「わざわざ」という言葉の違和感。
書店員に求められるスキルの一つに『断片的な情報から商品を特定する』というものがある。
「新聞の広告欄で見たんだけど……」
「SNSでながれてきて……」
「知り合いがおすすめしていて……」
探しものの中には、タイトルすら判然としない場合がざらにある。
いかにも好青年、というふうなお兄さんに「ホウレンソウの本、ありますか?」と訊かれて、料理コーナーや家庭菜園コーナーを駆け回り、それに近いものを探し当てて提案したら「あの、すみませんが、ビジネス書でして……」と言われたこともある。
僕の務める書店は小さい。
そのため、残念ながらたとえタイトルが特定できたとしても、在庫がないことがほとんどだった。
それでも僕は諦めずに、やれるだけのことはやる。
自分が探している本が手に入らないというのは、なんとも悲しいものだから。
そういうとき、よく言われる言葉がある。
「わざわざ調べてくれて、ありがとう」
「わざわざ探してくださり、助かりました」
わかってる。これらは純粋な感謝の言葉だ。
でも僕はこれらを耳にするたび、何かが引っかかるのだった。
特に「わざわざ」という部分が。
だから今日は実際に「わざわざ」が使われてる場面を考えてみたいと思う。
「わざわざ遠いところから、ご足労いただきありがとうございます」
丁寧だ。丁寧だけど引っかかる。
「わざわざ用意してくれたの?」
あまり喜んでなさそう。
「木の葉がこすれあう、ざわざわとした音だけが聞こえた」
静かそう。
調べてみると、どうやら二種類の意味があるようだった。
でもどちらかというと皮肉っぽい響きのほうが強いと思う。
「わざわざ自分から罠にかかってくれるなんて、とんだマヌケだぜええええ! ひゃっほう!」
うん。しっくりくる。
そう感じるのは、僕が皮肉な感性をもっているから、というだけではないだろう。
その証拠に、言い換えをしてみるとわかりやすいかもしれない。
「遠路はるばる、ご足労いただきありがとうございます」
いい。長旅の疲れもどこかに吹っ飛んでしまう。
「手間ひまかけて、用意してくれたの?」
これもいい。職人的な誰かが、生地的な何かを、丹念にこねている画が浮かぶ。
「木の葉がこすれあう……」
ちがった。これはナシで。
とにかく「わざわざ」という言葉をつかいたい場合は、僕のようなひねくれ者もいることを頭に入れておくと、無駄な諍いがなくてすむかもしれない。
もちろん、相手を逆上させたいときを除いて。
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