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エッセイ

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記憶に溶けていきそうな夜

記憶に溶けていきそうな夜

玄関を開けると、母がランタンを持って佇んでいた。

初夏の匂いがする。
この匂い、東京では決して嗅ぎえない。
だから、正確には初夏の地元の匂い。

母のそばに駆け寄り、歩く。
時々たわいもない言葉を交わす。黙ることもある。

空。やっぱり地元の空は一味違う。
青と紫を溶かしたような色。
西の空にはまだ明るさが尾を引いている。東の地平線近くは闇が迫っている。
巨大な雲が、その隙間から模様を描いて

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書店を歩く

書店を歩く

昔はキラキラ眩しい表紙が苦手で、雑誌を一切買わなかった。
ティーン向けコーナーに立ち寄ろうともしなかった。
そういえば、幼い頃はズボンばかり履いていた。スカートなんてもってのほか、髪を伸ばそうとも思わなかったし、メイクに興味も持たなかった。
私には弟がいるのだが、ブームはいつも弟が持ってきた。
ポケモンも、コロコロコミックも、A列車で行こうも、弟が熱中しているのに便乗して私もハマった。
プリキュア

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気づいたら夢が一個叶ってた

気づいたら夢が一個叶ってた

80の祖母と暮らしていることもあって迂闊に外を出歩けない。
今は半引きこもり状態なのだけど、よく考えたらこんなに暇な時間があるのは小学生以来だということに気づいた。

吹奏楽部だった中学時代は言わずもがな忙しかった。放課後は常に楽器を吹いていただけでなく、机やピアノをいちいち運んだり、打楽器を三階から一階まで運んだり、トラックを呼んだり指導の先生の接待をしたりなんだか働きまくっていたような気がする

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雑記2020/03/11

私は、どこか捻くれている。

どうしてこうなってしまったのかわからない。

だけど、今は素直に生きることがとてつもなく恥ずかしい。

私の身の回りには、美しい心を持つ人たちがたくさんいる。

先輩にも、後輩にも。

唯一の親友もそうだ。

美しい心を持つ人と巡り合うと、安堵する。

凝り固まった私の心を柔らかく受け止めてくれるから。

こんな風に生きたいという密かな希望になるから。

真の善人にな

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女は男を前にすれば

女は男を前にすれば

雌のインコを飼っている。

彼女は体が大きく、力がとても強い。
指を近づけると、時々本気噛みされ流血する羽目になる。

私の前では、あまり喋らない。
こちらにはお構いなしといった感じで、ご飯を食べたり羽繕いをしたり、気ままに過ごしている。

だが父が家にいると、ご機嫌になる。
父の声とそっくりな声で言葉を喋り始め、よく鳴くようになる。
父が指を近づけると、小首を傾げカキカキをねだる。

私が彼女を

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雑記2020/02/22

紛い物が多い時代に生きている。
ポストモダンの建造物に囲まれて、複製を愛好し、手垢のついた流行を追いかけては、奇跡の一枚をネットに投稿する。

今日行ったのはスーパー銭湯。
露天風呂、自然な穴蔵に見えるけど、
実は石の配置を計算してそこから削り取ってできてるんだなあと感づいた。
だって座るのに心地よい石が、こんなにちょうどいいところにある。

それっていいことだ。切り取ったり、コラージュしたり、一

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雑記2020/02/20

雑記2020/02/20

とあるショッピングモール併設の映画館で映画を見て、それだけで帰るつもりだった。でも、映画館を出ると楽しげに歩く人々が目に飛び込んでくる。清潔に磨き上げられた床と吹き抜けの天井。パリッと爽やかなお洋服。洒落たカフェ。
本当にもう帰っちゃっていいの?まだ時間はあるのに?せっかくきたんだからもう少しここにいない?ちょっと見るだけでいいから。
といったような声が私の心の中にこだまし、ほんの少し、見てまわる

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雑記2020/02/18

私は度々この考えに取り憑かれる。
すべての人は自分の片割れであるということに。

同時に、他人をひどく恐れる時もある。
結局のところ私と彼(彼女)は相容れない関係だと、思い知らされる時など。

どちらも真理であると感じる。
すべての人が同じ一つの共同体にまとまることは不可能だ。
でも共感はできなくもない。
人には想像力がある。

人はそれぞれ物語を生きる。
他人の人生に思いを馳せることは、読書と同

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piece

私の指に乗っていたインコが飛び立つ時、パジャマの袖に足の爪を引っ掛けた。

ぎゃーと悲鳴をあげ飛べなくしてるので、私はインコをもう片方の手で掴み、具合を見るけど1人じゃ取れない。

そこで母に助けを求め、引っかかった糸を爪から外してもらった。

インコは一目散に飛んでいくかと思ったが、ぴょんと私の手に、飛び乗っただけだった。

こんなところにインコの信頼を垣間みて、にやけた朝。

泣きながら笑うピエロ

好きだなあと思ったり、元気をもらったりしていた表舞台に立つ人たちが、たった一つの不祥事で揚げ足をとられ、叩きのめされる様子を見ると悲しい気持ちになる。心の内で大切にしていたものが壊されてしまった感じ。先日話題に上がった方々に限った話ではないけれど。

芸能人ってアイコンで、私たちは彼らを理想の象徴としてみる。
あの女優さんみたいに綺麗になりたいとか、こんなに面白いトークができたらいいなあとか、かっ

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思考

手探りで掴んだ日常はあまりにも脆くて自らが空虚になっていく。

昨日会ったばかりのあの子はもうここにはいない。

坂道を上がったり下ったりするだけの日々なんて白々しい。

眠る前はいつも思う、
突然見覚えのない夜行列車が目の前に現れて、
ここではない何処かへ私を連れていってやくれはしまいかと。

そうしてどんどん過ぎていく。
見飽きた夢を捨てていく。
その度私は女になる。

降りた先には、

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悩んでる時間ってイコール足踏みしている時間だって気づいた。

何者かになるのが怖くて、誰かに身勝手なレッテルを貼られたくなくて、目の前の責任から逃げていた。
どの道を選んでも、どの道を選ばなくても、何かしらの苦しみから逃れることはできない。悩んでる時間に何かが生み出されるわけでもないし、悩んでるから何も行動を起こさないのはただの言い訳にしかならない。そうしている間に自分の脳内が勝手に作り出す苦悶に囚われて盲目になっていくんだろう。
嫌だって叫ぶなら、自分が行

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愛。

私の人生は今が1番楽しいの。

齢80の祖母は、そう言い切った。

この日に、一緒に美味しいイタリアンに食事に行く。
この日に、一緒に日光へ行って新しくなった東照宮を観てくる。
この日に、一緒に劇団四季を観に行く。

休学して暇が増え、家にいる私を祖母は誘う。
私は、せっかくだし行ってもいいかな、なんて気持ちで返事をする。

旧いアルバムをめくると現れる、彫りの深い若き祖父の顔。
2人の息子がこれ

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もてなしおかし

この間いとこ家族が家に遊びに来たのだが、唯一不服だったことがある。
それは、食卓に出しておいたお菓子に一切手をつけてくれなかったことだ。

せっかくクッキーだのマドレーヌだの歌舞伎揚だの、いろんなお菓子をてんこ盛りに盛り付けたのに、全然食べてくれなかった。

もちろん食べることを強制しているわけではない。お腹が空いていなかったり、この後のお昼で思いっきり食べたいから余計なもので腹を満たしたくなかっ

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