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自分を褒めたりへこんだり
うまく行かないことを数えたり考えたりしてもキリがないのでどこかで切り替えたり自分を褒めたり
できたらいいなあと思う
僕もまったく成長してないと言うことはないはずで
それに自分で気づくことは難しい
僕なんてとネガティブになったり
次の日は頑張れたかなと思えたり次々に変わる
嫌な気持ちになりながら考えることもあればこれを書いている今、頭の中を整理しながら考えられる時は
切り替えがうまく行くので
自分で
クリスマスは憂鬱な日だった
子供の時からクリスマスは憂鬱だった
あんなに楽しい日なのに
なぜかと言うとサンタが怖かったから
双子の姉はクリスマスになるとウキウキしていた
サンタさんに会いたいくらいの勢いだった
でも僕は絶対に会いたくなかったのでクリスマスは早く寝た
夜中に起きてしまわないようにトイレも済ませた
サンタがプレゼントを持ってくる時に会ってしまったら何を話していいのかわからないしつえを持って外に出る時間があるだろう
違いを伝えることができたら
僕が自分の障害のことを話すとき受け入れるのに時間がかかりませんでしたか?と言われたことがあった
受け入れるも何も僕は
生まれた時から脳性まひと言う
障害があったので周りの友達とは少し違ってはいたけど受け入れると言う意味では何も苦労を感じた記憶はない
似たようなことを前にも書いた気がするけどこれが本心で
障害がある事よりもある程度程成長して障害のことを話した時理解してもらえないことが辛かった
努力
実はすごいことをしている
僕が障害について話をしたり説明したりすると何の悪気無く
こんなこともできないの?と言ってきたりする人がいる
疑問として聞いてくれるのは
嬉しいけど
このやり取りの場合は
こんな簡単なこともという意味が含まれている気がしてあまり好きではない
確かに僕が毎回つまずく事といえば
毎日の着替えや靴の左右が分からなくなるとか単純で簡単に見えてしまうものが多い
出来て当たり前と言われるようなことが難しい場合も
車いす目線とつえ目線
ぼくは普段車いすとつえの両方を使っている
ここは車いすを使うべきだったとか
つえのほうが動ける範囲が広いなと思ったりいろいろある
つえを使うほうが動ける範囲が広いならつえだけでもいいのではないかと思ってしまいそうになるけど、それをしてしまうとここで一つ課題が出てきてしまう
それが足のマメ問題
これが一度出来てしまうとなかなか治りにくいので今も悩んでいる
長い時間靴を履いて歩いていると
歩き方のクセ
もう少しがんばってみようかなの連続
毎日楽しいことやイベントがあるわけでもないのに
何を目標に頑張ろうかな
ネガティブな時の僕の頭の中はこんなことを考えている
でもそんなことを考えているときにかぎって
楽しい飲み会に誘われたり
好きなバンドが25周年に向けてツアーを発表したりするので僕は頑張りたくなる
しんどくなっては楽しいことがあり
そんなことの連続でここまで来れている気がする
そして僕は次の飲み会まで、次のライブまで
ともう少し
僕がポルノグラフィティのファンになったのは
僕がポルノグラフィティのライブに初めて行ったのは確か中学2年の頃だった
ライブがかっこいいのはもちろん
曲を聞けば聞くほど他のバンドとは少し違うような気がした
なぜだろうと思っていたけどライブが終わってから気づいた
ポルノグラフィティは曲の中でもトークでもがんばれと言わなかった
僕がそれまで聞いてきた音楽が少なかったのかもしれない
それでも僕はそれに
救われた
うまく行かない事があると頑張らない
僕にとっての障害ってどんなものだろう?
僕に障害がなかったら僕はもっと幸せだったのか?
良く障害を扱ったドラマとかで
かわいそうとか
好きでこんな風に生まれたわけじゃないとか言うセリフが出て来たりする
その度に何か引っかかってしまう
障害ってそんなに悪いものかなあ?と思ってしまうからだ
僕にも脳性まひと言う障害がある
僕ならどう答えるだろう?
もちろん障害があって嬉しいと思ったことはそんなにないけど
めちゃくちゃ地獄かと言われると僕の