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恋愛小説、書けません。/Lesson17:「兄貴の彼女」

 菅原家御用達の落ち着いた会員制の割烹料理店。
 待ち合わせ通りの時間に行くと、兄侑介ゆうすけも同じタイミングで到着したところだった。
「よ」
「よ」
 挨拶のタイミングも同じだった。

 菅原兄弟は落ち着いた店内で二人向き合う形で座り、侑介はウィスキーのロック、耀介はジントニックを飲んでいた。最初はお互いの仕事の話で盛り上がっていたのだが、兄の「話がある」が気になっていたので
「それで話って何なのだ?」
 耀介が切り出すと、侑介は腕時計を見て「もうすぐ分かる」と一言呟き、ウィスキーを舐めた。
「変な感じだな。兄貴らしくないぞ」
「そりゃ、まあな」
 その会話の途中で、突然聞こえる女性の声。
「ごめんなさい、お待たせしちゃって」
 耀介が見上げると、そこにはセミロングの髪の毛をふんわりとカールさせた綺麗な女性。その女性を見上げて侑介が話し始める。
「いや、お前は残業?」
「残業も残業よ。今度社長に言っておいてよ、もう残業はナシにしてくれって」
「あはは、気が強いな。まあ座れよ」
 何だこの展開は。兄は至って普通。そして女性も兄の言葉に促されて兄の隣に座っている。耀介が眉間に皺を寄せ考えていると
「紹介する。渡瀬絵里奈わたせえりなさん。俺と同じ会社、要は親父の会社の総務で働いている。因みに俺の二つ年下の同期だ」
「ちょっと年齢をばらさないでくれる? 渡瀬です。初めまして」
 侑介から紹介された渡瀬という女性は、何処か写真で見た母と面影が重なる美人だった。
「それでこっちがボンクラな弟の耀介」
「どんな紹介だ! あ、失礼しました。弟の耀介です」
「お噂はかねがね聞いております」
「それで、話な。絵里奈は俺の彼女で、もうすぐ結婚する」
「……え」
「つまりお前の『義理の姉さん』になるんだ」

 耀介は侑介の言葉が理解できず、唖然とするだけ。 
 侑介はそこでニヤリ、と耀介を見て笑う。

「お前のその顔が見たかったんだ! あー黙ってて良かった!!」
 心底楽しそうに侑介が笑う。侑介は耀介と違って、幼い頃からやんちゃだったので、良く弟をからかっては楽しんでいた。
 急に耀介は侑介の言葉を思い出す。
「ちょ、ちょっと待ってくれないか……兄貴、彼女がいない、女っ気なんて研究所にはないって言ってなかったか?」
「そんなモン、弟君おとうとぎみのプライドをズタズタにしないための嘘に決まってんだろ。バーカ」
「もう、侑介。耀介さんが可哀想でしょう? 耀介さんに謝って!」
「はいはい、悪かった悪かった」
 この綺麗な女性が、俺の義理の姉さんになる……? 兄の言葉が現実として受け入れられない耀介がそこに居た。そして慌てる。親父は!? 親父の会社の人って事は、話さないとまずいだろう!? と叫びたいのを抑え、一言。
「お、親父には話したのか?」
「まだ話してない。まずはお前から。兄弟なんだから、秘密は共有し合うべきだ」
「何だかその秘密の共有は違うように思うのだが……」
「お前、堅苦しいよ。祝え、って言ってるんだ」
 この兄は無茶苦茶だ。突然彼女を連れて来て、結婚? しかも秘密を共有? 強制的に祝え? ここが店でなければ耀介はのた打ち回っていただろう。
 兄は今年で33歳になる。確かに結婚を考えてもおかしくない年齢だ。隣の女性が30歳を越えているのには非常に驚いた。耀介よりも年下に見えるくらい若いのだ。
「それにしても耀介さん、侑介にそっくり。驚いちゃった」
「えー、俺はこんな堅物とは違うぞ」
「中身じゃないわよ、外見。耀介さんは職人気質って感じがして、侑介はちゃらんぽらん」
「お前、酷いな!? 結婚しないぞ!?」
「あ、あの……」
 耀介が口を開く。
「何でしょうか」
「何だ?」
 目の前の兄カップルが、同じタイミングで耀介に返事する。
「俺、お邪魔じゃないでしょうか……お二人でごゆっくりと」
「バカ。お前に紹介したかったから呼び出したんだぞ」
「侑介、照れてるだけなんですよ。いつもは耀介さんの自慢ばかりしているんですから。私も耀介さんと色々お話ししてみたいので、遠慮なさらずに」
「絵里奈!」
 侑介が絵里奈に吠えた時だった。
「兄貴」
「何だよ?」
「おめでとう。絵里奈さんも、ふつつかな兄ですが……宜しくお願いします」
「ふつつかは余計だろ」
「はい。耀介さん、こんな私ですが宜しくお願いしますね」

 絵里奈の微笑みは、温かく、じんわりと耀介の心に沁み渡るものだった。


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