Satokotakayanagi

ロシア文学

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  • ロシアの現代女性詩人たち

  • 銀の時代の101人の女性詩人たち

    20世紀初頭のロシア文学の銀の時代――歴史に輝く詩人たち、思い出されることも少なくなった詩人たち、存在も知られていない詩人たち、ひとりひとりを紹介していきます。出典はСто одна поэтесса серебряного века, СПб, 2000.

記事一覧

眼鏡の呪い……?

6年ぶりに眼鏡を新調した。これでようやく仕事もはかどることだろう。もう何もかもを、度が合わなくなり、つるが緩んだ眼鏡のせいにすることはできない。しっかりと顔にフ…

Satokotakayanagi
4か月前
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2月3日の記憶

今年も2月3日がやってきた。 節分だ、豆まきだ、そしていまどきは恵方巻だ。 鬼は外、福は内、と毎年小さな声で豆まきを欠かさずにいる。上京して一人暮らしになってからも…

Satokotakayanagi
5か月前
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あばら家のわが家も今日は銀のいえ

静かな年始を過ごすようになって時間ができたこともあり、かつて賑やかに迎えた新年をともに過ごした身内をゆっくりと思いだすことが多い。祖父がせっせと正月料理を準備し…

14

旅の記録 ①(②があるかは未定……)

2022年9月7日(水)の忘備録 台風一過の晴れた日。佐賀市内のビジネスホテルを出て路線バスに乗る。30分ほどで着いたそこは、母方の祖父の故郷だ。元村役場前でバスを降り…

15

黒い服を着てWomen in black展へ

8月25日に代官山のアートフロントギャラリーへエカテリーナ・ムロムツェワの「Women in black」展を見にいった。前の週には新潟の展示も見たし、どちらも見逃さずにすんで…

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映画『戦争と女の顔』

ようやく見に行った。見損ねなくてよかった。あらすじや批評はすでにたくさん出ていると思うから、自分のための忘備録として直後の感想を残しておこうと思う。必ず見るつも…

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月を掬う

今日は母の誕生日。生きていれば76歳、会えなくなってから23年が経った。母との関係をきちんと書いたなら、3巻ものぐらいになりそうなほど重く長い話になるけれど、今のと…

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おばあさんの庭

台風を待つ東京の雨から逃げるように新幹線に乗り、やがて車窓に広がる柔らかな緑の水田と青い空を眺めながら、おばあさんの家にやってきた。 おばあさんは私のおばあさん…

31

弾丸より花を(2022/05/09の記録)

これは5月11日付けでフェミニスト反戦レジスタンスのSNSに掲載された、5月9日の活動の報告のひとつ。とても小さな小説を読んでいるような気持ちになった。 ***** 体…

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イリーナ・ジェレプキナ ハリコフからのメッセージ

旧ソ連圏のフェミニズム・ジェンダー研究の第一人者で、ハリコフ・ジェンダー研究センターの創設者でもあるイリーナ・ジェレプキナは、現在もハリコフの自宅で戦禍を過ごし…

84

どんな方法でもいい

ロシアの作家カテリーナ・コジェヴィナが書いた自分宛てのオープンレター。重い気分が晴れない日々、安全な場所にいながら嘆く自分を恥じずに、力を抜いて、そして最後まで…

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【マニフェスト】フェミニスト反戦レジスタンス

*ロシアのフェミニストたちへの結集を呼びかける反戦レジスタンスの立ち上げが宣言され、マニフェストが公開されたので以下に訳出しました。責任者はジェンダー研究者でジ…

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白い鳩が舞い上がり

白い鳩は舞い上がって霧に溶け 霧のひとしずくとなり ただ翼だけはぴんと広げ どうやら月にはりついたようだ 白き顔の母に そこでは 肉体なき愛が光に溢れ 愛しい鳩は…

10

黒い表紙の悲しい書物となって……

愛しい人、愛しき人よ、秋が       猟師の角笛を吹いている       空と大地をヴルーベリは色とりどりに塗り そして死を…

8

ポリーナ・バルスコワ

Fish 私のココにキスして 私のココには水がある 私のソコにキスして 私のソコにも水がある 雨が四日も降りつづいている やすみなく 私のうえに 私のこめかみにキスして …

18

いつも遠く、空をみつめる人

     鶴 昨日のうちに ひと気ない森は 悲しそうに私に別れを告げた 春の喜ばしき再会の時まで 黄に染まりだしたその葉を落としながら 木の葉らは私の道をずっと覆…

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眼鏡の呪い……?

眼鏡の呪い……?

6年ぶりに眼鏡を新調した。これでようやく仕事もはかどることだろう。もう何もかもを、度が合わなくなり、つるが緩んだ眼鏡のせいにすることはできない。しっかりと顔にフィットした眼鏡はストレスがない。凄腕の職人さんのお世話になっているので、私にとってはやや高価だがすぐれもの。一人ひとりの顔に合わせて、小一時間もかけて丁寧につるの曲がり具合などを調整してくれる。そうして手渡された眼鏡には、毎日欧文を長時間見

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2月3日の記憶

2月3日の記憶

今年も2月3日がやってきた。
節分だ、豆まきだ、そしていまどきは恵方巻だ。
鬼は外、福は内、と毎年小さな声で豆まきを欠かさずにいる。上京して一人暮らしになってからも、節分前になると母から宅配便が届き、そこには必ず豆と鬼の面が入っていた。豆まきを疎かにすることをなぜか母は許さなかった。

そんな母の人生を振り返れば、豆まきも、金運に恵まれる春財布も蛇皮も、厄除けになるという指輪も、毎月欠かさない墓参

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あばら家のわが家も今日は銀のいえ

あばら家のわが家も今日は銀のいえ

静かな年始を過ごすようになって時間ができたこともあり、かつて賑やかに迎えた新年をともに過ごした身内をゆっくりと思いだすことが多い。祖父がせっせと正月料理を準備していたことや、お年玉袋を大量に用意して頭を抱えている母や、曾祖母の家での餅つきや、なんとなくいつもより浮かれている幼い私たちのことや……。

二人いるはずの祖母は、私が生まれたときにはすでに二人ともいなかった。母方の祖母は、母が10歳のとき

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旅の記録 ①(②があるかは未定……)

旅の記録 ①(②があるかは未定……)

2022年9月7日(水)の忘備録

台風一過の晴れた日。佐賀市内のビジネスホテルを出て路線バスに乗る。30分ほどで着いたそこは、母方の祖父の故郷だ。元村役場前でバスを降りると、役場の裏にある郷土資料館の小さな分室に寄り、町史誌を閲覧してこの地の歴史をざっとたどった。

ここに来るのは40数年ぶり。子どもの頃に誰かの法事があったとき以来だ。祖父と母と私と弟。鹿児島本線に乗り、鳥栖で長崎本線に乗り換え

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黒い服を着てWomen in black展へ

黒い服を着てWomen in black展へ

8月25日に代官山のアートフロントギャラリーへエカテリーナ・ムロムツェワの「Women in black」展を見にいった。前の週には新潟の展示も見たし、どちらも見逃さずにすんでよかった。アートの批評など私にはまったくできないので、これから書くことは、なんでもすぐに忘れてしまう自分のためのメモだけれど、ロシアの女性たちのことをいつも見ている身だから、少しは他の人と違った感想ではあるかもしれない。現代

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映画『戦争と女の顔』

映画『戦争と女の顔』

ようやく見に行った。見損ねなくてよかった。あらすじや批評はすでにたくさん出ていると思うから、自分のための忘備録として直後の感想を残しておこうと思う。必ず見るつもりでいたので、他の人の評価はあまりしっかりとは読まないでいた。でも概ね良い映画だと言われていることは知っている。

その上であえて言うと――とても良い映画だった。動く絵画のような映像は、独ソ戦直後のレニングラードがかくも美しいのかと思えるほ

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月を掬う

月を掬う

今日は母の誕生日。生きていれば76歳、会えなくなってから23年が経った。母との関係をきちんと書いたなら、3巻ものぐらいになりそうなほど重く長い話になるけれど、今のところそれは書く気になれない。私が20歳くらいの頃、「私のことを小説に書いてよ」と母によく言われた。自分の人生をドラマティックなものだと思っていることが鼻につき、「絶対に嫌、恥さらしなんかしない」と私は冷たく返していた。私と違い、母に愛さ

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おばあさんの庭

おばあさんの庭

台風を待つ東京の雨から逃げるように新幹線に乗り、やがて車窓に広がる柔らかな緑の水田と青い空を眺めながら、おばあさんの家にやってきた。
おばあさんは私のおばあさんではなく、血もつながってなく、ひょんな縁でつながった親戚にすぎないけれど、もう誰も住んでいないおばあさんの家に、身軽な私は風を通しにときどきやってくる。

おばあさんの古い家には庭がある。すごく大きな庭ではないが、もしも東京なら、ここに小さ

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弾丸より花を(2022/05/09の記録)

弾丸より花を(2022/05/09の記録)

これは5月11日付けでフェミニスト反戦レジスタンスのSNSに掲載された、5月9日の活動の報告のひとつ。とても小さな小説を読んでいるような気持ちになった。

*****
体調のせいで大掛かりなアクションに出ることができなかった、そんな力がなくって。

それに、人びとが自国のネオナチのかぎ十字で、記憶の日を傷つけるところを見る力もなかった。私は中庭へ出て、二時間しっかりと、固くなった芝生を小さなスコッ

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イリーナ・ジェレプキナ ハリコフからのメッセージ

イリーナ・ジェレプキナ ハリコフからのメッセージ

旧ソ連圏のフェミニズム・ジェンダー研究の第一人者で、ハリコフ・ジェンダー研究センターの創設者でもあるイリーナ・ジェレプキナは、現在もハリコフの自宅で戦禍を過ごしている。これは、彼女が『ボストン・レビュー』に寄稿したテキストの訳です。ちなみにこれは私の実力不足ゆえに、ロシア語からの重訳になっています。英語が得意な方は、オリジナルで読まれることをおすすめします。オリジナル:https://boston

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どんな方法でもいい

どんな方法でもいい

ロシアの作家カテリーナ・コジェヴィナが書いた自分宛てのオープンレター。重い気分が晴れない日々、安全な場所にいながら嘆く自分を恥じずに、力を抜いて、そして最後まで現実を見つめ続けるための優しく厳しい手紙。

☆自分へのオープンレター

1. あなたはひとりじゃない。

2. ことばを出してみるといい。うちにこもったことばたちが化膿しはじめないように。書く、喋る、吠える、枕に向かって吐きだす――どんな

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【マニフェスト】フェミニスト反戦レジスタンス

【マニフェスト】フェミニスト反戦レジスタンス

*ロシアのフェミニストたちへの結集を呼びかける反戦レジスタンスの立ち上げが宣言され、マニフェストが公開されたので以下に訳出しました。責任者はジェンダー研究者でジャーナリストでもあるエッラ・ロスマン、その他のメンバーは匿名となっています。以下、全文です。

2月24日、モスクワ時間の午前5時半頃、ロシア大統領ウラジーミル・プーチンは、「非ナチ化」と「非武装化」のためにウクライナ領土内での「特殊作戦」

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白い鳩が舞い上がり

白い鳩が舞い上がり

白い鳩は舞い上がって霧に溶け
霧のひとしずくとなり ただ翼だけはぴんと広げ
どうやら月にはりついたようだ 白き顔の母に
そこでは 肉体なき愛が光に溢れ

愛しい鳩は 原初の乳へと戻りゆき
その白き種を 原初の粘土へと吐きだし
そこでは私の臆病な魂が目を伏せて
おまえの魂にくちづける 時間と空間を克服し

現在オランダに暮らすマリーナ・パレイ(1955-)という作家が、膨大な量の詩を書いていることを

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黒い表紙の悲しい書物となって……

黒い表紙の悲しい書物となって……

愛しい人、愛しき人よ、秋が
      猟師の角笛を吹いている
      空と大地をヴルーベリは色とりどりに塗り
そして死を運命づけた
      愛しい人、愛しき人よ、見張りに立つ
      赤熱した矢は だれの弓か
      紅い羽をあつめるは風
      占いのために
      いかなる国々へと我らに道を示

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ポリーナ・バルスコワ

ポリーナ・バルスコワ

Fish

私のココにキスして
私のココには水がある
私のソコにキスして
私のソコにも水がある
雨が四日も降りつづいている
やすみなく 私のうえに
私のこめかみにキスして
私のソコには魚の体液が
透明な口にキスして
小さな魚がソコに生きてる
ゆっくりとした口でキスして
鯰が鯰にキスするように
メカジキは腹を立てている
私たちの逢瀬を望んでいないんだ
私たちのあいだにでんと横たわる
全身 水ガラス

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いつも遠く、空をみつめる人

いつも遠く、空をみつめる人

     鶴

昨日のうちに ひと気ない森は
悲しそうに私に別れを告げた
春の喜ばしき再会の時まで
黄に染まりだしたその葉を落としながら

木の葉らは私の道をずっと覆い隠そうとした
音たてぬ金色の雨のように
そして木々はそっと囁いていた
私に 彼らのもとへ戻るようにと……

私たちには 別れることはとても困難だった……
不意に空から それとも遠い野からか
いと高らかに いと悲し気に うっとりするよ

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