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【一次創作(小説)】For My Valentine

世はバレンタイン、しかしイサベルとユウリには、愛の日をゆったり楽しむ時間がなかった。
原因は、魔物の大軍が、急に王国に攻め入ったことによって、急遽防衛戦が展開されたことと、その「愛の日」を理由に、戦士や騎士の非武装者が多く、人出が足りないという理由で、国王から「国を防衛し、敵を殲滅せよ」という王命が下ったのだ。
当時、イサベルは別の地で魔物の討伐、ユウリは外交の接待をしていたのだが、この命令によって、今日初めて顔を合わせることとなった。
本来、バレンタイン当日は、それぞれの公務がぎっしり詰まっていて、全く会えない予定だった。
しかし、防衛戦という、普段にはない戦闘形態と、任務の戦力不足を、即座に対応出来て補えるのは、今の所、イサベルとユウリしかおらず、何が何でも“今”、彼女たちを引っ張り出してくる必要があった。
現在、貴族が、国の実質的な権力を握っていながらも、国を守るために発せられ、誰もこれを侵せないとされる王命があることに、ほっと胸を撫で下ろす、隠れた民がいる。
今日の平和を願う、誰かの気持ちを背負って、イサベルとユウリは戦地に降り立ち、数時間剣を振るって、ようやく終わった。
白夜の土地だからか、空は穏やかさを取り戻した純白を広げていたが、実際の時間は真夜中。
厳密に言えば、バレンタインが終わるまであと数分。
ユウリはひっそり、上にハートのチョコレートが乗った、小さなカップケーキを持ってきていた。
これはそもそも、今日イサベルにバレンタインスイーツを渡すための試作品として作ったもので、本当はもう少し大きく、形が整ったものを持ってくるはずだった。
ところが、急な呼び出しで、渡すはずのものを、外交の場所に置いてきてしまった。
今頃、誰かの手に渡っているか、廃棄されているかのいずれか。
落ち込む気持ちは隠せないが、渡せる状態には変わりない。
さて、どう渡そうか。

「今日は会えないと思っていたのに、まさか戦場で会うことになるなんて……変な感じね。怪我はしていない?」
「全然。なんともないよ。場所が戦場だっただけで、今日も愛しのイズーに会えたしね」
「もう…あなたという人は」

ユウリの甘い言葉に、イサベルは苦笑しながらも穏やかな表情を浮かべていた。
戦闘自体は、毎回、いつどこでどちらが欠けてもおかしくない、厳しい状態が続く。
そんな中、二人で並んで、穏やかな景色に戻った世界を眺められるのは、この上なく至高の時間。

「あ、そーだ!いいものあげる!目、閉じてくれるー?」
「目を閉じるの?その、どういったもの?」
「いいからいいから。悪いものじゃないって。」
「そう?……わかったわ」

イサベルの透ける美しさが映える横顔に、魅入ってしまいながらも、彼女の柔らかな頬に手を添えると、一瞬びくっと震えて、ユウリの指に馴染む。

「ユウリ?」
「いや……顔かわいいなって思って。じゃあ次に、口、開けて?」
「顔のことはともかく……口を開けるのね。こうでいい?」

口の開き具合は、調度チョコレートが、良い感じに放り込める大きさ。
持っていたカップケーキを、ポーチから取り出し、上に乗っていた赤いハートチョコレートを口にくわえ、イサベルのすぐ目の前に立った。
小さく開いている口に、チョコレートを滑り込ませると、物理的に、唇が近いことが自覚された。
このままやろうと思えば、流れに任せて口付けられる。
力も自分の方があるし、イサベルがちょっと抵抗しても、怪我をさせない程度で、簡単にはふりほどけない力加減で抑えることはできる。
何度も彼女に好きだと伝えているが、自分の元々の素行もあって、言葉を遊びで冗談だと、捉えられてしまっている。
本気だと意識させるために、このまま口付けてしまってもいいのではないだろうかと、真剣に考えていた。

「ユウリ?」

イサベルの一声で、ユウリは我に帰った。
目の前にあるのは、純粋で安らかで美しい、ユウリだけが知っている彼女の表情。
当初、人に対する恐怖と不安から、人を徹底的に遠ざけていて、肌がふれあう安心感を知っていなかった。
身体全体が震え、人に触れられることを怯え、表情が強ばっていた彼女は、交流やこころを重ねる経験を経る度に、だんだん柔らかく安らかになっていった。
今では一切疑うこともなく、百パーセントの信頼を預けられている。
それに近い主従関係を結んでいるとはいえ、それ以外に、友人として、仲間としても、信頼を置いてもらえていて、冗談で流されてしまっている「好き」も、なるべく受け止めてくれる。
イサベルからすれば、人に向ける優しさとして当然だと言うが、ユウリにとっては、限りなくゼロに近い可能性を引き寄せる、一縷の望み。
そう考えれば、今はこれが、最高の状態なのかもしれない。

「ん。噛んで受け取って。目、開けて良いよ」

そう言って、すぐに口を離し、彼女が口で受け取っていることを確認する。
そしてなお、イサベルが勝手に目を開けず、いつまでもユウリの指示を守っている状態に、相変わらず警戒心がなさ過ぎて、笑ってしまう。
こうして距離を埋めていけることが楽しい。

「ん?これ……チョコレート?」
「うん、そう。バレンタインでは渡せないかと思ったけど、この任務があったおかげで渡せた。イズー、ハッピーバレンタイン」
「ありがとう、ユウリ。ハッピー…バレンタイン」

美味しそうに味わっている彼女に、ユウリも自然と表情が緩む。
この表情を見られるのが、自分だけだと思えば、やはりゆっくりと“その時”が来るのを待つのが、得策だろう。
甘いチョコレートを介して、生きる時間がゆっくり流れていく感覚を体感できるのも、イサベルといるおかげだった。
この幸福を、簡単に手放したくない。

「あの……ユウリはチョコレートを食べないの?」
「ん?食べるよ!小さいけど、チョコレートのカップケーキ持ってきた。迎えが来るまで食べてよう?」
「まぁ、美味しそう。これも、ユウリが作ったの?」
「もちろん。本当は、これの改良版を、キミに渡すつもりだったんだけどね」
「このケーキで十分よ。だって、ユウリが作ってくれたもの。きっと、とても美味しいわ」
「お褒めにあずかり光栄です、我が女王陛下」

地平線の果てにきらめく、沈まぬ太陽を眺めながら、二人並んで、分け合ったケーキを食べた。
純白の空は、そんな二人に、いつまでも、優しい光を注いでいた。




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