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好きな小説

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お気に入りの小説コレクション 複数話あるものは、そのうちひとつを収録させて頂いております
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#エッセイ

崖あるきツアー

崖あるきツアー

崖の一本道を歩いてゆく。もっとも、ところどころにわかれ道もあるようだが、それには、だいぶ進んだあと、あれがそうだったのか、という、変てこな気づき方をする。どちらにせよ、ひとりの人間には、一本の道しか歩けないのだ。どこを歩いても、両側は絶壁の崖。単調なくせ、楽ではないこの旅のまにまに、はるか下、崖の底が恋しくなるときだってある。見てごらん、向かって左が、《盲信》の崖。別名、《恍惚》の崖とも云う。ここ

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三人の雪女

三人の雪女

私はたぶん三人の雪女を知っている。

私の母、松田ハルヱは山形県の農家で生まれた。母が生まれてすぐに母の母、私の祖母は体調を崩して他界している。それでも母は三人の兄、二人の姉を持つ末娘として皆から可愛がられて何不自由なく成長したという。そして、十五歳になるのを待たずして年齢を偽り試験を受けて日本赤十字病院に奉職した。南方で従軍していた長兄に会いたいという一心で父親に内緒で受けた試験に合格してしまっ

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ハニー、君をジャマしたい

ハニー、君をジャマしたい

結婚生活も九年目となると夫婦の関係性は多少なりとも変化してくる。
それこそ新婚当初や、まだ結婚する前の彼氏彼女の関係だった頃なんて、並んで歩けば必ず手を繋ぎ、目が合えば少し恥ずかしそうに笑い、たまに僕のことを「王子」なんて呼んでくれていた。それがどうだ。今となっては最後に手を繋いで歩いたのなんていつだったか覚えてもいないし、目が合えば「何見てんの?」と路地裏のヤンキーばりに絡まれ、挙句の果てには名

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【短編小説】涙くんと涙ちゃん

【短編小説】涙くんと涙ちゃん

「見ててな」

藤野は上目で俺を見ながら、人差し指で自分の目頭を差した。そこから、ツー、と涙が溢れ出す。鼻筋を通って、口元まで垂れてきたところで、涙を手で拭う。

俺は、急に泣き出した友人をまじまじと見る。

「まあ、びっくりするよね。これが俺の特技というか、特殊能力」

藤野はテーブルの紙ナプキンで涙を拭き取っている。

「自在に涙を流せる・・ってこと?」

藤野は頷く。

テレビで見るような、

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