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深夜の散歩

「虎に変身できたことは、比較的幸せなことじゃないかしら」
と、すれ違いざまに女性がそう言ったように聞こえた。

なんだろう。聞き違いだろうか。

振り返ってみるが、先程の女性はもう、居なくなっていた。

ともあれ虎に変身ということは、きっと山月記の話をしていたんだろう。確かにカフカの「変身」なんかは虫になってしまうわけだから、それに比べれば幾分か幸せなのかもしれない。にしても虫と虎とは随分と対照的である。

あらゆる存在に食い散らかされ、踏み潰されてしまう危険と常に隣合わせの虫と、多くのものを喰らい、食物連鎖の頂点に君臨する虎とでは大きな落差がある。夢破れてもエリートはエリート、とでもいうことなんだろうか。

ふと、僕が明日、何かに変わってしまうとしたら、何になるんだろうと思った。
虎にはなれそうにない。虫?いや、草食動物くらいにはなれるだろうか。そもそも虫を劣等なものと扱うのはおかしいんじゃないかという考えもあるだろう。にしたって、足の数が増えるのはごめんだな......とくだらないことを考えていたら家に戻ってきてしまった。

夜も深くなってきた事だし、大人しく寝てしまうことにした。何だかとっても疲れてしまった。
ベッドに入る。
急にまぶたが重くなる。

遠のいていく意識の中で、


そうか、人は星になることもあったなと考えた。

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