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恋愛小説、書けません。/Lesson24:「柔らかな手」

『大丈夫、そばにいるから』
『私はここにいるから、耀介の隣に』
『怖くない、怖くない』
『一人じゃないわよ』
『汗が凄いわね。拭いてあげるから』
『明日になったら、元気になるからね』

 声すらも知らない母のような言葉が聞こえたような気がした。
 それは幻聴だったのか、現実だったのか。

 ――気が付けば、既に外は明るかった。

「ん……」

 ライトグリーンの遮光カーテンの隙間から入る陽射しで、耀介が目を覚ます。
 身体の熱は多少引いたかのように感じるが、気だるさなどは残っている。やはりまだ回復までには時間が必要だ、と耀介は重力に負けそうになりながらも仰向けから右向きに寝返りを打つ。するとふんわりと優しい香りが耀介の鼻を掠めた。

「絢乃……?」

 そこにはジャージ姿ですっぴん、そして耀介の手を握る絢乃がベッドに寄りかかるようにして眠っていた。一晩中看病していたのだろうか、サイドボードには洗面桶に入った水とタオルが数枚。そこでようやく耀介の額にタオルが乗っていた事に気付く。タオルは耀介が向いている逆側に落ちていて、シーツに水分が広がっていた。
 絢乃の化粧をしていない顔は見慣れている。家に居る時は「お肌にも休養日を与えないと駄目!」と化粧をしない主義だと常々聞かされていたからだ。その心掛けのお陰なのか、元々なのか。良く見ると、肌は透き通るような白さだ。睫毛まつげも長い。化粧をしている幼馴染は男性を惹き付ける魅力がある。しかし今目の前に居るそのままの幼馴染でも十分「綺麗」だと耀介は感じた。
 そして、自分の手の中にある絢乃の手は、とても柔らかく温かかった。耀介の手よりも小さく白い手。耀介は暫くその手を見つめ、やんわりと握り締める。
 幼い頃は良く手を繋いだ。年を重ねるにつれて自然に離れていく、その手。当たり前のことだが、今日初めて淋しいものだと耀介は実感した。絢乃の白くて小さな手は本当に尊いものに思えた。

「……俺の所へ戻って来てくれたのか?」

 自分でも何故そう思ったのか分からないことを呟いてしまった。絢乃の温もりは不思議と耀介の気だるさを緩和させるようで、このままずっと絢乃の手が自分の掌にあったらいいのに、とも思った。手放したくないという気持ちが、自然とその「離したくない」手を握る力をも強くさせる。

「う……ん」

 まずい、強く握り過ぎて起こしてしまったか? と耀介が慌てて握り締めていた手をそっと絢乃の手から抜いた。そして絢乃の寝顔を見つめる。
 絢乃と麻乃は、どんなことがあっても耀介の味方だった。侑介はやんちゃな少年だったので、近所の悪ガキ軍団からは目を付けられなかったが、耀介は侑介と正反対の「いじめられっ子」だった。
『よーすけをいじめんな!』
 そう言ってスカートなのにもかかわらず耀介をいじめていた悪ガキを蹴り上げていたのは絢乃だった。麻乃は泣いている耀介を慰める役割。
『あやのー』
『よーすけ泣くな! 泣くからアイツらよーすけをいじめるんだよ!』
『でも、いじめられるのが、いやなんだもん』
 しゃっくり上げながら泣く耀介に対し、絢乃は大真面目な顔で答えた。
『じゃあ、そういうときはわたしをよべばいいじゃん』
『あやのをよぶの?』
『うん。よーすけがよんだら、あいつら全員こらしめる!』
 そうやって耀介を守ってくれた「お転婆娘」は、大人になると耀介よりも遥かに小さい「女性」として、耀介の目の前にいる。
 愛おしいと感じるのは、幼き頃の思い出があるからなのか。守ってくれた分、守りたいと思うのは、幼馴染だからなのか。

 静かに寝息を立てる無防備な絢乃の頬にそっと触れる。
 柔らかい。それだけで何故か耀介の心は満たされて行った。そしてもう一度だけ、と絢乃の手を握る。
 心が落ち着く、安心する――それだけでは形容し難い「何か」。耀介は温かく柔らかな手を握り、また目をつむった。


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