マガジンのカバー画像

うた

24
気ままに書いた散文詩や、短編小説たち。 一話完結のものを集めました。気軽に読んでやってください。
運営しているクリエイター

#短編小説

【短編】雨の秘境

【短編】雨の秘境

 夕焼けは煮え崩れる玉ねぎのように甘く溶けだして、降り止むことを知らない雨を黄金に染めた。

 千年もの間、雨が降り続けている街・深水(シンスイ)は、区域全体の九割が水の中にある。この永い雨災に見舞われるようになってから、深水の民は水に浮く建物を造るようになり、その中で暮らすようになった。人間の「慣れ」というのは凄まじいもので、百年も経てば皆、この不思議な暮らしぶりにすっかり適応した。それから千年

もっとみる
【掌編小説】サラマンダーの息吹

【掌編小説】サラマンダーの息吹

 風の色に鉄錆のような赤が混ざり始めたのを見て、ムゥジは慌てて自宅へ駆け戻った。
「赤風が来そうだ」
 ムゥジが戻ってきたのに気がついたドリィは、
「あら、今日はそんな予報あったかしら」
 と首を傾げる。
「最近は急に赤風が吹くことが多くなったからなあ。もうこの村も住めなくなる日が近いのかもしれん」
 ムゥジは静かに眉根を寄せながらゴーグルとマスクを外すと、身体中に付着した赤風の粉を吸着シートで拭

もっとみる
【掌編】誕生

【掌編】誕生

流れ星が賑やかな夜、
一つだけ仲間とはぐれたその星は、
ツーと夜空を滑って湖に落ちると
たちまち虹色の閃光を広げて辺りを燃やしていった──

 小夜子は胸の苦しさに目を覚ましたが、心は先程まで見ていた夢に抱かれたままだった。
 星が湖をはげしく燃やし尽くす光景の、なんと美しいことか……しかし、そのえも言われぬ美しさにはどこか背徳の影が色濃く差していた。

〈正吉さんに話したら何と仰るかしら〉
 小

もっとみる
【詩小説】月患い

【詩小説】月患い

今朝の月の、なんと幸の薄そうなこと
ぼうっと白く、息も絶え絶え浮かんでる
「まるで姉様みたい」
自分の口からついて出た言葉に
自分がいちばん驚いていた

病弱な姉様が羨ましかった
めらめらと嫉妬が燃え上がる
太陽の如き私の心は
きっと醜くてあさましいんでしょうけれど

でも、姉様?
お母様の御心も、
そしてあの方の御心も、
貴方にかかりきりなのよ

だから姉様
ずっと消えないでいて

消えてしまっ

もっとみる
エメラルドの洞窟

エメラルドの洞窟

『海の日を待って、それでもその絶望が氷解していないというなら、エメラルドの洞窟にお連れいたしましょう。そうすれば安らかに眠ることができますから』

 夏の青い葉が、陽光にきらきらと輝くのを見て、ふと玲子の脳裏に幼少期の記憶が蘇りました。

 それは、まだ小学生だった玲子が薄着のまま雪の中を彷徨っていた時のことです。幼心に絶望を抱えていた彼女は、冷たい白銀の風に身を任せて、自らの生命すら凍らせてしま

もっとみる
Monday in blue

Monday in blue

「《月曜日の博物館》?」
 最寄り駅から自宅までの寂れた道中、仕事帰りの遅い時間でもぽつりぽつりとしか電灯がない中で、その看板はまっさらで眩しく見えた。ついこの間まで工事のために白い仮囲いで覆われていたこの場所に、博物館が出来たらしい。
「どうしようかな。気になるけど……」
 目覚めるようなブルーの《月曜日の博物館》という凸文字と睨み合っていると、不意に博物館の扉が開いて中から女性が出て来た。背は

もっとみる
暗殺ティーポッド

暗殺ティーポッド

 朝、私が起きると、水色のペンキをこぼしたかのように雲一つない快晴でした。休日で晴れている日は散歩をすると決めているので、意気揚々と家を飛び出します。いつもの散歩コースにある神社では蚤の市が開かれていました。気になって立ち寄ってみると、骨董を並べている露店が目に留まりました。古い懐中時計やティーセット、宝飾品……。珍しい物はないのかしら、と雑然と置かれたアイテムの中を探していると

《 ティーポッ

もっとみる
ショートショート『メメントモリ』

ショートショート『メメントモリ』

「え、嘘、お前って視えるヤツだったのか」 

 ついうっかり口を滑らせた僕が悪いのは分かっているけど、よりにもよって一番バレたくない奴にバレてしまった。悪い奴ではないが、お調子者でお喋り。そんな奴。

「知らなかったなぁ……そういう第六感? みたいのがありそうには見えなかったもんだからさ。早く言ってくれよ、俺、視てもらいたい人がいてさ」

 第六感がありそうには見えないだなんて失礼だな……いや、失

もっとみる
10ページの物語

10ページの物語

◇1ページわたしは、ぺーじのあるものがたりです。
あなたがぺーじをめくるたび、
わたしはとしをとります。

◇2ページわたしのじゅみょうは、10ぺーじ。
ものがたりとしては、けっしてながいじゅみょうではないようです。
けれど、
わたしにしかできないこともきっとあるのだと、
さくしゃはそういいました。

◇3ページさいきん、カタカナをおぼえました。
かんたんなかん字も、つかえるようになりました。

もっとみる
深夜の散歩

深夜の散歩

「虎に変身できたことは、比較的幸せなことじゃないかしら」
と、すれ違いざまに女性がそう言ったように聞こえた。

なんだろう。聞き違いだろうか。

振り返ってみるが、先程の女性はもう、居なくなっていた。

ともあれ虎に変身ということは、きっと山月記の話をしていたんだろう。確かにカフカの「変身」なんかは虫になってしまうわけだから、それに比べれば幾分か幸せなのかもしれない。にしても虫と虎とは随分と対照的

もっとみる