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恋愛小説、書けません。/Lesson4:「恋愛のノウハウは女性誌にある?」

 耀介が目覚めた時、枕元にあったスマートフォンには「AM7:00」の表示。見渡せば、そこは篠塚家の和室だった。耀介は慌てて飛び起きる。寝癖も気にせず襖を開けて、リビングへ走る。

「おばさん、すみません! 俺っ……」
「あら、よーすけちゃんおはよう」
「おはよう、酒に弱い男!」
 既に朝食の支度を済ませている茅乃と、出勤前の「いかにもOLです」と言ったオフホワイトのニットにグレーの膝丈プリーツスカートを着て、ナチュラルメイクを施した絢乃がダイニングテーブルの椅子に座っていた。
「スーツがシワになるといけないから、お父さんのジャージに着せ替えておいたの。ごめんね、勝手に着替えさせて」
「うわあ!? すみません、本当に……」
 茅乃の言葉に耀介は自分のジャージ姿を見て驚く。絢乃はその様子を見ながらクスクスと笑う。
「ああ、そうだ耀介。これ」
 綺麗にネイルが施された手で、ブルーのファイルを絢乃が渡す。
「ゆうべ、女性誌からスクラップしておいたから」
「これは何だ?」
「まあ、20代から30代前半の女性の恋愛観みたいなもの。参考資料としてどうぞお使い下さいな」
 流石は商社勤務のOL。きっちりと纏められたスクラップ記事は相当な量だった。
「あ、ありがとう!! 感謝する!」
「その代わり、今度夕飯ご馳走してよ?」
「分かった分かった!」
 神様、仏様、絢乃様! と手を合わせて感謝を表す耀介を見ながら茅乃が笑って
「よーすけちゃん、朝ご飯食べる? お父さんの分は後で用意できるし」と朝食を勧める。
 目の前には「これぞ日本の食卓」と言える和朝食がセッティングされていた。絢乃は昔から朝は洋食派なので、自分で焼いたトーストを齧っている.
耀介の腹の虫が大きく響き、その場にいた全員が笑う。これが答えだ。
「頂きます! おばさんのメシは旨いから、男一人暮らしには嬉しい限りです」
「子供みたい」
「うるさいぞ!」

 絢乃はテキパキと準備をして「じゃー夕食はイタリアンがいいなー!」と叫びながら出勤していった。絢乃の父も入れ替わりで朝食をとり、そこまで遠くない勤務先へと向かう。耀介は洗面台を借りて顔を洗い、少しだけ髪の毛を濡らし寝癖を直した。

「あの、おばさん……俺、いてていいんですか?」
「いいわよ。あ、でもお仕事は?」
「今日は特に入ってません。携帯にも連絡がないので、何かあればその時に出ます。あと実家から資料を持って帰ろうと思っているので」
 折角なのだから恋愛小説を書く上で自分の過去を向き合う為に、実家に置いている学生時代の文集などを持って帰ろうと耀介は考えていた。もっとも、男子校出身で文集を見た所でどうなるかは目に見えているが、小学生の頃のものなら使えるかもしれないと睨んでいた。

 茅乃はいつもの『安心できる微笑み』を浮かべながら耀介に尋ねる。
「お酒は抜けた?」
「はい、一晩ぐっすり寝たら……。レセプションの後は全然だったんですけど、やっぱり贅沢な部屋よりも、居心地の良い場所ですね」
「そうね、そう思うわ」
 そして耀介と茅乃、二人揃ってゆっくりと朝食をとる。話の内容は「小説や文学」や「思い出話」だ。
 茅乃は文学部出身なので、話甲斐のある相手でもある。茅乃は上代文学を、耀介は近代文学を専攻していたので学んだ時代は違えども色々と刺激になる。耀介は白樺派の作家を好んで読んでいて、武者小路実篤や志賀直哉を主に研究していた。萩原朔太郎も好んでいる。
 耀介はいつも新作が出版されると、茅乃宛にプレゼントしていた。そして茅乃は必ず感想を直筆の手紙で送ってくれる。絢乃と同じく手厳しい感想もあったりするが、絢乃程の毒舌でもなく本当に熟読した上での感想をくれるので、耀介はそういった点でも茅乃に頭が上がらない。

 朝食を食べ終え、食後のお茶を飲み、耀介は『仕事モード』に切り替わる。
「あの、絢乃がファイリングしてくれた資料に目を通しますので、和室をお借りしていいですか?」
「いいわよ。お昼は何が食べていくでしょう?」
「え、いいんですか?」
 そこまで長居をするつもりはなかったのだが、性格上資料を読み出すと中々動かないことも茅乃は見抜いていた。
「よーすけちゃん、昨日あんまり食べなかったでしょう? 残り物だけど」
「いえいえ、十分過ぎますよ」
「ゆっくりしていきなさい。居心地のいい場所でじっくり新作を考えなさいな」
 茅乃は穏やかな口調で「息子のように」耀介に言った。

 耀介は和室に用意してもらった炬燵こたつに入り、鞄の中からメモ帳やら筆記用具やらを取り出して、いつでもプロットが作れるように、自宅と同じ配置に必要なものを置いていく。季節は冬だが今日は比較的暖かく、炬燵のスイッチはオフだ。
 そしてジャージ姿で絢乃が纏めてくれた女性誌の特集記事を読み漁る。

「何だこれは……」
 見出しは『20代の結婚事情!』『30代でも結婚は大丈夫?』と、結婚結婚の文字のオンパレード。思わず耀介は頭を抱えた。恋愛をすっ飛ばして結婚? だから俺は恋愛なんてしたことがないって言っただろう、絢乃の奴! と耀介が舌打ちしながらスクラップ記事をめくると、比較的若い年齢層向けの雑誌のスクラップもあった。
『恋愛したい! 女の子の本音100人アンケート!』
「絢乃……これはどう考えても大学生向けの雑誌なのではないのか?」
 思わず独り言が出てしまう。しかし、初恋もまだの耀介にとっては、きっとこの記事のアンケートに答えた女性の方がずっと先輩だ。
 内容は「好きな人はいますか?」「彼氏はいますか?」「出会ったきっかけは?」「告白したのはどっち?」などと、本当にライトな仕上がりの二色刷りだった。
 読み進めながら、主人公を男性にするか女性にするか、年代はどうするかなどをメモしていく。そんな中、とんでもない記事までスクラップされているのに気が付いた。

『彼とのH事情』
 そこには赤裸々に綴られた、官能小説とはまた別の――そういう行為に至るまでを事細かくアンケートの回答を元に漫画形式で書かれていた記事があった。思わず耀介は赤面してしまう。
 何を隠そう、耀介は男性が好む18歳以上向けの雑誌を一度も読んだことがない。男子校時代でもそのような話題が出たこともあったが、常に聞き手だった為、正直目を背けたくなった。余りにも露骨な表現が多すぎて、眩暈がしそうになっていた。
 しかし、この膨大な量をファイリングしてくれた絢乃の気持ちを考えると、やはり読むしかなかった。それ程までに知識がない。昨日の「デートホテル」で殴られた理由も、その記事でようやく分かった事だった。確かに女性誌には恋愛のノウハウのようなものが沢山書かれていることだけは知ることができた、それだけでも収穫だ。

「別に官能小説を書くわけでもあるまいし、俺は純粋に恋愛小説を書けばいいんだよな……」

 一人言い訳めいて、耀介は作業を進めた。


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