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恋愛小説、書けません。/Lesson1:「恋愛って何だ!?」

プロフィール不詳。
著者近影すらも後姿の「謎の作家」として世に登場した作家。
とうとう栄誉ある青木賞を受賞するも、大手出版社の編集長に「次回作は是非恋愛小説が読みたい」と持ち掛けられる。
しかし、その作家には決定的な致命傷があった。
恋愛って何だ!?
そう、彼は誰とも付き合ったこともなければ、初恋もまだ。
資料は女性雑誌か!? 恋愛小説なのか!? はたまた心理学?
菅原耀介すがわらようすけ29歳、ペンネーム伊田滝登いただきのぼる、人生最大のピンチ!
幼馴染の篠塚絢乃しのづかあやのを巻き込み、大騒ぎ!
「俺は恋愛小説、書けません!」

絢乃あやのー!!」
 男は実家、ではなく隣の『篠塚しのづか』と表札が掲げられている家に駆け込むなり、女性の名を叫ぶ。
「な、何!? 耀介ようすけ!?」
 絢乃、と呼ばれた女性が、半ば怒りながら玄関先の男――耀介に近付く。相当走ったのだろうか、耀介のセットされていたであろう髪の毛は見るも無惨な乱れぶりだった。
「悪い、日曜日しかお前を捕まえられないと思って慌てて……」
 耀介が玄関先で言うか言わないかを迷い、キッと絢乃を見つめて覚悟を決める。
「頼みがある!」
「いきなり過ぎて分からないわよ! あ、そう言えば青木賞受賞おめで」
「俺に、恋愛を教えてくれ!」
 絢乃のお祝いの言葉を遮ってまで、耀介は大きく叫び土下座をする。綺麗に着こなしていたスーツもぐしゃぐしゃにしそうな勢いだ。
「はあ!? 何言ってんの!?」
「お願いだ! お前にしか頼めないんだ!」
「人んちの玄関先で土下座なんてやめてくれない!?」
「頼むっ!」
「突然意味わかんないんだけど! どういうことなの?」
「あら、よーすけちゃん! 久し振りじゃない!」
 この二人のやり取りを聞いて家の奥から現れたのは、絢乃の母親、茅乃かやのだった。小さい時から菅原家の子供達の面倒を見てくれていた穏やかな女性だ。
「あ、おばさん……ご無沙汰しています……」
 土下座姿を見られた耀介は、引きつり笑いで誤魔化す。絢乃に至っては意味不明な耀介の行動に苛立ちを隠せず、茅乃にヘルプを願う。
「もう、お母さん、耀介を何とかして!」
「分かったわよ。お茶用意しておくから、アンタの部屋によーすけちゃんを上げてあげなさいよ」
「私の部屋ー!?」
 お母さん、全然分かってない! と絢乃が叫んだのは言うまでもない。

「で、一体何でそうなるの?」
 ハーブティーにはリラックス効果が……という茅乃の薀蓄を聞いても、ちっともリラックスしないどころか苛々しながら口をつけるのは絢乃。耀介は俯きながら小声で話す。
「実は、次回作が……恋愛小説に決まってしまったんだ」
「ぶっ」
 絢乃が思わず吹く。
「笑うなよ」
「そういうことね……恋愛と無縁な30年を過ごしているからよ」
「まだ29年だ!」
 自分で言っておいて、実際は30年も29年もさほど変わりはしないよな、と耀介は落胆した。その落胆に付け込んで、絢乃は先ほどのお返しとばかりに『言葉のナイフ』を耀介に何本も刺す。
「中学高校は男子校、大学も国立の文学部で毎日読書か原稿との睨めっこ。そのまま新人賞でデビューした後は引き篭もりだもんね、恋愛する暇なんてなかったでしょ?」
「うるさい」
「一番の苦手分野を突き付けられたってことね、初恋もまだの男に対して!」
「うっ……サラリと痛い所を突くな、お前は」

 絢乃が指摘した通りだ。耀介は幼少時から読書の好きな子供で、皆が外で遊んでいる時も本を読んでいた。小学校の時は絢乃と同じく地元の小学校へ、そして勉強が出来たのと、父親の意向で有名私立中学を受験し合格。そのまま付属高校へ上がり、現役で国立大の文学部に入学した。
 決して見た目が悪いから女性との縁がなかった、という訳ではない。身長も高く、顔立ちも整っている。スポーツもそれなりに出来る。でも、恋愛に興味がなかった。絢乃は知っているのだが、耀介に告白をした女子は全員「あの人何考えているのか分からない!」と口を揃えて言っていた。耀介にとって告白が何であるかも分かっていないのだろう。
 耀介の頭の中は常に本のことしかなかった。ただそれだけだ。もし本を擬人化出来るのならば「初恋の人は『動物図鑑』さんです」だろうか。
 漠然と小説家になりたい、と思い出したのは恐らく中学生ぐらいの頃だ。そして大学二年の時に「小説流星」という新人賞の登竜門に挑み、大賞を受賞した。
 それから九年、今回の青木賞受賞に至るまで、コンスタントに作品を世に送り出しては大ベストセラーを連発してきた。今回の受賞作に至っては異例の300万部の売り上げを突破している。

「でもねえ、耀介が恋愛するとしたら、マッチングアプリとかはハードル高そう。婚活パーティーの方がボロでなさそうね」
「婚活って……あれか? 最近流行ってる、結婚をするための活動とやらか?」
「そうそう、意外と多いのよー。ほら」
 絢乃がカーペットに置きっ放しにしていた情報誌を手に取り、巻末ページ辺りを捲って耀介に見せる。
「これ、ぜーんぶ婚活パーティの広告だよ」
「婚活パーティー?」
「昔でいうところの、お見合い」
 これのどこがお見合いの広告なんだ? まずこのメイクの濃さは恐ろしいだろうとイメージガールらしき女性に対して嫌悪の感情。そして余りにも細かく小さな文字。お見合いという格式高いものとは全く別物だ! そもそもお見合いと言うものは仲人がいて、スーツ姿の男性と、振袖姿の女性が和室で向かい合って……というイメージしか湧いてこない耀介を見透かして、絢乃が説明を続ける。
「出逢いのない男女が集まる場所のことよ。大規模な合コンみたいなもの。ま、出逢いがある女でも、いい男をゲットする為に頑張っちゃうような世界だけどね」
「そういうものなのか……お前もそうか?」
「やめてくれる? 私、そこまで男性に不自由していませんから!」
 絢乃の眉間にシワが寄る。
「それもそうか……」
 絢乃から雑誌を受け取ると、真剣に耀介は文字を追い掛ける。そして一言。
「何で男の方が会費が高いんだ?」
「ああ、もう世間知らず! 収入が第一なの、婚活パーティでは! このくらいは男性が払ってナンボの世界なの! お金ケチる男性は用なし! それに男性が会費低いと本気じゃない人も参加するかもしれないから! でも女性がステータスを求めてる場合は女性の方が会費高いの! お医者様限定とか書いてあるでしょ!? 年収一千万円以上とか!」
 マシンガンのように捲くし立てる絢乃に対して、マイペースな耀介。
「そうなのか……ああ、ちょっと待て。メモする」
 女性は男性に収入を求めている、と耀介が常に携帯しているメモ帳にさらさらと書く。所謂「ネタ帳」で、随分と使い込まれている印象を受ける。
「そこからなのね……手に負えない」
 絢乃は頭を抱えた。これで本当に恋愛なんて出来るの? と不安そうに目の前の耀介を見つめる。そして耀介はと言うと、真剣に情報誌を眺めていて、あるページを開いて一言。

「これは何だ? デートホテル特集って」
「バッカじゃないの!?」

 絢乃は赤面して雑誌を丸め、耀介の頭をぶん殴った。


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