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恋愛小説、書けません。/Lesson27:「大切なものはそばに」

 絢乃のお泊り看病から3日後のこと。絢乃から電話が掛かって来た。

『具合、落ち着いた?』
「ああ。お陰様で。絢乃様に感謝している」
『絢乃で結構。それで用件は?』
「お前の……これは何だ、小さい白いボトルが洗面台に置きっぱなしだったんだ」
『あ、それクレンジングクリーム!』
「電話で大声を出すな……」
『ごめんごめん、じゃあ会社帰りにそっち寄るから』
「ああ、待っている」

 たまには絢乃を持てなすのもいいだろう。若干咳はしているが熱は下がり、いつものように動けるようにもなったので、耀介は事前にスーパーで買って来ていた食材を片手に淡々と料理していく。

「こんばんはー」
「おお、待っていたぞ」
「何、いい匂いがする!」
「俺が作った料理。お前、まだ飯食ってないだろう?」
「うん! 食べる食べる!」
 耀介が手際良く家庭で作れるイタリアンを振舞う。と言っても簡単に出来るゴルゴンゾーラのペンネにトマトマリネなど、ごくシンプルなメニューだ。
「おいしー! 私ペンネ大好きなのよね」
「そりゃあ良かった」
「伊達に独身貴族やってないわね!」
「それは褒めているのか、けなしているのかどちらだ?」
「両方」
 相変わらずな「愛おしい幼馴染」の減らず口に、ただただ耀介は苦笑いを浮かべる。
 食事が終わる頃に、覚悟を決めた。

「あの、だな……」
 耀介は、正直に自分の気持ちを伝えようと言葉を選ぶ。ここで何も伝わらなければ男じゃない。親父が母さんに懸命に気持ちを伝えたからこそ、俺はここにいるんだと言い聞かせる。
「ん?」
「絢乃がどう思っているのかは分からないのだが、俺の中で大切な幼馴染であって、それでいて大切なものはそばに置いておきたいという願望が俺にはあってだな……それで」
「ストップ。全然意味が分からない。何が言いたいの?」
「だから……必要不可欠であって、それは人間が呼吸する上で必要な酸素のような……それぐらい必要で。これから先何が起こるかは分からないが、いや何か起こられても困るのだが……もし起こったとしても守らねばならないもので……」
「ん? 全く分からない。それ地球の話? SDGs?」
 絢乃は耀介の言葉を一生懸命頭の中で解読しようとするのだが、さっぱり分からない。いぶかしげに隣に座る幼馴染を見つめる。必要不可欠? 酸素? 大切なものはそばに? 守らねばならないもの?

「俺が本を好きで、捨てられないように……絢乃も本と同じような……」
「は?」
「本と同じ位にだな、いや違う。本以上に、絢乃が大切で必要で……」
 そこで絢乃はようやく耀介が何を伝えたいのかが分かったらしく、顔色を変えた。
「……俺の気持ちは……昔から決まっていたんだ。絢乃がいてくれるから、俺がいるのだと」

 ――決定打だった。絢乃は声を震わせながら、途切れ途切れ説教をする。

「あのさ……長くて、くどい。もうちょっと端的に言ってくれた方が嬉しいんだけど」
 この状況でも説教をするのかお前は、と耀介は呆れるが、そんな目の前の幼馴染を大切に想うからこそ、次の言葉を続けた。
「絢乃を守りたい……お前が俺を昔から守ってくれたように」
「何それ、全然……意味が分からない……」
「初恋、だ。しかもこの年齢までずっとな……」

 耀介のその言葉を聞いた瞬間、絢乃は耀介の胸に飛び込み顔を埋め泣き始めた。耀介は一瞬戸惑ったが、恐る恐る絢乃の背中に手を伸ばし、壊れ物を扱うように優しく抱き締めた。この間の抱擁と同じく、優しいトワレの香りが耀介を包む。
「今までも、これからも、大切にしたいんだ」
「……そんなの、私も同じに決まってるでしょ……バカ……」
 上手く言葉には出来なくても、絢乃の涙が、体温が、耀介の気持ちは伝わったと表している。でも、一つの不安があるので耀介は尋ねる。絢乃自身の心について。
「お前はいいのだろうか。初恋の相手は……」
 ここで絢乃が耀介の胸から顔を離す。絢乃の涙がぴたりと止まっている。不思議そうに耀介が絢乃の顔を見つめると、お決まりの怒号が飛ぶ。
「バッカじゃないの!?」
「え?」
「何で私が泣いてたか分かってない!」
「それは、う、嬉しいから……?」
「半分当たってる! でも、もう半分が足りていない!」
「何でそんなに怒るんだ」
「鈍感男! 私の初恋は、耀介、アンタだったからよ!!」

 耀介は一瞬耳を疑った。
 え、俺なのか。じゃあ殴りたい衝動に駆られたが、俺は俺を自分で殴らなければならないのだろうか、などと馬鹿なことを瞬間的に考えていると、今度は感情のメーターの針がどうやら完全に振り切れてしまっている絢乃のマシンガンのような説教。容赦なく耀介を責め続ける。
「しかもさっきの長ったらしいの、何アレ? 告白なわけ? 告白なのか何なのか分からないのが苛々する!! それなら付き合った高校時代の先輩の方がもっとストレートで分かり易い告白だったわよ! 十代の告白にすら及ばないって何それ!?」
「ちょ、ちょっと落ち着け絢乃」
「落ち着いていられる訳ないでしょう!? ずっとずっと私は耀介を……」
「本当にうるさいぞ」
 耀介が静かに呟くと、無理矢理絢乃の腕を引っ張り、抱き締める。
「落ち着いて聞け。お前の気持ちに気付けなかった事は謝る。申し訳なかった」
「あ、謝らないでよ……私が勝手に想ってただけなんだもん……」
「お願いだから、もう苦しまないでくれ。俺は絢乃が苦しむ顔を見たくない。だから俺はそばにいる」
 絢乃は耀介の胸でずっと泣いていた。

 ――初恋は実らないって本当かもね。
 絢乃を抱き締めながら、耀介は山崎の言葉を思い出す。初恋は、もしかすると実っているように見えて、本当は熟していない小さな実なのかもしれない。それは耀介も絢乃、お互いにだ。
 幼い頃、絢乃が俺を守ってくれたように、今度は俺が絢乃を守りたい。
 小さな小さな実かもしれないが、二人で育てて行く。ようやく気付けた「大切なもの」なのだから。
 耀介の誓いはとても強いものだった。


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