見出し画像

アンティークコインの世界 〜共和政ローマを象徴する選挙投票のコイン〜


図柄表:ローマ女神 
図柄裏:選挙投票
発行地:ローマ
発行年:前113〜前112年
発行者:プブリウス・リキニウス・ネルウァ
銘文表:ROMA XVI(ローマ、16)
銘文裏:P NERVA(プブリウス・ネルウァ)
額面:デナリウス
材質:銀
直径:17mm
重量:3.86g
状態:VF-
分類:RSC Licinia 7


画像2

古代ローマの選挙投票の様子を表したデナリウス銀貨。共和政期の前113〜前112年、プブリウス・リキニウス・ネルウァによってローマ造幣所で発行された。

本貨は、「選挙投票」という共和政ローマらしい図を示した一枚である。投票札を持った人物が橋を渡った先にある投票箱に自分の投票を入れている。投票札を投票者に渡す選挙委員の姿も確認できる。網の目状のものは投票所を仕切る柵で、二本の線で表されているのは橋の手すりにあたる。どうやらローマでは、この図のような投票システムが採用されていたようだ。だが、投票させないようにと、橋の上で妨害してくる人間などもいたという。そのため、後の時代になると政敵から邪魔されにくいよう、橋の幅を変更する処置などが採られるようになる。また、投票権を持つ者はローマ市民権を持つ男性のみで、女性や解放奴隷、奴隷には投票権は与えられていなかった。本貨に描かれた人物が、ローマ市民権を持つ男性しか原則着ることが許されなかったトガ姿であることは、その実態を証明している(一部、女性でもトガを着用する者がいたが、それは娼婦たちであった。一目で娼婦とわかるように、あえて男性の着衣であるトガを着用し、客を取りやすくしていた)。こうした事実からもわかるように、当時の選挙はまだまだ平等とは程遠かった。

画像3

描かれた投票者たちの頭上には、「NERVA」というラテン文字が刻まれている。これは発行者ネルウァの名を示したものだ。このような選挙をモティーフにしたコインは共和政期のみで、帝政期に発行されたものには一切存在しない。本貨は選挙制度を導入していた共和政ローマを象徴する貴重な一枚と言えるのだ。

画像3

類例として、前63年にルキウス・カッシウス・ロンギヌスが発行したコインでも、似たような投票場面の図が採用されている。

画像4

反対面には盾を持つローマ女神の姿が表されている。通常のローマ女神の胸像には描かれない丸盾入りの構図で、非常に珍しく興味深い。また、彼女の頭上には三日月が描かれている。ローマでは男性が太陽、女性が月の象徴とされていた。彼女の顎の横延長線上には「X」と「VI」を組み合わせたモノグラムが表されている。これは、数字の「16」を示している。すなわち、「デナリウス」という本貨額面の交換レートが「16アス」に相当することを意味している。

ちなみに、このコインの発行者であるプブリウス・リキニウス・ネルウァは、前104年に起きたシチリア奴隷反乱の際に元老院からシチリア属州総督として任命されたキャリアを持つ。ネルウァは600名の兵士を制圧のために向かわせたが、彼らが奴隷によって構成された反乱軍に敗北。奴隷たちは兵士から優れた武器を奪うことに成功し、さらに力をつける結果となってしまった。結局、ネルウァは最後まで成果が出せずに任期切れとなり、シチリア奴隷反乱の件からは手を引いた。


Shelk 詩瑠久 🦋

この記事が参加している募集

私のイチオシ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?