マガジンのカバー画像

あいだす(過去プロジェクト)

15
あいだすの気づきをまとめたマガジンです。 https://aidaskubi.com/
運営しているクリエイター

#コミュニティデザイン

手探りではじまった場「あいだす」、1年目で見つけた「らしさ」

手探りではじまった場「あいだす」、1年目で見つけた「らしさ」

現地に来てくださった方々には説明をしていたので共有している部分もあったのですが、あいだすが結局どんな場所なのか記事がなかったので、オープン当時どんな場所にしたかったのか、考えていたことも含めて、振り返りとして書くことにしました。

1年目でつくりたかった景色オープン当時目指していたのは「地域の人が、公園のようにふらっと寄れる場にすること」(人がいる状態をつくること)

地域のスピード感に合わせて一

もっとみる
あるものからはじまる場「あいだす」〜祝1周年〜冬はじまる

あるものからはじまる場「あいだす」〜祝1周年〜冬はじまる

この間まで夏だったはずなのですが、気がついたら本格的な寒さに…。あいだすも気づけば、昨年の冬にオープンし、1周年を無事?迎えることができました。

この一年間を振り返ると、あいだすとの関わり方や距離感をすごく考えた一年でした。自分たちが運営しているのに変なの!と思われるかもしれませんが、自分たちだけの場として考えていないからこそ、関わってくださる方たちと育てていく場だからこその距離感がすごく難しか

もっとみる
あるものからはじまる場「あいだす」がオープンしてから初の夏

あるものからはじまる場「あいだす」がオープンしてから初の夏

世間は夏休み、久比の子供たちも家族で出掛けているのか、予定がたくさんあるのか、しばらく見かけていません。その間にあいだすをバージョンアップさせたいなと思い、まずはできていなかった片付けや散らばっている道具などの整理をしています。

そして夏休みに入る前に嬉しいこともあったのと、今考えていることやろうとしていることの進捗を書いておこうと思います。

みんなが私たちを受け入れてくれていることを、ひとり

もっとみる
あるものからはじまる場「あいだす」がオープンしてから5ヶ月

あるものからはじまる場「あいだす」がオープンしてから5ヶ月

オープンから約5ヶ月が経過し、最近あいだすで起こっていることや変化している様子を書こうと思います。(4月の下旬から6月下旬まで)

地域の人との関わりが深くなり、あいだすそのものがご近所さんのようになってきた感覚があります。メンバーそれぞれが地域の方との関わりを持ちながら活動できている。さらには子育て支援課の放課後こども教室を通して集まった地域の子どもたちが、何もなくとも放課後に遊びにきてくれるよ

もっとみる
あるものからはじまる場「あいだす」がオープンしてから

あるものからはじまる場「あいだす」がオープンしてから

それぞれのペースや関わり方で関わり、育てることで、場に創造性が生まれ結果的に人も育つのではないか。
そんな場を目指して1月の中旬から(多分)オープンした「あいだす」
地域の方々も日常的に来るようになり、新たなフェーズに入ろうとしているので一旦文字に残しておこうと思います。

何からはじめたのかあいだすのメインスペースである旧崎原邸は地域の方にとって、思い入れのある場所でした。昔は立派な庭園があり、

もっとみる
場をつくる→場を育てる、という考え方を発見した時の話

場をつくる→場を育てる、という考え方を発見した時の話

なぜそんなことを思ったのか私は普段あいだすという場の企画と運営をしています。
私は、人がなぜそういう言葉を発するのか、なぜそのような行動をとるのかにとても興味があります。

当然ですが、人の言葉や行動には意味があり、伝え方、やり方によっては人を喜ばせたり傷つけたりできる。その言葉や行動が発せられる、行われる時、そこには外的要因だけではなく内的要因(その人の過去(経験 / 記憶)、現在(今目の前で起

もっとみる
グラフィックデザイナーだった私が畑違いの場所で「あいだす」という場をつくるまで

グラフィックデザイナーだった私が畑違いの場所で「あいだす」という場をつくるまで

「私にとってのあいだすとは何か/私があいだすをやる意義」
私にとってのあいだすはいろんな思い入れがあって、シンプルに説明するのが難しく、これからどうなっていくか(自分も周りの人も場も)分からない未知なものです。そこが飽きない部分だと思っています。
私がここにいるのは、いろんな人の言葉が導いてくれたような気がしており、私もあえて言葉だけで語ってみたいと思います。(謎の制約)

なので、「今」これだと

もっとみる
あるものからはじまる場「あいだす」 はじまります

あるものからはじまる場「あいだす」 はじまります

解放されたかった。
誰のためだかわからない仕事からも、ビルの森に通うルーティンも、経済動物としての価値を、プレゼンテーションすることからも。
東京では、それは叶わなかった。実力がなかった。適応もできなかったし、根性もなかった。
もう無理だと思って、どうしようもない気持ちで投げ出そうとしていたら、手を差し伸べてくれた人がいて、今自分はこの久比という集落にいる。
嬉しいことにやりたいこともある。

もっとみる