰り返すばかりで、もう飽き飽きして…最早この報われる事のない虚しい気持ちを味わい尽くす事のみが、麻酔の様に気怠く悶々とした感覚を紛らわせてくれるのです」

婦長さんは何とも気丈な人だ…若い看護師さん達も、熱心に不安定な状態の彼女に寄り添ってくれているが、婦長さんはどんな事態

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はじまりのはなし…不足感⑥

はじまりのはなし…不足感⑥

足りないもの...何か忘れている気がする。

「空(クウ) と空(カラ)とは異なるのです。クウとは有るが無い状態であり、カラとは無いが有る状態なのです。
有る事を求める事と、無いものを求める事は余り相違ございません。
足りないという意味では同義であり、求める本質は同じです…ただ、カラとは全てが満たされなくとも…それが一欠片でも…どれだけ少量でも…何かが有る状態になれば、カラはカラでは無くなります。

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はじまりのはなし…拘束感⑤

はじまりのはなし…拘束感⑤

「私が光の粒だった頃…決して自由ではありませんでした。
手も足もございませんから…動く事も容易ではありませんし、コロコロと転がる事は出来ますが、永遠に広がる真っ暗な空間には、距離も時間もないのですから、全く意味を持ちませんでした。
まるで小さな籠の中で滑車を回すハムスターのように、何処にも行く事は許されませんでした。
見渡す限り暗闇なのですから、何かを選び出そうにも、その物質自体がなく、全てが空な

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はじまりのはなし…無力感④

はじまりのはなし…無力感④

「一粒の身体で何が出来るのでしょう?小さな光で何が照らせるのでしょう?…消えてしまいそうで…消えてしまいたくなりそうで…ただ、ぼんやりと虚空に浮かぶばかりの私は、弱さ以外には何も持ち合わせていないのです」

目に見えて痩せ細って来た…彼女も僕も。

「今年こそ痩せるぞぉー」

それが彼女の口癖だった。でも、彼女のダイエットが続いた事は一度もない。胃袋には逆らえないと言って、いつも寝る前にはプリンや

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はじまりのはなし…孤独感③

はじまりのはなし…孤独感③

「小さな小さな…光の粒…私はまるで蛍の呼吸のようにゆっくりと弱々しく、なんとも頼りなく瞬いていました。
周りは見渡す限り真っ暗闇で…何一つ無い物静かな場所でした。そんな空間では、私と言う一粒なんて、いつふとした瞬間に闇と同化して消えてしまっても、決して不思議ではありませんでした」

よくもまぁ…ここまですらすらと言葉が出て来るなぁと毎回関心してしまう。
彼女がはじまりの話を語る時は、決まってベッド

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はじまりのはなし…光の粒②

はじまりのはなし…光の粒②

病院に到着したなり、看護婦さんが酷い形相で駆け寄って来た。
「今は落ち着いたんですけど…彼女さん…先程まで一時間くらいずっと泣きっぱなしだったんです。お電話しようかと、婦長にも相談したんですが…午前中は様子を見ようって言われて…私は前の事もあったので、すぐにでもって思ったんですが……でも、安心して下さい。…今は落ち着いてますから…」

眠気と疲れで朦朧としていた意識から、無理矢理叩き起こされる様な

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はじまりのはなし…プロローグ①

はじまりのはなし…プロローグ①

「忘れていました。ずっとずっとずっと…
忘れた事さえも、忘れてしまっていたのです。
余りにも昔の事で…これが本当の事なのかさえ、私にも疑わしいのです。
あなたに伝えたところで、あなたはきっと信じないでしょう。

あなたはきっと笑って…明日には忘れてしまうのでしょう…

大人になってから聞くおとぎ話ほど、詰まらないものはないでしょうね。

どうして子どもの頃はあんなに心が弾んだのか…私にも思い出せま

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