恋愛小説、書けません。/Lesson26:「初恋はそこに」
絢乃が笑うと、俺の心は満たされる。
絢乃が怒ると、正直辛い。
どうしてそう思うのだろうか。耀介は悩んでいた。
帰り際の抱擁は、一体何だったのだろうか。
耀介も絢乃も、子供ではない。大人だ。
しかし絢乃の抱擁は、まるで幼き頃に守ってくれていた絢乃の優しさ、そのもののように耀介は感じていた。
とりあえずは安静に。絢乃の忠告を守って耀介はベッドに潜り込む。
――夢を見た。幼い頃の夢だ。
『ぼく、お母さんがいないからお母さんがほしいな』
『じゃあ、わたしのお母さんのこどもになればいいよ!』
『だめだよ、あやののお母さんは、あやのとあさののお母さんだもん』
『それなら、わたしとよーすけがけっこんしたらいいんだよ』
『あやのとけっこん?』
『そう、けっこん。そうしたら、わたしのお母さんはよーすけのお母さんになるんだよ!』
『じゃあ、ぼくあやのとけっこんする!』
『おねえちゃんじゃなくて?』
『うん、あやのがいい。あやのがすきだもん』
――そこで耀介の目が開く。勢い良く起き上がり辺りを見回せば、見慣れた家具にライトグリーンのカーテン。
「夢?」
そう呟いたが、確かにあった「思い出」だった。夢じゃない。あの頃は母親への思慕がそう言わせていたのかも知れないが、そうじゃない。母親だけへの思慕ならば麻乃でも良い訳だ。でも耀介は「絢乃がいい」と言った。そして「絢乃が好き」だと……。
俺は、じゃあずっと昔から……?
耀介は気付いてしまった。まるで今まで誰かに目隠しをされていたような、そんな気分にもなった。
合点のいく事は多かった。絢乃にいつも頼る癖、は昔からだとして、麻乃ではなく何故か絢乃に対して依存している部分。絢乃の恋愛話を聞いて胸が痛んだこと。絢乃の初恋の相手に対して殴ってやりたい衝動に駆られたこと……。
「俺の初恋は……絢乃だったのか……」
急に視界がクリアになる。
どんなことがあっても、絢乃は俺を裏切らない。口悪でも、必ず耀介を支えてくれる。風邪をひいて「帰る」と言った時、引き留めた理由も……。勿論女性一人、夜道を歩かせたくない気持ちもあったが、それだけではないことをようやく理解した。
「しかも、まだ絢乃を想っているんだな、俺は……」
すぐそこに初恋はあった。ただ、耀介が歩く時は前方ばかり気にしていて、道端に可憐に咲く一輪の小さな花に気付けていなかったのだろう。
じゃあ絢乃は? 絢乃は誰を想っている?
そのことを考えると、胸が痛む。耀介はあくまでも絢乃にとって「手間の掛かる幼馴染」だろう。
十数年も想い続けている初恋の相手は、耀介にとって「最大で最強の相手」だろう。あのじゃじゃ馬、否、お転婆娘の心を捉えて離さない男。
「恋愛経験が皆無だと、戦い方すら分からないな」
身体は随分と軽くなっていた。試しに体温計で測ると37度。もうそろそろか。絢乃のお陰だと思いながら、耀介はニットカーディガンを羽織り仕事部屋へ向かう。そして絢乃から受け取った「資料」を手に取り、ある記事を探す。
『女の子の本音! どこで告白されたい? 編』
この資料には、耀介に足りないものが沢山あった。まさかこんな事で役に立つとは、と耀介が苦笑いしながら椅子に腰掛けて読み進める。
『ストレートに「好き」って言ってもらいたいです』
『夜景の綺麗な場所で告白されたい!』
『なんとなくは嫌なので、けじめをちゃんとつけて欲しい』
普段小説へと取り組む姿勢以上に、耀介は真剣に資料を読み漁っていた。
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