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奇妙な味のショートストーリーズ

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これまでに書いた掌編、短編、ショートショートをまとめています。奇妙な味の作品が多いです。
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2017年5月の記事一覧

『故郷に海ができる』序【掌編小説】

 あなたゴルフする? あたしはしない。でも穴のことなら分かる。ほらグリーンに空いているまあるい穴。あれって不思議な大きさよね。大きすぎもせず、小さすぎもせず。他の何にも似ていない穴。すごく的確な空洞。

 パパが開けた穴もちょうどそれと同じくらいの大きさの穴だった。園芸用のスコップを持っていきなり庭の畑を掘り始めたの。畑っていっても趣味(というかパパの暇つぶし)の家庭菜園用だから、ぜんぜん猫の額み

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アジサイは自分がいつから「アジサイ」と呼ばれるようになったのか、思い出そうとしていた。【掌編小説】

 アジサイは自分がいつから「アジサイ」と呼ばれるようになったのか、思い出そうとしていた。糸を引くような六月の雨は今日も街を濡らしている。もっとも、アジサイにとっては雨降り以外の天候など存在しないのだが。

 Chronic rainy syndrome。慢性雨降り症候群と呼ばれる、生きているかぎり雨に降られ続ける病。主治医が真っ白なカルテにその病名を書き込んだ日から、少女の名前は「アジサイ」になっ

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クリスマスでもハロウィンでもないけれど【掌編小説】

 兄ちゃん久しぶり。山の冬は長いよ。長いけど作業所の中は石油ストーブを焚いているから暖かいよ。今まであまり言わなかったけど、俺は石油の匂いが好きなんだ。

 ホームで暮らしていると刺激はないけど、心が落ち着いていられるからいいよ。風邪? 引いてないよ。発作も起こしていないし、体はすこぶる順調だね。

 そうそう、このあいだ知らない人がホームに来たんだ。五十代くらいの男の人で、あまり顔色が良くなかっ

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