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黄昏ゆく街で

 私が初めてそれを見たのは、叔母が長年苦しんでいた肺癌で死んだ時だった。やけに透き通った紺碧の空に、ひっそりと浮かんでいた雲の隙間に、その飛行船は現れた。
 鋼色をした、飛行船———あの船には、死体が乗っている。私はかなりしっかりとした実感を持ってそう確信している。雲に飛行船の影は映っていない。
 あの船は、どこへ行くのだろう。私はぼんやりと雲を眺め続ける。しばらく眺めていると、雲に覆い隠されるようにその飛行船はどこかへ消えてしまった。
 この船がどこから現れてどこへ行くのか、私は知らない。この船の正体も分からない。
 しかし、これだけは確信している。あの船には、叔母が乗っていたと。私は飛行船に向けて手を振った。十二歳の初夏の出来事だった。
 私はそれから、悪夢を見るようになった。

 どれぐらいの月日が流れたのだろう。
 私は西日の強い光を受けながら目覚めた。何か、永遠にも近いような時間がながれたような感覚と共に、私は目覚める。長く病床にいるせいで、体が酷い倦怠感に包まれていて、頭もくらくらしている。

 何かの片鱗に触れていたという感覚だけが割にしっかりと私の中にあって、妙な感覚に襲われる。日が傾いている。じんわりとこの世界が眠りにつこうとしている。

 この世界が眠りにつく時間に、役割を交代するように私は目覚めた。

 稀にあるのだ。何なのだろう、何かの記憶の片鱗を見せつけられていたような気がするのだが、まるで、地面に染み込んだ雨水のように、目が覚めると同時にその記憶は消えて無くなってしまう。

『私が選んだ道は、正解だったのだろうか』

 その言葉だけが、唯一頭に残っている。私がこの夢を見たときは、いつでも目が覚めるとこの感覚が私を襲う。でも、これは私が発した言葉ではない。『誰か』が、言った言葉なのだ。それだけは分かっている。しかし、誰なのだろう。

 この感覚の正体は一体何なのだろう。一向に分からない。

 もう直ぐ死ぬというのに、私はどうも実感が持てず、幼い頃死んだ叔母を見送ったときのことを私は思い出した。

 死というものは、私達が思っているよりもずっと身近で、乾いていて、ある日当然のことのように私達を襲う。私達は何も知らなかったかのように慌てふためく。

 人は死ぬ。当然のことだ。

 どうして、私は何も感じないのだろう。叔母のように死に際に痛みを感じないせいだろうか。私は窓の外の景色を見た。

 綺麗だ。両親に捨てられ、この街へ逃げてきてからもう四十年が経とうとしている。私は窓の外の景色を眺めながら、これまでの人生を想った。


 私が住む海辺の街では、穏やかな潮風が吹く。

 碧色をした綺麗な海に囲まれ、貿易の要としてこの街は栄えた。『真珠の街』の異名が付くほど、この街は美しく、人々の憧れの的でもあった。建物の高さは文化的な理由から低く、空も海も遠くの景色も、綺麗に眺めることが出来る。

 日が沈むと、空は赤く染まり、町全体が夕焼けの暖かな雰囲気に包まれ、徐々に夜の到来を優しく迎え入れる。

 黄昏ゆくこの街を、私は幼い頃から見てきた。

 私はこの時間が、とても好きだった。

 この世界が眠りにつこうとしていくその時間が、私にとってとても心地よいものだった。空も海も大地も、草木も花も生き物たちも、眠りにつこうとしている。私も、夜になれば穏やかな眠りにつく。

 夕日が沈む光景をぼんやりと眺めていると、私は穏やかな気持ちになる。
 今日も、夕焼けが綺麗だ。

『私が選んだ道は、正解だったのだろうか』

 未だに分からない。
 きっと、死んでも分からないのだろう。あれほど涙し、苦しみ、怒り、それでも生きて、笑い、幸せを享受してきた。

 瞬間瞬間では死んでもいいと思えるほど苦しんでいたのに、今になってみると、思いつめずに苦しみを上手く回避する方法なんて、いくらでもあったような気がする。

 未だに分からない。あの飛行船の正体も、結局は分からなかった。たくさんの疑問を残したまま、私はこの世を去ることになるだろう。

 ああ一体、どうしたものだろうか。窓の奥に広がっていた夕焼けの空は、日が水平線の下に沈むとともに暗転した。




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