見出し画像

オリエント美術の世界 〜ウジャトの護符と贋作の見分け方〜

ツタンカーメン王墓から発見されたウジャトの護符を、現代の職人がイラスト化してパピルスに描いたもの。コブラの女神ウァジェトとハゲワシの女神ネクベトがウジャトの装飾の一部として共に表されている。この二柱の女神は王権の主義者として崇拝されていた。

「ウジャト」とは古代エジプト語で「再生、復活、健康」の意。天空神ホルスの失明した片眼が治癒したエピソードに基づいており、護符等のモティーフにされることが多い。

画面右側で腰掛ける白い装束の男神がオシリス。死者をオシリスの前に案内しているハヤブサの頭部を持つ男神がホルスにあたる。死者が楽園イアルに行く資格があるかが裁かれる「二つの真理の間」と呼ばれる冥界での出来事を描いている。この図案は実際に存在するものを現代の職人が復元したもの。

ウジャトの護符は書籍中でも頻繁に紹介されるエジプトを代表するファイアンス製護符だ。都内の博物館でもたまに目かける。博物館で見受けられるこうした護符は大抵、末期王朝時代のものが多い。年代が新しいから現存数も比較的多いというわけである。新しいといえど、2500年以上前で、ローマ帝国などが登場するずっと前のものではあるが。エジプトの歴史は、気が遠くなるほど長い。

本作は、第26王朝期のもの。下エジプトに形成されたリビア系民族の王朝時代のもので、推定年代は前664~前525年頃。この時代のエジプトはすっかり弱体化し、今のスーダンにあたる南方のヌビア、西のリビア、東のペルシアから次々と侵略されるようになる。末期王朝時代(レイトピリオド)という名前の通り、古代エジプトの歴史の最晩期にあたる。この時代までにエジプトには30ないし31の王朝が存在したと記録されている。プトレマイオス朝初期の神官マネトがこの王朝区分を整理して記録した。マネトが残す情報の信憑性はいかがなものだが、それでも彼の王朝区分を基本に今でも研究が行われている。

注意したいのが、護符は直径数センチの小さいものゆえ、贋作の大量生産がしやすい。エジプトの護符は贋作の数が最も多い考古遺物のひとつ。中でもスカラベ型護符の贋作が最も多い。プロでも贋作か本物か判別できないほど精巧なつくりのものもある。ちょっと偽物っぽいなと思う護符を展示している博物館もあるくらいだ。だが、これはまず本物と考えていいだろう。

その根拠は背面にある。小さなブクブクみたいなものがたくさんある。この細かな孔は、焼成時にできた気泡である。ファイアンス製品の場合、これが贋作かどうかのひとつの指標になる。贋作は今の技術でつくっているから、この気泡がない。つまり、古代のものにしては、やけに綺麗すぎるということだ。だが、多くのコレクターが美術愛好家だから綺麗なものの方が好みで、騙されて贋作を掴まされる。ただ、中には贋作師が古い材料を使ってつくったものもあるから難しい。そうした場合、年代測定すると確かに当時の年代として判定される。これがとても厄介である。とはいえ、贋作師は足跡を残す。彼らは歴史の専門家ではないから、少しおかしなデザインや文字になっていたりする。だが、歴史に精通した贋作師がいたとしたら、それはもうお手上げである。

贋作師とコレクターとの戦いは終わらない。見分け方はわからなくても、「古代の秘宝をあなただけに特別価格」とか、そんな上手い話がないことだけはわかるだろう。路上で屋台を出している店が、店内の奥にもっとすごいものがあるんだと客を誘って、贋作をあたかも本物ように売りつけてくることがある。人は狭い空間にいると心理的に相手の話を吹き込まれやすい。周りとシャットアウトすることで、判断力を鈍らせ、上手い言葉を巧み使って贋作販売者は客を欺く。たとえ贋作が見分けられなくとも、そういう状況はおかしいということには気づけるだろう。

エジプトの他、ガンダーラ地方でも仏頭の贋作を売りつけてくる商人が数多くいる。それがまた中には精巧にできているものがあるから厄介である。ダメージ加工が上手く、いい感じに欠けていたり、壊れていたりする。だが、洗ってみたらわかる。石が綺麗すぎることに。ただ、値段設定が日本円にして数千円だとか、あまりにもおかしいので普通は気付きそうだが、観光のムードで人の判断力は狂う。まさかとは思っても、騙される人は多くいる。それもひとつの旅の思い出と受け入れられる人は別として、大半はしばらく悔しい思いをするわけだから、後悔しないためにも贋作師には用心しよう。

贋作は驚くほど数多く出回っている。悪徳な商人でなく、真面目なお店が本物と思い込んで販売していることもある。銀貨を装った卑金属偽造貨、銅に銀を薄く塗布しただけの偽造貨、古代貨の型を取ってつくった偽造金貨、滅茶苦茶な古代文字を記した石版や木片、印章など、悲しくなるほど贋作を見てきた。

テストカットの入ったコイン。前5世紀にギリシア文化圏のパンフィリア地方アスペンドスで発行された。本物の銀貨であるが、当時の人間が偽造貨でないかをチェックするためにカットした痕跡が見られる。偽造貨の場合、表面だけ銀でコーティングされており、中身には銅が使われている。古代から人々は偽造貨の流通に悩まされていた。

特にコインの場合は、写真だけだと判別がつきにくい。実際に手に持って光をいろいろな角度から当てて光沢を確認したり、重さを量ったりすると贋作と気づけるのだが、画像加工が自在にできる写真は人を簡単に欺く。銀貨にはずっしりとした銀特有の重みがあるから、軽いものはやはり警戒したほうがいい。

デナリウス銀貨は3.9g前後、アッティカ式4ドラクマ銀貨は17g前後、エジプト式4ドラクマ銀貨は14g前後と、重さが当時の人々によってきちんと定められてつくられている。「前後」としているのは、古代のコインは手づくりだから多少の誤差があり、また、使用による摩耗や風化による減量を考慮してのこと。

最後に、贋作を掴まされない方法としてネットで個人が出品しているものは避けた方が良いというのがひとつかもしれない。あとから気付いても連絡が取れないというケースが多いからだ。店頭の場合は、後から店主に問い合わせることができる。交渉次第では返品も可能となる。サザビーズやクリスティーズのような著名なオークションに出品されているものは、鑑定士が一度入っているケースが多いので安全性は高い。だが、落札価格とは別に手数料等が発生する。また、贋作が紛れている例がゼロでもない。後悔をしないようにも、考古遺物とは真剣に向き合っていきたいものだ。


To Be Continued...

Shelk 詩瑠久



この記事が参加している募集

404美術館

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?