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恋愛小説、書けません。/Lesson23:「泊まっていけば」
耀介は食べ終わると医者に処方された薬を飲み、ベッドへ潜った。
その間、絢乃はキッチンの後片付けをしていた。
絢乃が用事を済ませ耀介の寝室へ入り、今度は寝間着を着替えさせる為に耀介の汗をかいた肌を拭いたりしていた。逐一「申し訳ない」とうわ言のような耀介の謝罪を「いいのいいの」と軽くあしらう。
弱っている幼馴染から頼られるのは嬉しい、耀介なら尚更。そんな思いで絢乃はかいがいしく世話をしていた。
しかし。
「やだ、もうこんな時間!」
耀介の部屋のデジタル時計を見て軽く叫ぶ。そんなに経った? と驚くような時の流れの速さ。今から走って電車に乗れば終電で何とか帰れる。耀介の容態は気になるが、また明日来たら良いだろうと絢乃がベッドサイドから離れようとした、その時だった。
絢乃の手首に熱い感触。耀介が手を伸ばして絢乃の手首を掴んでいた。
「もう……遅い。泊まっていけばいい」
やや意識が朦朧気味だが、目を細めた耀介はじっと絢乃を見据えていた。絢乃はと言うと、耀介の発言に戸惑いを隠せない。
「でも……ほら、一応私とアンタ、女と男よ? 男が女に泊まっていけなんて言うなんて……」
「一般論で言ってるんじゃない。……心配だから、女性が夜道を一人で歩くな」
「タクシー使うわよ」
「金が勿体無い」
はあ、と絢乃が溜息を吐きながら耀介に尋ねる。
「いて……欲しいの?」
「……ああ……」
――あら、やけに素直な反応。
絢乃は驚いた。普段の耀介では考えられない返答だ。いつもならば「もう大丈夫だ」「一人で出来る」と頑なな幼馴染のはずなのに。そんな事を思っていると、途切れ途切れで耀介が話し始めた。
「玄関横の部屋……そこが空いてる。布団とか……全部置いてあるから……。風呂も勝手に入ってくれて構わない……」
相当熱が上がっているだろう耀介が、絢乃に一生懸命説明をする。
「分かった。明日は丁度お休みだし……」
「おばさんには……俺が連絡しておく……」
「病人は寝るのが仕事! それぐらい自分で連絡できるわよ!」
耀介のそういう所は決して嫌いじゃないが、今の具合を考えて連絡させたくはなかった。
「そういう訳なので……今日は耀介の家に泊まるね」
幼馴染の一人暮らしの家に泊まる、という状況もあり妙に恥ずかしがりながら絢乃は母に告げる。
『よーすけちゃんの具合は?』
茅乃はさほど気にせず、耀介の具合を心配している様子だった。
「熱が高くて……一応、往診の先生に来て貰って、注射は打ったらしいんだけどね。あと二日ぐらいは熱が続きそうかな、朦朧としてるもん」
『よーすけちゃん、きっとそうやってずっと一人で過ごしてきたと思うから……』
茅乃の言葉の続きは何となく分かった。「お許しのサイン」が出たと分かった絢乃は母に告げる。
「淋しい思いはさせないわよ。ちゃんとそばにいる。任せて」
――絢乃は腹を括った。耀介が望むならば、そばにいようと。
絢乃が耀介の家に招かれたのはこれが初めてではない。だが流石に泊まったことはなかった。その理由は「異性だから」。当たり前だが、幾ら幼馴染とて妙齢の絢乃でもそこは抵抗がある。
絢乃は時折休日に女友達の家に泊まったりするので「お泊りセット」なるものを常備している。シャンプーにトリートメント、クレンジングクリーム、洗顔料に化粧水と乳液。必要最低限のものをポーチに詰め込んでオフホワイトのオフィス用バッグに忍ばせている。
「あー良かった。クレンジング、これじゃないと落ち着かないのよね」
クレンジングクリームは解決したが、今度はバスタオルが何処にあるか分からないことに気付いた。
耀介の寝室に静かに入る。
「耀介……起きてる?」
「ああ、何だ……?」
「バスタオルの場所なんだけど……あと寝間着って……」
そこで耀介がふらつきながらも起きたので、絢乃は慌てた。
「いいわよ! 自分でやるから! 寝ててよ!」
「泊まっていけって我儘を言ったのは、俺だ……ちょっと待て……」
我儘? 何が? と絢乃が首を傾げる。
耀介はまず自室のクローゼットから女性が着てもおかしくないジャージとトレーナーを引っ張り出す。
「こんなのしかないけど、いいか……?」
「十分」
「あとは……バスタオルはこっち……」
足元が覚束なくよろめいたので、咄嗟に絢乃は耀介を支える。
「悪い……」
「だから自分で出来るって言ったのに……」
そのまま絢乃に支えられながらバスルームまで歩いて、耀介は洗面台の横の扉を開ける。
「ここ……バスタオル……フェイスタオルは上の段……」
耀介が一枚ずつタオルを取り出して絢乃に渡す。そしてもう一枚バスタオルを手に取ると「熱で汗が……。だから俺も取りに来たんだ……」と呟く耀介。
嘘ばっかり。さっき部屋で見たわよ、バスタオルらしきもの。気を遣わせまいとする耀介の優しさはちゃんと絢乃に届いていた。絢乃の気持ちが柔らかくなりそうだった所へ、耀介は呟く。
「下着は……どうするんだ? 何ならトランクスか、ボクサーパンツでも……」
「バカッ!」
突拍子もない言葉が耀介の口から出てきたので思わず絢乃は顔を赤らめ、そして病人という事も忘れて「いつもの調子」で叩くと、耀介はよろめいて洗濯カゴの中に顔を埋めてしまった。
「手加減……しろよ……。冗談で言っただけだ……洗濯機に乾燥機がついてる……から、風呂上りには……きれいになって……」
そこで耀介は力無く倒れる。
「耀介!?」
絢乃は真っ青になって耀介の頬を軽く叩くが、無反応。
耀介は完全に気を失っていた。これは風呂だバスタオルだの騒ぎではない。絢乃は必死に耀介の腕を肩に回して寝室まで運ぼうと体勢を整えると、熱い肌が絢乃の頬に触れた。
昔はひょろっとした文学少年だった。それでもコンスタントに運動をしているんだろうと思わせる寝間着から見える胸板が、絢乃の胸を締め付ける。先程耀介の身体を拭いた時には何も思わなかったのだが、今は状況が違う。
正直、絢乃は逃げ出したかった。この幼馴染は何も知らないだろうが。
何とか寝室まで運び終え、耀介をベッドに寝かしつける。耀介の額に手を触れると、また熱が上がっていたので、慌てて洗面器に冷たい水を張って、タオルを浸す。そして耀介の額の上へ優しく乗せる。
時々、苦しそうな声を出す耀介。絢乃はその耀介の苦しそうな寝顔を見て胸が痛む。
辛い夢を見ているのだろうか。相当辛そうに見える。
「私はここにいるから。耀介の隣に」
「う……う」
「大丈夫、そばにいるるから」
「うう……」
「大丈夫、大丈夫」
「う……」
「怖くない、怖くない。一人じゃないわよ」
まるで母親が子供を寝かしつけるように囁きながら、汗で濡れた耀介の髪の毛を撫でる。すると、それまでの苦しそうな声が止み、規則正しい寝息へと変わった。絢乃はほっと胸を撫で下ろした。
「初恋の人がアンタだって言っても……きっと『それで?』とか言うんだろうな」
ベッドに寝かし付けた耀介を眺めながら綾乃は自嘲気味に呟き、バスルームへと向かった。
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