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恋愛小説、書けません。/Lesson18:「家族」

『ヨウ、お前はワインの手配を頼むぞ。俺はケーキ担当だ。分かったな!?』

 そんなメッセージをスマートフォンが受信したのは夕刻。侑介からだった。そしてカレンダーを見る。成程、家族想いの兄らしい伝言だ。

 ――次の土曜日は、父親の誕生日だった。

 木下から久し振りに手厳しくやられて、兄が結婚する話を聞かされ……正直耀介の頭の中は整理できない状況になっていた。筆が進まない。今までは「書いてやる!」と耀介の中で爆発衝動があって作品を仕上げてきた。しかし今回はどうしても爆発衝動どころか、心の中で動くものがない。
 実家に帰れば、何か掴めるのだろうか。母のいない、耀介の家族の中で。
「ここはスイッチをオフにする必要がありそうだ」
 猶予はある。木下の温情を無駄にする訳にはいかない。これから一分一秒を無駄にせず、何かを掴む気持ちで行こうと誓う。
 まずは『分かった』と侑介にメッセージを送信、そして耀介は数駅先にあるデパートへ向かった。
 耀介自身はワインに詳しくないので、店員にアドバイスしてもらいながら父親が好みそうな味の高級ワインを購入する。それなりに収入も安定してきたからこそ出来る「父へのささやかな恩返し」だ。



「親父、おめでとう!」
「おめでとう、親父」
 食事は行きつけのレストランで済ませ、ケーキだけは別にと実家に男三人が集まる。
「未だにこうやって息子達に祝ってもらえるのは嬉しいものだな」
「親父の好きなケーキ屋の生チョコケーキ。店のおばちゃんが『お父様にですか?』って笑ってたぞ! そういやこれ、母さんも好きだっただろう?」
 耀介の知らない母の話題が出る。耀介は亡き母への罪悪感でうつむくと侑介が
「おい、何しけたツラしてんだ、大先生さん」
 と耀介をたしなめる。祝いの席でそんな顔をするな、という兄の怒り。弟は「ごめん……」と小さく呟く。
 どうしても母の話題になると、俯いたり表情が曇ってしまうのは耀介自身も認識しているのだが、それでも昔から変わらない。耀介の心の中では「自分のせいで母親をこの世から追い出してしまった」と今も思う。
「まあ、ユウの気持ちもヨウの気持ちも分かっているから、早くケーキを食べさせろ」
 そしてこの兄弟の雰囲気が悪くなると、優しい父が登場する。
「親父、メタボリックシンドロームになるなよー。いい歳して甘いモン好きなんだからな」
「お前にだけは言われたくないな。渡瀬さんと良くデザートバイキングに行っていると小耳に挟んだぞ?」
「な、何で親父がそれを知ってるんだよ!?」
 侑介の声が裏返る。
「ふん、社長をなめるな。幾らでもお前の情報は拾えるぞ」
 絵里奈との交際が筒抜けの事実で侑介が肩を落とす。すると『社長様』は更に侑介を追い込む発言をする。
「早目に、あちらのご家族に挨拶に行きなさい。これは社長ではなくて父親命令だ」
「……えっ!? ヨウ、お前話したのか!」
 侑介が耀介を睨む。今にも掴みかかってきそうな勢いだ。
「お、俺!? 何も話していないぞ!?」
 耀介が狼狽うろたえると、これまた『社長様』の悪戯めいた笑い。
「そう、ヨウからではないな。渡瀬さんから直接聞いたから。残業の苦情ついでに、な」
「あいつ、お喋りだぞ!」
「不正解。俺の引っ掛けに彼女が引っ掛かってくれたのが正解だ」
 流石は社長様……と兄弟揃って「やられた!」という顔。
「彼女は、ちょっと母さんに似てるな」
 ワイングラス片手にしみじみと語る父親の言葉に、耀介も同意する。
「俺も最近渡瀬さんを紹介して貰ったのだが、写真の母さんと似ていると思った」
「えー、そうかあ? 母さんはもうちょっと優しかったぞ!」
 侑介が「アイツと母さんは違う!」と言い張ると、父親はそれが何だとばかりに弾き返す。
「それはお前が息子だからだろう? 大学時代の母さんは渡瀬さんみたいな感じだったぞ」
「あんなにキツい性格だったのかよ!?」
「ユウ、それは渡瀬さんにも母さんにも失礼だ」
 父親が笑い、二人の息子も笑う。
「へえ、母さんと親父は大学時代から知り合いだったのか」
「同じ大学だ。学部は違うがな。ご縁あって、そして今お前達がいるわけだ」
「どっちからのアプローチだよ?」
「じゃあユウが話せば私も話そうか?」
「げっ、最悪な取引だ……はいはい、白旗。無理。答えたくないね」
 侑介の白旗宣言に、父親と耀介がまたしても笑う。

 ――母さんも、今ここにいたら笑っていただろうか?

 ダイニングテーブルの空席、そこに見たことのない母が一緒に笑っている事を祈る耀介がいた。


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