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親友に贈るベイベー、ダーリン

 小説「スロウハイツの神様」(辻村深月著、講談社)にこんな一節がある。

 狩野と正義の好きなものの傾向は、ど真ん中A評価のストライクゾーンが大きく違うだけで、その周辺、B評価についてはそう大差ないことがわかってきた

 現在は親友である狩野と正義が出会ったころ、互いがより一層仲良くなる存在であることに気づいた場面だ。私は初めて読んだとき、高校の同級生で親友でもある行天、美香、桃香たちとの関係にピタリとハマる言葉だと思った。思い出したのは、毎年末にやっている「今年の曲ベスト10」を発表しあうイベントだ。

 私たちが4人で仲良くし始めたのは高校を卒業してからだ。2010年から共通の友人を介してよく集まるようになった私たちは、2016年ごろから毎年、12月になると「今年の曲ベスト10」を発表しあっている。それぞれが作ったランキングを基に、その年に何があって、どういうことに悩んで、どうやって生きてきたかということを報告しあう。

 2020年のベスト10をちょっと紹介してみる。

 私の1位は「藤井風/何なんw」、
行天は「夢で逢えたら/鈴木雅之」、
美香は「いいんじゃない/PSG」、
桃香は「かつて天才だった俺たちへ/Creepy Nuts」。

 それぞれの曲を流すと、みんなが大体「あ〜聞いたことあるわ」と言う。その年に何回か聞いているものの自分のランキングには入れなかったよ、という空気になるのだ。これが、スロウハイツの神様で描かれた、「A評価は違うがB評価は近しい」という、言い換えれば「どハマりするところは違うけど、同じようなジャンルが好き」ということになるのだと思う。


 もちろん、A評価を共有できる友達がいても幸せだろう。ただ、私はこの「全然違うけど似ている」という感じがたまらなく好きだ。

 今年の曲ベスト10を発表する以外で、桃香が結婚式を挙げた時にもそれを感じた。


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 2019年春、桃香が結婚式をあげることになった。優しい年上のパートナーと結婚することとなった桃香は、私と行天、美香に友人代表のスピーチを頼んできた。私たちは快諾したが、ただスピーチをするだけでは面白くないという結論になった。


 そこで、お互いのキャラクターが存分に生きた贈り物をすることにした。
 まずスピーチを主に担当するのは美香。彼女は持ち前の明るさ、チャーミングさで、人の懐に入るのが上手だ。桃香との付き合いも長く、魅力的なエピソードを武器にスピーチをすることとなった。

 私はサプライズでZINE(ジン、薄い冊子)を作ることにした。大学生から雑誌の編集ソフトを触っていたし、新聞記者として培った文章力を使って、桃香への祝福の気持ちを表現することにした。

 行天は自分が働く花屋で作ったブーケをプレゼントすることに。ただ、相変わらずの破天荒な性格のため「俺、ブーケトスするわ」の一言を残し、中身は不明のまま結婚式当日を迎えた。

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 結婚式当日。

 海外赴任から一時帰国した美香が自分で作ったピンクのワンピースに身を包み、ヒールをカツカツ鳴らしながら待ち合わせ場所に現れた。私と美香が会場に入ると、私たちと同じ高校の同級生がたくさんいて華やかに着飾っている。行天は式が始まるギリギリに合流し、なんとか遅刻を免れた。

 神社での儀式が終わり、披露宴へ。私たち3人に用意された席は、高砂席の目の前。友人代表スピーチという重役を担っているんだなと、私は改めて少し緊張した。


 「私たちが一番うるさかった笑」みたいな目立ちたがり屋の自虐みたいなことは全く思わない。ただ、結婚式に一番魅せられていたのは私たちだと思う。


 新婦と新郎が入場する時に流した曲は「シャングリラ/電気グルーヴ」。この曲が流れた途端に私たち3人は揺れた。私は大好きな曲だったためすぐにピンときて踊った。そして、行天と美香も乗った。おそらく新郎側のチョイスだと思う。私たちは徐々に気分が乗ってきていた。

 「I WISH/W(モーニング娘。)」が流れた時、美香が「やばーい!!!!」と言って泣き出した。私は沸点の入り方がギャルだなと美香のことを少し笑ってしまったが、改めて美香と桃香の友情を思うと目頭が熱くなった。その曲が流れたのは、ウェディングドレスを着た桃香がお父さんと一緒に歩き入場する場面だったが、行天は「お父さんかっこいいな」と言って泣いていた。私はその行天を見て、もう一度目頭が熱くなるのであった。

 私たちのスピーチの番だ。美香が可愛い声で「この度は・・・」と定型文の挨拶を始めた時、会場の人々がゆっくりと笑顔を浮かべた。高校3年生、美香が文化祭でファッションショーの責任者をつとめ、そのモデルとして桃香が服を着たエピソードを話すと会場には温かい空気が流れ、春の陽光がいっそう温かみを増した。

 そして私の番。サプライズのZINEを手に、その中身を一生懸命に説明した。
 ZINEは桃香の家族と協力しながら作った。桃香と家族、そして私たちとの思い出の写真と一緒に、その時々に流れていた音楽の歌詞を載せた。最後には家族や私たちからの手紙を載せ、開いてすぐのページには私からの短いコラムを掲載した。
 コラムは「ドリンクバーはメロンソーダ」で始まり、「これからもずっと変わらないゥチ等でいよう。メロンソーダから炭酸水を選ぶようになっても、ずっと、ずっとだ」と締めくくった。私と桃香が就職活動で悩み、ファミレスのドリンクバーだけを注文して2時間も3時間も話し込んだ時のことを書いた。

 行天の番。「ブーケトスしま〜す」の一言を発すると、桃香に向けて花束を放り投げた。会場からはどよめきが起こり、桃香がキャッチすると拍手が起こった。改めて、なんだったんだろうか、あれは。行天は思いっきり笑っていた。スピーチをおえ、僕らは会場からもう一度拍手をもらった。「今見たら泣いちゃうから、ZINEは後で見るね」。桃香はZINEと花を手に、僕らに満面の笑みを浮かべた。

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 結婚式を振り返っても、「今年の曲ベスト10」を振り返っても、やっぱり私たちはバラバラだなと思う。好きなことやもの、曲を好きなように咀嚼して、好きな形でそれぞれの愛を表現する。そしてB評価が似ているのは、それぞれが表現する愛の影響を受け、自分が最初から好きだったものの周辺が同じような形になってきているのだろう。


 お互いがやりたいことをやりたいペースで続けているから、4人でご飯に行くのは1年に1回あればいい方だ。好きなこともそれぞれ少しずつ違うから、4人で一緒に何かをするってこともあまりない。でも、集まった時には必ず盛り上がるし、喧嘩みたいになることもあるし、辛さを共有して苦しくなることもある。

 ”A評価”が違うからこそ互いの知らない部分に興味も湧くし、違う人間だと思っているから寄り添うこともできるのかなとも思う。これからもバラバラのまま、仲良くし続けるんだと思う。


 桃香の結婚式が終わった直後の2019年5月、私は大阪へ転勤した。慣れない土地、変わった職場環境に緊張の毎日だったが、ラジオからaikoの声が流れてきた。その歌詞を聞いて、私はハッとした。ぜひ、みなさんも歌詞をみながら聞いてみてほしい。

 同じ高校だったのに卒業してから仲良くなっても、話してみてA評価が共有できなくても、仲良くなってからもバラバラでも。aikoがメロンソーダの中で歌う「ベイベー、ダーリン」は私たちの中で鳴り続けるだろう。


aiko/メロンソーダ

<環プロフィール> Twitterアカウント:@slowheights_oli
▽東京生まれ東京育ち。都立高校、私大を経て新聞社に入社。その後シェアハウスの運営会社に転職。
▽9月生まれの乙女座。しいたけ占いはチェック済。
▽身長170㌢、体重60㌔という標準オブ標準の体型。小学校で野球、中学高校大学でバレーボール。友人らに試合を見に来てもらうことが苦手だった。「獲物を捕らえるみたいな顔しているし、一人だけ動きが機敏すぎて本当に怖い」(友人談)という自覚があったから。
▽太は、私が死ぬほど尖って友達ができなかった大学時代に初めて心の底から仲良くなれた友達。一緒に人の気持ちを揺さぶる活動がしたいと思っている。
▽将来の夢はシェアハウスの管理人。好きな作家は辻村深月

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