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恋愛小説、書けません。/Lesson8:「出会い系サイトってどんなものだ?」

 ゆうべはぐっすり眠ってしまったが、起きてから全て読み終えた。あの放り投げた本以外は。高校生の恋愛は何処かくすぐったく、主人公の不器用さは耀介と通ずるものがあり、作品の世界に入るのには抵抗がなかった。しかし、まだ掴めない。人を好きになる気持ちを。

 俺はいつか、誰かを好きになれるのだろうか?
 人を好きになると、楽しいものなのだろうか? 苦しいものなのだろうか?
 次回作のプロットよりも、いつしかそちらの方が気になる自分がいることに気付く。今までの耀介からは考えられない「思考」だった。

 その話を絢乃にすると『そうそう、その調子で。耀介がそんな風に思えたっていうのは、ある意味恋愛小説効果は絶大だったんじゃない?』と電話の向こうで笑っていた。その笑い声がいつものそれとどうも違う気がしたので、耀介は電話越しの絢乃が気になった。絢乃には恋愛経験はあるのだろうか、などとぼんやりと考える週末だった。

 珍しく日曜日はオフモードになり、週が明けると仕事の連続だった。顔出し出来ない手前、書き下ろしのショートショートと共に今回の青木賞受賞のコメント寄稿が数社程。新聞記事等は基本的に木下が在籍する『小説流星』が対応してくれていた。その人たちへの感謝を忘れずに、耀介は「伊田滝登」としての使命を果たす為に書き続ける。
 いつものように隔週連載の仕事をやり終え、耀介はパソコンのディスプレイの前でぐったりとする。締め切り前はいつもこんな調子だ。大学を卒業する前、卒論と原稿の締め切りがバッティングした時は悲惨だった。
 誰も助けてくれない。自分のことは自分で責任を持て。社会に出たらそんなもんだ――これは耀介の父親が口癖のように兄にも耀介にも説いていた教えだ。だからこそ耀介は人並みに何でもこなせる。家事も疎かにした事はない。寧ろ好きな部類に入るだろう。但し恋愛以外は、だ。

 ディスプレイがやけに眩しい中、耀介はふと「インターネット上での恋愛はどんなものだろうか?」と考えた。時々週刊誌やワイドショーが取り上げる「出会い系サイト」。確かに犯罪の温床なのかもしれないが、耀介のように恋愛とは無縁の男達が純粋に出会いを求めているとしたら……? そこで耀介はハッとする。
 耀介は完全に身を委ねていたチェアから背筋を伸ばし、パソコンへ向かう。検索サイトに「出会い」と入れると、膨大な量のヒット数が出た。勿論この中に「いいカモだ」と狙っている悪質なサイトがあるかもしれない。明らかに有料で危ないだろうと素人目で分かるような場所はさておき、無料で安全に登録出来るサイトを探す。
「ここは、どうなのだろうか?」
 無料、登録者数はかなり多い。ひとまず登録だけしてみようと思った。

 ――しかし、物事は上手く運ばない。
 耀介はフリーメールと言った類を知らなかったのだ。プロバイタから提供されるメールアドレスしか持っておらず、そのメールアドレスで登録する。
「な、何だ!?」
 見る見る内に溜まって行くメールの数。所謂「迷惑メール」と呼ばれる類のものだ。え、俺登録しかしていないのに? どうして?
 困った時に頼れるのは、たった一人だけだ。慌てて電話をかける。
「絢乃!」
『何よ、こっちはまだ残業中で忙しいんだけど。急用?』
「出会い系サイトに無料登録しただけで、変なメールが勝手に届くんだ!」
『……は?』
 電話の向こうの絢乃の呼吸が一瞬だけ、止まる。
「メールアドレスを登録しただけで、俺は何もしていないのに知らない業者から……」
 困惑した様子で、その間にも受信完了のお知らせの音が鳴り響くパソコンを横目に、部屋を落ち着きなくウロウロする耀介。
『まさかとは思うけど……念の為に聞くわよ。フリーメールで登録した?』
「フリーメール……?」
 この回答で、耀介がフリーメールが何であるかを分かっていないと判断した会社員女性・27歳が罵声を浴びせる。
『フリーメールも知らないの!? 世間知らず過ぎよアンタは! バカッ!』
 絢乃が叫んだ事により、どうやら同じフロアで働いている人間がざわついているようだ。耀介の耳元で沢山の人の音を感じた。
 絢乃の怒りは収まらないどころか、どんどんレベルアップしている気がする。
『本当にバカなんじゃない!? 大体何で出会い系なんかに登録するの!』
 絢乃の「出会い系」という言葉で更にフロア内が騒々しくなる。耀介は萎縮しながら小声で主張する。
「いや……俺と似た境遇の男もいるんじゃないかと思って……」
『その短絡的思考何とかならないの!? ああもう、とりあえず迷惑メールフォルダの設定を早くしなさいっ! その迷惑メールは増える一方だから、えっとアンタどこのプロバイダ使ってるの?』
 耀介がある有名なプロバイダの一社を名乗ると、向こうでパソコンのキーを叩く音が聞こえる。普通こんなにもキーを叩く音が聞こえるだろうか? というぐらい大きな音を立てている。つまりこれは、明らかに絢乃が怒っている証拠だ。
『アンタのプロバイダ、ネットからでもメールアドレス変更可能。今すぐ変更なさい!』
「いや、これ仕事でも使ってるから……」
『苛々するわね! あんたのメールアドレスが色んな会社に知れ渡っていくのよ!? それにそのメール、永遠に終わらないわよ。だから変更!』
「し、しかし……出版社が……」
『子供か! とにかく、今すぐメールアドレス変更よ! いいわね!?』

 そこで、通話が切れた。
 こんな怒られている電話の間にも続々と増える迷惑メール。これは確かにまずいと耀介も実感し、とりあえず受信された迷惑メールを一旦フォルダへ振り分け、そしてプロバイダのサイトへアクセスしてメールアドレスを変更した。その途端、アラームが止んだ。
 その後は、アドレス帳から各社へ「メールアドレス変更のお知らせ」という件名で一斉送信をする。絢乃の言った通り、これは変更して正解だったようだ。
「それにしてもフリーメールとは何だ……?」
 検索して、ようやく理解する耀介の姿があった。試しに一つだけアドレスを取得する。
 必要性はないのだが、絢乃のスマートフォンへ送信する。

『すまなかった。これはお前にしか教えないフリーメールのアドレスだ』

 出会い系にはろくな事がない。色々と勉強になった夜だった。


Lesson9はこちらから↓

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