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【コンピュータ音楽作品】『モルトセンティート』作曲家による音声解説付(日本語、英語)

私のコンピュータ音楽作品‘Molto sentito’(『モルトセンティート』と読みます)をご紹介します。これは私が大学院在学中、人間の感情が波のようにうねる様を音楽的に描きたいという思いの下、独自に考案した音響生成手法を用いて作曲した前衛的な電子音楽作品です。

本作品の位置づけ

自己紹介記事でお伝えしましたような、結果として私のそれまでのキャリアを断絶することにつながった、ある異変が私の身に生じたのは、本作発表直後のことでした。そのため、本作は現状において私にとってほとんど唯一のコンピュータ音楽作品となってしまっています。

本作品は技術的にも音楽的にも粗削りな若書きです。しかし同時に、至らなさや未成熟であることも含めて、当時の、人生に初めて見つけることのできた希望に胸をときめかせていた私の姿がすなおに表れていると感じます。

そのため、本作品を今回発表するに際して、音楽自体には手を加えることを一切しませんでした。作品は現在VimeoとYouTubeで、日本語と英語で発表していますが、音に合わせた映像を新たに付け加えて動画として仕立て直すというようなことを、今回はあえて行っていません。

現在の私の作品として

その代わり、動画の前半において「作曲家からのメッセージ」と題して、本作品の成り立ちやねらいをご説明しています。あなたが目の前で聴いて下さっていることを想像し、その目を見てお伝えするつもりで、私が大切とする考えや思いをお話しています。

これは決して単なる情報の伝達を目的とするものではありません。かつての私が作曲した楽曲を、今の私の作品としてあなたにお届けするために、現在の私の肉体を用いて行う、大切な芸術表現行為であり、その意味において本作品の本質的な一部を成すものです。

音楽に対するのと同じように、どうか私の言葉と声にも心耳をお澄まし下さいませ。

【動画】『モルトセンティート』(日本語)

作曲家からのメッセージ

こんにちは。五十嵐創です。私の作品にご関心をお寄せ下さり、ありがとうございます。本作品をより良く味わって頂くためにまずその成り立ちをお話します。

『モルトセンティート』は私が平成十八年に作曲した電子音楽の作品です。私は当時コンピュータ音楽と人工知能を専攻する大学院生でした。芸術音楽の職業的作曲家として学術的な世界で生きることを目指していました。

新しい作曲の方法論を求めて

コンピュータ音楽とは、テクノロジーそれ自体に関心を持つ人々だけのためのものではありません。そこには、時代や文化を問わず、あらゆる既存の音楽様式について、その限界を乗り越え、その特長を取り込むことができる可能性があります。それこそが、私がこの分野に携わった理由です。

そこでは、何が音楽であり、何がそうではないのかという音楽に対する根源的な問いに向き合うことが私たち皆に求められます。私はこの新しい音楽世界において、人間の深い感情を豊かに表現することができるような、独創的な作曲の方法論を打ち立てることを志していました。本作品はその目標に向けた最初の一歩でした。

音による感情表現

『モルトセンティート』は人間の感情の複雑さと移ろいやすさとを主題にしています。私たちは日々様々の感情を経験して生きています。強く一つの感情を抱くこともあれば、相反するようないくつかの感情が混ざり合って感じられることもあります。感情は打ち寄せる波のように常に変化し続け、私たちの考えと振舞いとに影響を及ぼしています。このようにいきいきとして神秘的な性質を備えた音楽を作ることを目指しました。

感情とは本質的に、私たちが心と呼んでいるこの形のないものの内に生じる、目に見えない現象です。それゆえ、コンピュータで扱うことができるような形式的な定義を与えることは困難です。

感情の図式化に関するある興味深い理論によると、人間が普遍的に抱くいくつかの感情は、それぞれ特有の形を持つ曲線によって表現することができるとされています。この仮説に基づき、私はいくつかの感情について、それらの音楽的モティーフとなる音を作りました。

独自の音響生成手法

本作品は、私がコンピュータプログラムを書くことによって作り出した音響のみによって成り立っています。全体は多くの音楽素材のパッチワークとして構成されています。すべての音楽素材は私が考案した音響生成手法によって作りました。

それは遺伝的アルゴリズムと呼ばれる、ダーウィンの進化論に触発された技法を活用しています。遺伝的アルゴリズムは人工知能を含む様々な分野において、通例工学的な問題解決のために用いられて来ました。私の手法は、それを芸術的な目的のために応用したものです。

この手法によって、混沌とした音響から始まり、ある特定の感情を表す音へと徐々に進化してゆくようなテクスチュア、音楽的質感を創り出すことができます。音楽のこのような進化は、音色の変化において特に感じ取ることができます。

心を開いて

魅力ある芸術作品を生むためには、独創的な発想と、それを表現するための技術との双方が必要です。作品にどのような技術的な工夫が凝らされているか、それを正しく知ることが重要であり有意義であるのは、申すまでもありません。しかしながら私は、あなたが本作品を理性のみによって分かろうとはなさらないよう願っています。

人間は常に理性的に振る舞うわけではありません。同様に、本作品はすみずみまで論理的に説明できるようには作られていません。

この作品があなたの心に及ぼす影響、それだけをお考えになって下さい。どうぞ耳を澄まして、この音楽に対して御心がどのように反応されるか、そのことに集中なさって下さい。

どのような光景が胸に浮かぶでしょうか?どなたのことが思い出されるでしょうか?ただ一つの正しい答えというようなものは存在しません。あなたご自身の感じ方がおありになるだけです。

モルトセンティートに

本作品の題名であるモルトセンティートとはイタリア語で、音楽においては、感受性豊かに、多くのことを感じて演奏して下さいと指示する言葉です。モルトセンティートと名付けたこの音楽をモルトセンティートにお聴き頂けたら、とても嬉しく存じます。


【動画】'Molto sentito'(英語)

こちらは英語版です。己の信じる芸術を世界に向けて訴えることは、母語である日本語によって比類なく美しい表現を為さんとすることと並んで、私にとって欠かすことのできないアイデンティティの一つです。

もしあなたが英語をお使いにならないとしても、私の言葉を詩として、声は音楽として、どうぞうっとりとお聞き下さいませ。

Message from the composer

Hello, I’m Soh Igarashi. Thank you very much for your interest in my composition. I would like to begin by giving you a brief description of it, which will help you to enjoy the music more.

‘Molto sentito’ is a piece of electroacoustic music I composed in 2006, when I was a graduate student specializing in computer music and artificial intelligence. At that time I was trying to live in academia as a professional composer of art music.

Computer music is not just for those who have strong interest in technology itself. It has the potential to transcend the limitations and to exploit the advantages of every existing style of music across time and culture, which was the reason I engaged in the area.

It forces all of us to fundamentally reconsider the notion of music: what it is and what it isn’t. In this new paradigm of music, it was my ambition to develop the original methodology for composing which makes it possible to articulate deep and rich emotions. This work was the first step towards the goal.

‘Molto sentito’ explores the complexity and changeability of human emotions. We experience various types of emotions in our daily lives. Sometimes we feel a single strong emotion and sometimes a mixture of different ones which can conflict with each other. They are changing all the time like waves rolling in, and affecting how we think and act. I aimed to create music of such a dynamic, mysterious nature. ­

Emotions are essentially intangible phenomena occurring in this incorporeal thing we know as heart, and so difficult to define formally in such a way that they can be understood by computers.

There is an interesting theory about the schematization of emotions — that universal human emotions can be characterized by their own respective shapes of curves. On this hypothesis, I designed the sounds that acted as musical motifs of some emotions.

The work consists of nothing but sounds produced by the computer program I wrote, and is made up as a patchwork of a lot of music materials. Each of them was algorithmically generated with the method I devised.

It utilizes a genetic algorithm, a problem-solving technique inspired by Darwin’s theory of evolution.Genetic algorithms have been commonly used from an engineering perspective in various fields, including artificial intelligence. My method is the application of it for artistic purposes.

I have realized, with the method, such texture of music as begins with a chaotic sound and then gradually evolves into one representing a particular emotion. You can feel the evolution of music especially in the continuous changes in timbre.

A charming work of art is made with both creative imagination and technical prowess. Needless to say, it is important and valuable to correctly know what technical ingenuity was devoted to the work; it is, however, to be hoped that you will try not to interpret this work solely according to reason.

Human beings do not always behave in a rational way. Similarly, the piece is not so composed as to be thoroughly explained in a logical manner.

You are concerned only with the influence of the work on your emotions. I earnestly desire that you should strain your ears and concentrate your attention on how the heart will react to the music.

What kind of scene occurs to you? Who does it remind you of? There is no single answer, no correct response. There is just your own impression.

‘Molto sentito’, the title of the work, is the Italian used in music as an instruction meaning that a passage should be played very sensitively. I would be very happy if you could listen to the work, named ‘Molto sentito’, with much sensitivity.


受賞、出品、学会発表

進化的音楽作品として『モルトセンティート』は、平成十八年に作曲され、同年開催されたコンペティション、デジタルアートアワードにて佳作に選ばれた『コンヴァージェンス』の後継作品に相当します。

『モルトセンティート』は、作曲年の十二月に京都で行われたインターカレッジコンピュータ音楽コンサートにおいて初演されました。その後わずかな改訂を経て、翌年四月にスペインのヴァレンシアで開催された進化的音楽と芸術の国際作品展への出品作に選出されました。

『モルトセンティート』のために考案した音響生成手法の詳細は、2007年1月にインドのハイデラバードで開催された音楽と人工知能に関する国際会議において発表しました。

これらの事績により、作曲者は平成十九年に慶應義塾大学の博士号候補者と認められました。


終わりに

大変長い記事となりました。最後までお付き合い下さり、本当に有難うございます。

私の本当の人生がこのようにして始まってゆくのと同じく、私の作品もまた、あなたがお心をお開きになってお聴き下さる度に、新しく命を得てゆくように思います。

私が今成し得る精一杯の表現の中に、細やかでもあなたのお心に届く何かがありますことを願ってやみません。


私の作品に最後までお付き合い下さり、ありがとうございました。魅力をお感じ頂けましたら、そのお気持ちをお伝え下さいますと幸いです。コメント、フォロー、サポートなど、いつでもお待ちしています。私たちの心が、芸術によって通じ合いますように祈ります。

五十嵐創(Twitter & Instagram: @soh_igarashi)


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英語がすき

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