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恋愛小説、書けません。/Lesson30:「大安吉日」【終】

「おめでとう!」
「おめでとー菅原!」
「お幸せにね!!」

 沢山の人々の祝福の言葉を受ける一組のカップルが、色取り取りのフラワーシャワーを浴びる。幸せそうに微笑む新郎新婦は、今日この場にいる誰よりも輝いていた。
 ――菅原、と言っても耀介ではなく、今日は侑介と絵里奈の結婚式だった。
 晴れ渡った空には雲一つなく、そして春の陽気。チャペルに咲いている色取り取りの花々。この世の全てが二人を祝福しているように耀介は思えた。
 父・駿介は母の写真を胸に抱いていた。耀介と侑介と父親の三人で選んだフォトフレームには、母が好きだったというチューリップの花飾りが施されている。そして父親が「俺が一番好きな写真だ」と言う母の写真を収めた。父親の台詞を想像してみると「律子はここにいるぞ、ユウと絵里奈さんを祝福しているぞ」だろうか。
 この日の為に、篠塚家も全員お祝いに駆け付けた。嫁いで関西にいる麻乃までいる。
「侑介お兄ちゃん素敵! 絵里奈さんも綺麗!」
 耀介の隣で嬉しそうに話すのは、絢乃。その絢乃の表情に、耀介自身も笑顔になる。
「憧れるか? やはり」
「まあね。イイ歳ですからー」
「貰ってくれる相手がいるといいな」
 耀介がわざと意地悪を言って絢乃を見つめる、とそこで足の甲に衝撃が走った。
 耀介は声にならない声を上げる。
「お前……ヒールは反則だ……」
「心にも無いことを言うんじゃないの。アンタじゃないと嫌だって言ってるでしょ?」
「はいはい、仲良しなお二人さん。そこまでにしようねー。今日はユウの晴れ姿を見に来たんだから」
「麻乃、妹を何とかしろ。ヒールで踏まれた側の気持ちを考えろ」
「そりゃ痛いわ。はい、絢乃。ヨウに謝りましょう!」
「ごめんなさーい」
「反省の色が見えない謝罪だな」

 司婚者がマイクで「それでは新婦のブーケトスです!」と呼びかける。
「行って来いよ」
 耀介が促しても、何故か頑なに動こうとしない絢乃。
「何だかみじめに思うのは私だけ? 私、お姉ちゃんの時もブーケ取れなかったのに……」
「未婚女性オンリーなんだから恥ずかしがらずに! ほらちっちゃい子も混じってるし!」
「どんなフォローよ、それ!?」
「お前がキャッチしたら、プロポーズを考えてもいいぞ」
 耀介が真顔で言うと、見る見る内に絢乃の顔が真っ赤になっていく。
「ば、バカッ! そんな簡単に言うことじゃないでしょう!?」
「ほら早く! ヨウが逃げちゃうわよー」
 耀介と麻乃は面白がって絢乃をブーケを待ち構える未婚女性集団へ送り出す。絢乃は拗ねた顔でその集団の中に混ざっていく。

「ありがとうね、ヨウ」
「何がだ?」
「絢乃のことよ」
「何で麻乃にお礼を述べられるのかが分からない」
「絢乃がどうしても欲しかったものは、私やお父さん、お母さんじゃあげられなかったから」
「ん?」
「ヨウじゃないと駄目だったのよ、あの子はね。ずーっと昔から」
 そう言って、淡いピンクのパーティドレスを身に纏う妹に視線を送る姉。
 俺じゃないと駄目だ――麻乃と絢乃の言葉が頭の中でリンクする。
 ふと気になったので、耀介は麻乃に尋ねる。
「因みに麻乃の初恋は誰だったのだ?」
「あの人です」
 指差した先に居たのは、侑介。その事実に耀介が本気で驚く。
「え……本当なのか?」
「しかも告白しちゃってますから」
「兄貴、全然教えてくれなかったな」
「でも、それもいい思い出よ。今凄く幸せな気持ちだもの。ユウが幸せになってくれることも、ヨウが幸せになってくれることも、私の願いだったから」
 麻乃がそう言い終えた時、ブーケが青い空へ高く高く、羽ばたくように飛んだ。
 これが素敵な物語なら、絢乃がキャッチして終わりそうなのだが……。

「あら」
「そうなるか」
 耀介と麻乃が同時に呟く。
 ブーケをキャッチしたのは、今日の青空に揃えたかのような色のドレスを着た幼い女の子。その光景にその場にいた人間が全員笑う。
「ブーケをキャッチしたのは、このお嬢ちゃんでした! おなまえは?」
「たちばな、ことのです」
 麻乃の子供、琴乃だった。今は幼稚園に通っている。菅原兄弟も可愛がっている愛らしい子供だ。
「おいくつですか?」
「5さいです……あの」
「ん? 何かな?」
「これ、あげたいひとがいるの」

「琴乃……!?」
「まさか!」
 麻乃も耀介も一瞬「この先」を想像して、そしてその想像は「現実」となる。
 琴乃は絢乃の方に笑顔で歩いていき、「あやのおねーちゃん、はい」と絢乃にブーケを渡す。
「え、ええ!?」
「しあわせになってね」
 琴乃の笑顔に、絢乃は負ける。姪っ子がこうやって自分に捧げてくれることは嬉しいのだが、何よりも恥ずかしい。しかし、この愛らしい天使には適わない。絢乃は琴乃と視線を合わせる為に、その場にしゃがみ込む。
「琴乃は優しいね」
「ママに『ひとにはやさしくね』って言われてるから」
「そっか、ありがとう」
 絢乃が琴乃の小さな手からブーケを受け取る。参列者からは大きな拍手。琴乃ははにかみ、絢乃は笑顔。

 耀介は思う。
 ――母さん、俺を生んでくれて有難う。兄貴も幸せになった。そして俺も。今こんな風に笑っていられるのは、母さんがいてくれたから。だから俺は、幸せにしたいと思う人たちの為に、母さんの笑顔が曇らないように生きていくよ――

 空を見上げる。太陽が眩しい。
 すると耀介の中で最も眩しい、愛する人の声が大きく響く。

「耀介ー、キャッチ!」

 何故かそこで絢乃が耀介に向かってブーケを投げた。そして耀介の手に吸い込まれるように収まるブーケ。その光景を、麻乃や参列者たちがデジカメやスマートフォンへ即座に記録する。耀介は正直どういう顔をしていいのか分からなかった。参列者達も苦笑いだ。

「次はヨウかな?」
「どういう意味だ」
「結婚よ」
「さあな……」
「さっきはあんなこと言ったくせに?」
「現時点で俺がキャッチしているからな。絢乃から言うのではないのか?」
 隣にいる麻乃は、その言葉で大笑いする。
 耀介は黙って、真っ直ぐに絢乃の笑顔を見つめていた。

 今日は大安吉日――。

<了>


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