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台湾発‼ 「悲しみの先を描く」絵本。台湾から来た新人編集者が台湾の作家、画家にインタビュー!

しとしとと、雨の音が聞こえてくる梅雨の季節。
この度、台湾からやってきた絵本ママはおそらのくもみたい』が発売になりました。じめじめした空気が苦手な人にも、この季節がかえって嬉しくなるような作品です。

台湾出身で、編集部配属2年目の黄(コウ)が、台湾の作家さん、ハイゴー・ファントンさんとリン・シャオペイさんにオンラインをつなぎインタビューしました!

台湾の出版市場では、翻訳作品が大半ですが、台湾作家によるすばらしい作品もたくさんあります。台湾出身の私は、小さい頃からリンさんの作品が大好きでした。ハイゴーさんの作品は大人になってから出会いましたが、読むたびに新しいものの見方をもらえる作品ばかりです。今回、台湾で生まれ育った自分が編集者として、好きな作家さんのすばらしい作品を日本の読者に紹介できて、まるで夢のようです。

本作の中に込められる優しい想いを皆さんにお届けしたく、ぜひ最後までお付き合いください。

『ママはおそらのくもみたい』

文/ハイゴー・ファントン
絵/リン・シャオペイ
訳/いとうひろし

●発売日:2023年6月5日 ●32ページ
●対象年齢:3才~ ● ISBN:978-4-591-17801-0

【あらすじ】

「あなたの ママは どんなものに にていますか?」
学校で出された宿題にカエルくんは困ってしまいました。
ママの口ぐせや思い出は浮かんでも、答えはなかなか見つからず、悲しみに暮れているパパにも聞けません。一人で空を見上げていると、空に漂う雲の形が、だんだん何かに見えてきて……。


作=ハイゴー・ファントン(海狗房東)
作家。1977年、台湾・台北生まれ。海辺で出会った犬を自分の家に迎え入れて以来、「海狗房東(海辺の犬の大家さん)」というペンネームで活動している。専門は教育学だが、子どもたちに教えるよりも、子どもたちから教わるほうが多い。企業で親子向けのアート教育に携わった後、現在は、物語を書いたり、語ったり、絵本の翻訳を手掛けたりしている。絵本作品に、『花地藏(花地蔵)』『發光的樹(光る木)』『他們的眼睛(彼らの目)』(以上、未邦訳)がある。

photo by Yu Chung Chen

絵=リン・シャオペイ(林小杯)
絵本作家。1973年、台湾・台北生まれ。1999年、絵本『假装是魚(魚ごっこ)』(未邦訳)でデビュー。鉛筆、水彩、デジタルなどの手法を用いた繊細かつ大胆な画風が魅力。絵本作品に、『假裝是魚(魚ごっこ)』、『再見的練習(さよならの練習)』(共に未邦訳)。絵を手掛けた作品に、『きょうりゅうバスで としょかんへ』『きょうりゅうバスで がっこうへ』(共に石田稔訳/世界文化社)。台湾内外での受賞歴多数。『カタカタカタ おばあちゃんのたからもの』(宝迫典子訳/ほるぷ出版)で産経児童出版文化賞・翻訳作品賞を受賞。

台湾で描かれた雲が日本へたどり着いた


――この度は邦訳刊行おめでとうございます!

日本での翻訳出版が決まった時は、どんなお気持ちでしたか?

ハイゴー・ファントン(以下、ハイゴー):以前日本に来た時、書店でリンさんの本「きょうりゅうバス」シリーズ(世界文化社/刊)を見かけて、とてもうらやましくて、いつか自分の作品も邦訳されるといいなあと思っていたので、ついに自分の作品が邦訳されて、嬉しい限りです。

リン・シャオペイ(以下、リン):自分のほかの作品はすでにいくつか日本で出したことがありますが、台湾の本が日本で邦訳されるのはそんなに容易ではないことだとわかっているので、やはり嬉しいです。しかもこの本が台湾で刊行されたのは4年前なので、4年経ってから翻訳されたのは、また違う嬉しさがあります。

リンさん(左)、ハイゴーさん(右)

――ありがとうございます。では日本の読者にお二人のこと、自己紹介していただけますでしょうか。

ハイゴー:日本のみなさん、はじめまして。ハイゴー・ファントンです。私は絵本が大好きですが、絵本を読み始めたのは大人になってからです。物語を書いたり、いろいろな年齢層の人に物語を語ったりすることが好きです。とくに物語を語るとき、こどもたちから返ってくる哲学的な問いや、大人たちの目がこどもの目のように戻る瞬間を見るのが好きです。

リン:リン・シャオペイです。物語を書いたり、描いたり、語ったりすることが好きです。今回は『ママはおそらのくもみたい』が邦訳されたおかげで、自分の描いた雲が日本まで漂ってたどり着いたことがとても嬉しいです。よろしくお願いいたします。

――こちらこそ、よろしくお願いいたします。

雲は、もう会えないあの人からのサプライズかも

――この絵本には、大切な人を想いながら、悲しみを乗り越え、前を向くカエルくん父子の姿が描かれています。カエルくんの悩みや、パパの悲しみ、そして空へと行ったママの姿など、それぞれの悲しみの形も深さも違うのに、ある1つのきっかけで、全員が前を向くことになりますね。このお話が生まれたきっかけがもしあれば、教えていただけますか?

パパのそばに寄り添うようのは、ママの姿・・・?

ハイゴー:『想念』という母の物語を描いている台湾の絵本があって、もう長い間絶版になっていましたが、たまたま古本屋で手に入れたのがきっかけで、自分のSNSで「わたしのママは○○みたい」というコメントを募集して、その本をプレゼントするという企画をやりました。そのあと、自分の犬と散歩していたとき、たまたま空で次々と形を変えていく雲を見て、自分の中に「ママはおそらのくもみたい」という言葉が浮かびました。そこからなにか物語が生まれそうだなあと、思ったのがきっかけかな。

最初、「ママ」と一言で言っても誰かの親であり、妻でもあり、いろんな立場があるということを書こうとしていたのだけど、雲を眺めているうちに、もう会えない誰かを雲だと思うとき、その雲は私たちの想っている形になってくれているのではないかと。もう会えないあの人が空の上に、雲を生地や粘土のように捏(こ)ねて、私たちのためにサプライズをしてくれているのかもしれないなあと思えてきて。

空の雲がいろんな形にみえてきて・・・

――お母さんが雲を粘土のように捏(こ)ねている、という発想、面白いですね。では、創作の際の、何か印象的なエピソードはありますか? 

リン:カエルくんにどんな服を着せようか、二人で考えていたことですね。

――え!? どういうことですか?

リン:カエルってみんな似ちゃうから!(笑)以前ほかのカエルの作品を描いたことがあって、どうすれば差別化できるのかなと思い悩み、いろいろ工夫しました。

ハイゴー:私は画家さんとコラボするとき、いつも画家さんの創作には口出さないタイプなんですが、唯一リンさんから相談が入ってきたのが、カエルくんの服についてでした。(笑)ほかの作品だと、リンさんはカエルに上の服だけ着せていましたよね。

ズボンをはいたカエルくん

――確かに面白いエピソードですね! カエルくんもパパもズボンしか履いていない理由がようやくわかりました。

リン:あと、原画は雲だけ水彩でタッチを描きましたが、そのほかはすべて鉛筆でモノトーンで描いた後スキャンしてPhotoshopで着色しました。

――そうなんですね!! 絵本ではとてもカラフルなのに、まさか原画が白黒だったとは。

悲しみや挫折も絵本のテーマに

――この絵本は、カエルくんが宿題の答えを見つけたことをきっかけに、家族が前を向いていくという物語ですが、お二人は、あるきっかけで、辛かったり悲しかったりする状況を乗り越えた経験はありますか?

ハイゴー:私のおばあちゃんはパーキンソン病を患って亡くなったのですが、しばらくはおばあちゃんを思い出すとき、いつも晩年のつらい記憶しか思い出せなかったんです。でもある日、遺品を整理していたら、昔の写真を見つけて、写真の中のきれいな服を着たおばあちゃんを見て、おばあちゃんとの楽しい思い出がよみがえりました。おばあちゃんの優しい笑顔や楽しい思い出をもっと思い出したいという気持ちが、悲しみを乗り越えたきっかけになりました。

リン:私は大学のとき、学校の不合理なことに対していろいろと反抗していて、挫折もし、落ち込んだあげく、学校に行きたくなかったときがあったんです。でもある日、絵の具を買いに行く途中、知り合いから生まれたばかりの犬をもらって。それがきっかけで、いろんな気持ちが前に動くようになりました。私が犬の世話をするのではなく、逆に犬が私の世話をしてくれているようにも感じました。

ハイゴー:私も犬を飼っているので(ペンネーム”海狗房東“は、海辺の犬の大家さん”という意味)、とても共感できます。私の犬はもう結構歳をとっているので、犬というより、おばあちゃんのようですが。仕事で帰りが遅くなっても、私が寝室に入ったのをちゃんと見届けてから自分の寝床に戻る優しい犬です。

――すでに家族でもあり、大切な存在ですね。貴重なエピソードをありがとうございました。本の中でカエルくんは、タイトルでもある「ぼくのママはくもみたい」という発見をしますが、お二人にとって自分のママはどんなものに似ていると思いますか?

ハイゴー:私にとって母は「山」みたいですね。台湾では山というと男性のイメージがありますが、私から見ると、母はいつも美味しい恵みをくれて、そしてこどもたちがどんなことをしても心広く受け入れてくれている、まさに山みたいな存在です。

私が母から生まれたのも、まるで山から落ちてきた石みたいだなあと感じるんです。

リン:ん-、とても難しい質問ですね。いろいろ考えましたが、やはり私にとって母は「母」でしかなく、ほかに何に似ているのかは考え出せないですね。

――どちらの言葉もとても興味深いですね…!

「誰かを想う」テーマに共感してもらえたら

――この絵本は、どんな人に届けたいですか?

ハイゴー:とくには決めていませんが、強いて言えば、こどもだけでなく、「誰かを想う」というこの絵本のテーマに共感できる人に届いてほしいです。そしてもう一つは、おかあさんたちに読んでほしいですね。現実世界では、おかあさんやおとうさんなど、こどものことになるといろいろと我慢してこどもを優先することもあると思いますが、この本のママはとても個性的なおかあさんなので、こどもの前で自分の個性を出してもいいんだよというメッセージを、おかあさんたちに届けられたらいいなと思います。

カエルくんの見つめる先は、家族でよく競争した丘

リン:私は、ただひたすらにどうしたらこのストーリーを絵で表現でき、より多くの人にわかってもらえるかということに必死でした。そして描けば描くほど、このストーリーの余韻を感じました。例えばママの口癖が何回も繰り返し出てくるんですが、最初はしつこく感じて、まるで自分の母の口癖のようだなとまで思っていましたが、描いているうちに、このストーリーはこの口癖が何回も出てこなきゃダメだなと感じました。

――カエルくんのママの性格と口癖は、ママを思い出すときのポイントになりますね。私の母にも似ています…! 確か、リンさんはこののママの性格がとても気に入ったので今回の依頼を引き受けたと聞きましたが、ハイゴーさんがリンさんに絵をお願いした理由は何でしょうか?

ハイゴー:最初は編集者が提案してくれましたが、私ももともとリンさんの作品がとても好きだったので、引き受けてくれたら嬉しいなあと思っていました。リンさんが心動かされて描く絵は、絵自体がまたストーリーを物語りますからね。

――お二人の連携がかなって本当によかったです。

身体的表現で悲しみを伝えたい

――絵がストーリーを語るといえば、このクライマックスのシーンでは、カエルくんがママに見える雲に飛びつくシーンが印象的です。深い悲しみに暮れているようには見えなかったカエルくんが、本能的にはずっとママのぬくもりを求めていたのかなと。

リン:文章では書かれていなくても、私はなるべく絵だけでシンプルにストーリーを表現できるようにしています。とくに絵の中の「身体的な感覚」を通して、ストーリーを語りたいんです。例えば、カエルくんのいろんな表情としぐさで、カエルくんの強がりな性格を絵で表現したつもりです。

こどもであれ大人であれ、悲しみへの反応は人それぞれだと思うので、どのようにカエルくんの悲しみを表現するかで悩みました。

今は写真や録音などで、いなくなった人の姿や声を残すこともできるけれど、抱きしめるぬくもりだけは再現できませんよね。この抱きしめるシーンと表紙の絵を通して、カエルくんがママのことを想っている気持ちを、絵で、そして身体的な感覚で表現しました。

ハイゴー:ちなみに、最初このシーンでリンさんが描いた雲のママは立っている姿でしたが、カエルくんの飛びつく力強さを表現するために、ママを後ろに倒れるように描き直したんですよね。

――この本の編集作業をしている過程でも、このシーンを見る度に何度もこみあげるものがありました。本当にカエルくんの気持ちが体に伝わってきたと感じました。

カエルくんのことばを丁寧に日本語へ

――今回日本版の帯では「見上げればいつでも会える」と書きましたが、雲に例えることで本当にいつでも会える気がして、とても嬉しい考え方だあと感じました。それから、雨もちょっぴり悲しいことに例えることが多いですが、本作ではとても優しい存在として描かれていて、いろんなものの見え方を変えてくれる一冊だと思いました。自分の気持ちや、捉え方を変えると、前を向けるんだと改めて感じました。

ママの口癖を思い出し、空を見上げるカエルくん

この絵本は、カエルくんの発見が主軸になりながらも、パパの気持ちの変化も描かれた親子の物語でもあります。そんな、カエルくんとパパの気持ちの変化を、絵本作家のいとうひろしさんがとても丁寧に忠実に訳してくださいました。本の中には「死」という言葉は出てきませんが、カエルくんとパパの気持ちがどんな言葉なら伝わるかを考え、素晴らしい言葉で訳してくださいました。

ハイゴー:もともといとうひろしさんの作品がとても好きだったので、訳者がいとうひろしさんと聞いたとき、とても光栄に思いました。翻訳段階でもカエルくんの状態や設定などをこまかく聞いてくださって、カエルくんたちの気持ちを丁寧に訳そうとする姿勢がとても伝わってきました。感謝しております。

――たくさんの優しい想いが込められたこの絵本は、ずっとそばに置いて、いろんなときに読み直したい一冊です。お二人には、そのような一冊がありますでしょうか?

ハイゴー:私の場合は、台湾語版の『迷い鳥たち』(ラビンドラナート・タゴール/作)です。もともと好きですが、中に書いてある月や太陽、そして生死と魂などがテーマとなった奥深い神秘さは、少し『ママはおそらのくもみたい』の内容に似ているかもしれません。


『迷い鳥たち』(ラビンドラナート・タゴール/作)を手にするハイゴーさん

リン:偶然にも、私も『迷い鳥たち』を紹介しようと思っていたんです(笑)でも迷った上で、この質問を事前にもらっていたので、『ちいさなちいさなえほんばこ』(モーリス・センダック/作)にしました。英語のタイトルでは「The Nutshell Library」ですが、中国語の翻訳では「つまりは…」と訳されています。内容を読んで英語と中国語のタイトルを改めて見るとまた新しい発見があります。しかもストーリーがとても単純で面白いところが気に入っています。こういう本は自分の創作に大きく影響していますね。


『ちいさなちいさなえほんばこ』(モーリス・センダック/作)を手にするリンさん

――お二人の答えを聞いていて、この絵本だけでなく、お二人の創作のルーツにも触れられたような気がしました。

ハイゴーさん、リンさん、本日は、本当にありがとうございました!

ハイゴーさん(左)、太台本屋 tai-tai booksのエリーさん(右上)、リンさん(右下)

私自身たくさんの台湾内外の作品で育てられてきたように、自分も架け橋となって、これからも台湾の素敵な作品を日本に届けられたらいいなと思っています。大切な人を想う多くの方に、この絵本が届きますように。

<<お知らせ>>誠品生活日本橋にて、2023年7月2日(日)までパネル展を開催中です! お近くの方はぜひお立ち寄りください。

では、また今度お会いしましょう!

文/黄 怡華


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