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企業価値評価:Ohlson[1999]モデル

ここまでOhlson[1995]モデル及びその様々な派生形を学んできたが、今回はこの企業価値評価モデルを組織の経済学に応用し、残余利益連動型の報酬制度の採用に一定の示唆を与えるOhlson[1999]モデルを導入する。本モデルにより、なぜ残余利益が会計利益と比較して経営努力をより良く反映し、業績評価のメルクマールとなり得るかが示される。前回はこちら。

Ohlson[1995]モデルは、投資家による企業価値評価に焦点を当て、会計数値が企業価値にどのように関連するのかを分析するものであった。一方、Ohlson[1999]モデルは株主による経営者の動機付けに焦点を当て、経営努力を反映する会計数値を用いた報酬契約を分析している。株主は、少なくとも理論上は、受け取る配当の範囲で経営者に報酬を支払うはずである。ところが大半の実務では、配当ではなく会計利益などの「経済付加価値」が経営者報酬決定の基礎とされる。

Ohlson[1999]モデルではOhlson[1995]モデルを拡張し、株主をプリンシパル、経営者をエージェントとする多期間エージェンシーモデルが導入され、モラルハザードのある状況における最適報酬契約の設計が分析される。契約締結時の情報非対称性(逆選択)はなく、契約締結後の不履行はないものとされる。Ohlson[1999]モデルでは、Ohlson[1995]モデルと同様、株主資本会計の計算構造が前提とされている。

$${b_t=b_{t-1}+x_t-d_t}$$:[前提1]

$${\dfrac{\partial b_t}{\partial d_t}=-1,  \dfrac{\partial x_t}{\partial d_t}=0}$$:[前提2]

一方、線形情報ダイナミクスの前提は、Ohlson[1995]とやや異なっている。

Ohlson[1999]モデルの線形情報ダイナミクス(LID)[前提3a]
$${\tilde x_{t+1}=\delta_1 x_t+\delta_2 b_t+\delta_3 d_t+\nu_t+f(a_t)+\tilde\varepsilon_{1,  t+1}}$$
$${\tilde \nu_{t+1}=\gamma \nu_t+\tilde\varepsilon_{2,  t+1}}$$

上記の第一式は、Ohlson[1995]モデルの分析で導入したLIDに「その他の情報」$${\nu_t}$$と増加関数$${f}$$、攪乱項を加えたものになっている。$${a_t}$$は($${t}$$,$${t+1}$$)期における経営者の努力水準を表す。従って、当期の経営努力次第で次期の利益は高くもなるし低くもなる、つまり従来見解に従い、会計利益は経営努力をよりよく反映する業績指標であるとの仮説を反映している。関数$${f}$$は経営者と株主の双方にとって既知である。

第二式はOhlson[1995]モデルのLIDと同様であり、$${\dfrac{\partial \nu_t}{\partial d_t}=0}$$が仮定される。また、Ohlson[1995]モデル同様に攪乱項の期待値はゼロと仮定されるが、Ohlson[1999]モデルでは更に「攪乱項の分散は外生的に与えられる」との仮定が置かれている[前提3b]。これは、予期せぬ攪乱要因が利益に与えるノイズを一定範囲にするためである。

従って、配当政策が攪乱要因になって利益に影響を与えることはない。しかし、第一式の右辺に配当$${d_t}$$が含まれる以上、利益は過去の配当政策の影響を受ける。更に、努力水準$${a_t}$$自体も配当に依存する可能性もある。この影響をどのように排除するかが後の問題となる。

Ohlson[1999]モデルでは有限期間のモデルを展開する。企業が経営活動を行う期間は$${t=0,⋯,T}$$(但し$${2≤T<∞}$$)とされ、企業設立時($${t=0}$$)から$${t}$$時点までに観察される情報の履歴が次のように定義される。

企業設立時から$${t}$$時点までに観察された会計利益の履歴
$${\underline{x_t} \equiv (x_t, x_{t-1}, \cdots, x_0)}$$

企業設立時から$${t}$$時点までに観察された資本簿価の履歴
$${\underline{b_t} \equiv (b_t, b_{t-1}, \cdots, b_0)}$$

企業設立時から$${t}$$時点までに観察された配当の履歴
$${\underline{d_t} \equiv (d_t, d_{t-1}, \cdots, d_0)}$$

企業設立時から$${t}$$時点までに観察された「その他の情報」の履歴
$${\underline{\nu_t} \equiv (\nu_t, \nu_{t-1}, \cdots, \nu_0)}$$

従って、経営者と株主が$${t}$$時点において入手している情報集合は$${(\underline{x_t},  \underline{b_t},  \underline{d_t},  \underline{\nu_t})}$$である。但し、企業設立時に株主は資本拠出を行うため、$${b_0=-d_0}$$となる。この値は外生的に与えられる($${b_0>0}$$)。すると$${t}$$時点においてこの外生値$${b_0}$$と$${\underline{x_t},  \underline{d_t}}$$の情報さえ入手していれば、クリーン・サープラス関係(CSR)を用いて$${\underline{b_t}}$$を求めることができる。従って、

$${(\underline{x_t},  \underline{b_t},  \underline{d_t},  \underline{\nu_t})⇔(\underline{x_t},  \underline{d_t},  \underline{\nu_t})}$$

という同値関係が成立している。また企業解散時($${t=T}$$)に精算配当が支払われるため、$${d_T=b_{T-1}+x_T}$$かつ$${b_T=0}$$とされる。更にOhlson[1999]モデルでは、上記の情報集合に依存して決まる3つの変数を定義している。

経営者の努力水準
経営者は、解散時を除く各時点において、入手している情報集合に基づき、経営につぎ込む努力水準を決定する。これを関数の形で表すと、
$${a_t= \mathbf{a}_t(\underline{x_t},  \underline{d_t},  \underline{\nu_t}),  t=0, \cdots, T-1}$$

ここで、関数$${ \mathbf{a}_t}$$の時系列は$${\mathbf{a}\equiv\{ \mathbf{a}_t \}_{t=0}^{T-1}}$$と定義される。以下ではこれを「経営方針」と呼ぶ。

企業が支払う配当
Ohlson[1999]モデルでは設立時と解散時を除く各時点において、企業がどの程度の配当を支払うかを株主が指定できるものと仮定されているが、株主ではなく経営者が指定すると仮定しても、分析に影響を与えないことが記されている。これを関数の形で表すと、
$${d_t=\mathbf{d}_t(\underline{x_t},  \underline{d_{t-1}},  \underline{\nu_t}),  t=0, \cdots, T-1}$$

ここで、関数$${\mathbf{d}_t}$$の時系列は$${\mathbf{d}≡\{\mathbf{d}_t \}_{t=0}^{T-1}}$$と定義される。以下ではこれを「配当政策」と呼ぶ。

経営方針と配当政策が特定されれば、LIDを用いて将来の情報集合を完全に予測することが可能となる。

  1. 企業設立時に情報集合$${(b_0=-d_0, \nu_0)}$$を入手

  2. 努力水準$${a_0= \mathbf{a}_0(\underline{d_0},  \underline{\nu_0})}$$を決定

  3. これらをLIDに代入し$${\tilde x_1,  \tilde \nu_1}$$を決定

  4. $${\tilde x_1,  \tilde \nu_1,  d_0}$$から配当$${\tilde d_1}$$を決定
    ⇒ここまでで、$${(\underline{x_1},  \underline{d_1},  \underline{\nu_1})⇔(\underline{x_1},  \underline{b_1},  \underline{d_1},  \underline{\nu_1})}$$が得られる。更に、

  5. 努力水準の式に代入し$${a_1}$$を決定

  6. これらをLIDに代入し$${\tilde x_2,  \tilde \nu_2}$$を決定
    $${\cdots}$$

と操作を繰り返し、将来の全時点の情報集合の確率分布を導ける。

株主が経営者に支払う報酬
モラルハザードが想定されているため、株主は経営者の努力水準を直接観察できない。従って株主は、企業設立時を除く各時点において、入手可能な情報に基づき経営者報酬の金額$${s_t}$$を決定するものとされる。これを関数の形で表すと、
$${s_t=\mathbf{s}_t(\underline{x_t},  \underline{d_{t}},  \underline{\nu_t}),  t=0, \cdots, T}$$

ここで、関数$${\mathbf{s}_t}$$の時系列は$${\mathbf{s}≡\{\mathbf{s}_t \}_{t=0}^{T}}$$と定義される。以下ではこれを「報酬制度」と呼ぶ。

以上のことから、経営者と株主が企業設立時、すなわち契約締結時に決めるべき事項は、経営方針$${\mathbf{a}}$$、配当政策$${\mathbf{d}}$$、報酬制度$${\mathbf{s}}$$の3つである。

経営者と株主は、それぞれ自らの期待効用を最大にするような政策を採ろうとするであろう。そこで、双方の効用関数を特定し、期待効用最大化問題を記述することが必要となる。

今、経営者報酬$${s_t}$$の時系列を$${\tilde s ≡(s_0,s_1,⋯,s_T )}$$と定義し、努力水準$${a_t}$$の時系列を$${\tilde a ≡(a_0,a_1,⋯,a_{T-1})}$$と定義すると、経営者の効用関数は$${V(\tilde s ,\tilde a)}$$と表現できる。つまり、受け取る報酬によって正の効用を得、注ぎ込む努力水準によって負の効用を被る。$${V}$$の関数型は明示されていないため、経営者のリスクに対する態度は不明だが、通常は次善的な状況を想定するため、リスク回避的と見て良いであろう。経営者は契約締結時において、期待効用を最大にするような経営方針$${\mathbf{a}}$$を選択しようとするだろう。従って、経営者の期待効用最大化問題は、次のように記述することができる。

経営者の期待効用最大化問題:$${\underset{\mathbf{a}}{\max}   E_0[V(\tilde s, \tilde a)|  \mathbf{a, s, d}]}$$

他方、配当$${d_t}$$の時系列を$${\tilde d ≡(d_0,d_1,⋯,d_T )}$$と定義すると、株主の効用関数は$${W(\tilde d, \tilde s)}$$と表現することができる。Ohlson[1999]では、株主のリスクに対する態度は中立的であるとされているため、効用関数は更に次に示す形で具体的に表現できる。

$${W(\tilde d, \tilde s)\equiv \displaystyle\sum\limits_{t=0}^T \dfrac{\tilde d_t-\tilde s_t}{(1+r)^t}}$$

すなわち、配当の現在価値から報酬の現在価値を控除した金額が株主の効用を決定する。株主は契約締結時において、期待効用を最大にするような配当政策$${\mathbf{d}}$$及び報酬制度$${\mathbf{s}}$$を選択しようとするだろう。しかし、$${\mathbf{d}}$$と$${\mathbf{s}}$$の選択は、同時に経営者が選択する経営方針をも規定してしまう。

なぜなら、$${\mathbf{d}_t}$$と$${\mathbf{s}_t}$$の独立変数には利益が含まれ、LIDより利益は努力水準$${a_t}$$に依存するが、$${a_t}$$は経営方針$${\mathbf{a}}$$によって決定するためである。

従って、株主が経営者と契約を成立させようと思えば、こうして規定される経営方針が、経営者の期待効用を最大にするような経営方針の集合に含まれていることが条件となる(誘引両立制約)。

更に株主は、経営者が契約を結ばない道を選んだ場合に得られる効用(留保効用)と比較し、契約を結んだ場合に得られる期待効用が下回らないことを、経営者に約束しなければならない(参加制約)。

以上より、株主の期待効用最大化問題には、次に示すように2つの制約条件が課される。

株主の効用最大化問題:$${\underset{\mathbf{a, s, d}}{\max}   E_0[W(\tilde d, \tilde s)|  \mathbf{a, s, d}]}$$
$${\text{s.t.}}$$
誘引両立制約:$${\mathbf{a} \in \underset{\mathbf{a}'}{\max}   E_0[V(\tilde s, \tilde a)|  \mathbf{a}'\mathbf{, s, d}]}$$
参加制約:$${E_0[V(\tilde s, \tilde a)|  \mathbf{a, s, d}]≥}$$留保効用

$${\mathbf{a}'}$$は経営者の期待効用を最大にするような経営方針の集合を表している。上の条件付最適化問題を、以下ではエージェンシー問題[P]と呼ぶ。エージェンシー問題[P]の解を求めるためには、一般には配当政策の複雑な役割を考慮せざるを得ないが、もし経営者の効用と株主の効用が配当政策に依存しないことを示すことができれば、エージェンシー問題[P]はかなり単純な形に修正されるのではないだろうか。

Ohlson[1995]モデルでは、企業の投資プロジェクトが正味現在価値をもたらさないことを暗黙に仮定していた。この仮定は、次期の利益及び2期間合計利益に配当が与える影響を示す式によって示唆された。Ohlson[1999]モデルではむしろ、これら2式を明示的な前提としている。すなわち任意の定数$${a_t}$$に対し、次の式の成立が仮定される。

$${\dfrac{\partial}{\partial d_t}E_t[\tilde x_{t+1}]=-\{(1+r)-1\}}$$:[前提4]

$${\dfrac{\partial}{\partial d_t}E_t[\tilde x_{t+2}+\tilde x_{t+1}+r\tilde d_{t+1}]=-\{(1+r)^2-1\}}$$:[前提5]

ここで、Ohlson[1995]モデルの閉じた形式での前提を用いればLIDの係数自由度は1になり、更にはOhlson[1995]モデルにおける残余利益ベースのLIDを導くことができる点を踏まえ、残余利益の定義式:$${x_t^a=x_t-rb_{t-1}}$$を所与とし、$${a_t}$$を一定として同様の論理を活用すれば、Ohlson[1999]モデルのLIDは次の形に置き換えることができる。

$${\tilde x_{t+1}^a=\omega x_t^a+\nu_t +f(a_t)+\varepsilon_{1,  t+1}}$$

$${\delta_1=\omega (1+r),  \delta_2=r(1-\omega),  \delta_3=-\omega r}$$

上記第一式の右辺に含まれる努力水準$${a_t}$$は配当の履歴に依存するため、この段階では配当政策と無関連に将来残余利益の時系列動向$${\tilde x^a≡\{\tilde x_t^a \}_{t=1}^T}$$を予測することはできない。しかし、CSRと残余利益の定義式を用いれば、

$${(\underline{x_t},\underline{d_t})⇔(\underline{x_t},\underline{b_t},\underline{d_t})⇔(\underline{x_t^a},\underline{d_t})}$$

という同値関係が成立している。この関係を用いれば、配当政策を次のように表現し直せる。

$${d_t=\mathbf{d_t}(\underline{x_t^a},  \underline{d_{t-1}},  \underline{\nu_t}),  t=0, \cdots, T-1}$$

上式の独立変数には前期配当が含まれているため、再帰的な代入を繰り返せば、最終的に$${\mathbf{d}_1}$$の独立変数は$${\tilde x_1^a}$$、$${\tilde \nu_1}$$及び外生値$${d_0}$$になるため、配当$${d_t}$$は残余利益の履歴と「その他の情報」の履歴にのみ依存する。

$${d_t=\mathbf{d_t}(\underline{x_t^a},  \underline{\nu_t},  \mathbf{d_{t-1}}(\underline{x_{t-1}^a},  \underline{\nu_{t-1}},  \underline{d_{t-2}}))}$$

$${=\mathbf{d_t}(\underline{x_t^a},  \underline{\nu_t},  \mathbf{d_{t-1}}(\underline{x_{t-1}^a},  \underline{\nu_{t-1}},  \mathbf{d_{t-2}}(\underline{x_{t-2}^a},  \underline{\nu_{t-2}},  \underline{d_{t-3}})))}$$

$${=\cdots\equiv\theta(\underline{x_t^a},  \underline{\nu_t})}$$

さらに、上式と同値関係を経営方針に代入すると、結局努力水準$${a_t}$$も残余利益の履歴と「その他の情報」の履歴にのみ依存する。

$${a_t= \mathbf{a}_t(\underline{x_t},  \underline{\nu_t},  \theta(\underline{x_t^a},  \underline{\nu_t}))\equiv \mathbf{e}_t(\underline{x_t^a},  \underline{\nu_t})}$$

以上のことから、LIDの第一式は次のように書き換えられる。

$${\tilde x_{t+1}=\omega x_t^a+\nu_t +f(\mathbf{e}_t(\underline{x_t^a},  \underline{\nu_t}))+\varepsilon_{1,  t+1}}$$

従って将来残余利益の時系列動向は、配当政策$${\mathbf{d}}$$と無関連に予測できる

経営方針と同様の置き換えは、報酬制度についても適用することができる。同値関係を逐次代入すると、報酬$${s_t}$$も残余利益の履歴と他の情報の履歴のみに依存することが分かる。

$${s_t= \mathbf{s}_t(\underline{x_t},  \underline{\nu_t},  \theta(\underline{x_t^a},  \underline{\nu_t}))\equiv \mathbf{c}_t(\underline{x_t^a},  \underline{\nu_t})}$$

こうして残余利益と「その他の情報」にのみ依存する経営方針$${\mathbf{e}}$$及び報酬制度$${\mathbf{c}}$$を新たに定義できることから、経営者の効用関数$${V(\tilde s, \tilde a)}$$は配当政策と無関連になる

一方、株主の効用関数$${V(\tilde d, \tilde s)}$$には、依然配当の現在価値が含まれている。これを次の代数操作により以下の通り変形する。

$${\displaystyle\sum\limits_{t=0}^{T}\dfrac{\tilde d_t}{(1+r)^t}=d_0+\displaystyle\sum\limits_{t=1}^{T-1}\dfrac{\tilde d_t}{(1+r)^t}+\dfrac{\tilde d_T}{(1+r)^T}}$$

$${=-b_0+\displaystyle\sum\limits_{t=1}^{T-1}\dfrac{\tilde x_t^a-\tilde b_t+(1+r)\tilde b_t}{(1+r)^t}+\dfrac{\tilde x_T^a+(1+r)\tilde b_{T-1}}{(1+r)^T}}$$

$${=-b_0+\displaystyle\sum\limits_{t=1}^{T}\dfrac{\tilde x_t^a}{(1+r)^t}+\displaystyle\sum\limits_{t=1}^{T}\dfrac{(1+r)\tilde b_{t-1}}{(1+r)^t}-\displaystyle\sum\limits_{t=1}^{T-1}\dfrac{\tilde b_{t}}{(1+r)^t}}$$

$${=\displaystyle\sum\limits_{t=1}^{T}\dfrac{\tilde x_t^a}{(1+r)^t}+\displaystyle\sum\limits_{t=1}^{T}\dfrac{\tilde b_{t-1}}{(1+r)^{t-1}}-b_0-\displaystyle\sum\limits_{t=1}^{T-1}\dfrac{\tilde b_{t}}{(1+r)^t}}$$

$${=\displaystyle\sum\limits_{t=1}^{T}\dfrac{\tilde x_t^a}{(1+r)^t}}$$

よって、株主の効用関数は$${W(\tilde x_t^a,s)}$$となり、配当政策と無関連になる

以上のことから、経営者と株主は、配当政策を全く考慮せずに期待効用を計算することができる。従ってエージェンシー問題[P]は、次に示す形に置き換えることが可能となる。

株主の効用最大化問題:$${\underset{\mathbf{a, s, d}}{\max}   E_0[W(\tilde x^a, \tilde s)|  \mathbf{e, c}]}$$
$${\text{s.t.}}$$
誘引両立制約:$${\mathbf{e} \in \underset{\mathbf{e}'}{\max}   E_0[V(\tilde s, \tilde a)|  \mathbf{e}'\mathbf{, c}]}$$
参加制約:$${E_0[V(\tilde s, \tilde a)|  \mathbf{e, c}]≥}$$留保効用

$${\mathbf{e}'}$$は経営者の期待効用を最大にするような、残余利益と「その他の情報」にのみ依存する経営方針の集合を表している。上の最適化問題をエージェンシー問題[P-1]とすると、[P-1]では配当政策はどのような局面においても排除されている。これを定理の形で表現すれば、次の通りである。

Ohlsonのインセンティブ無関連性定理
[前提1]から[前提5]という一連の制約下では、エージェンシー問題[P]はエージェンシー問題[P-1]と同値になり、配当政策は株主の効用にも経営者の効用にも影響を与えない。よって、経営者にインセンティブを与える報酬契約を設計する上で、配当政策は無関連である。

上の定理は、残余利益連動型の報酬制度を採用する実務に一定の論拠を与えるものである。残余利益は過去の配当政策の影響を受けない分、会計利益と比べて経営努力をより良く反映しており、業績評価のメルクマールとなる。残余利益を高める行動は、株主価値の向上に繋がるであろう。但し上記が成り立つのは、ゼロNPV活動という条件下においてである。

Ohlson[1999]モデルはこれまで議論してきた会計理論とファイナンス理論の融合としてのOhlson[1995]モデルの特徴を備え、更に組織の経済学的な示唆を与える非常に学際的なモデルである。その興味深い結果もさることながら、学問領域横断的に議論する構成の巧みさも大変示唆深いと感じる。


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