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440.愛情ってね、あたたかく、優しいことではなく、厳しくて、冷たい愛情も必要なんだよ。

coucouさんです~

みなさん、ごきげんよう~

本日から新シリーズ「人生を好転させる方法」の第1回目となった。
coucouさんの大好きなノートのかみさま、ももまろさんは、人生を這いつくばって生きてきた、という。

coucouさんは形は違うけれど、同じように這いつくばって生きてきたんだ。

それは、すべて自分が蒔いた種なんだけれど、その種はやがて大きくなったのだけれど、大破裂してしまったんだ。

誰もが再起不能だと信じた。

coucouさんはもう社会から抹殺され、二度と地上には這い上がれないだろうと誰もが思った。
確かに、簡単には這い上がることはできるわけがない。

人は一度でも躓けば社会の敵となる事業の世界。
一つ歯車が狂いだすと、何もかもが狂いだす。
もう、自分の自由とか、自分の意志など消されてしまう。

そして、当時の仲間たちからの冷たい視線と、哀れな扱い、笑いや中傷。
coucouさんは、逃げたり、自己破産したり、自殺する以外の4番目の道を選んだ。それは、どんな中傷や悪口にも耐え続け、たとえ馬鹿にされても、笑われても、「存在する」道を選んだ。その道は、どんな本にも書かれていない、未知なる世界だと感じた。
毎日が債権者と裁判所での口頭弁論。
もちろん、弁護士さんなど雇うお金などない。

そう、自分が蒔いた種は、自分で刈る以外ないからね。
それが、自分で刈れなかったとしてもね。

coucouさんは這いつくばって、ゴキブリの様に生きて見ようと誓ったんだ。

そして、さらに20年の時を超えた…。

すると、とても不思議なことだけれど、人生が好転し始めてきたんだ。日々の空気の流れ、時間と速度、人間の本質、人間の狡さや醜さ。そして人間の素晴らしさや優しさを感じるようになった。

そう、時間って止まるんだよ~
そう、時間つて止めることが出来るんだよ~
そう、どんなに酷い過去だって、変えることができる。
現在だって、未来だって変えられるんだ。

そう、人生は誰でも好転させることができるのさ。
このシリーズは、そんなお話になるんだ。

coucouさんの更なる恥ずかしい話を聞いてくださいね。
ただし、マネをしないでくださいね~

©NPО japan copyright association Hiroaki


(1)人生を好転させる方法

how to turn your life around①


1.人のために生きる

coucouさんの親はとても面倒見の良い両親だった。
それは、きっと、時代がそうさせたのかもしれないと思うようになった。

大正時代、昭和時代、平成時代のめまぐるしい時代を息抜き、その中で樺太・満州開拓移民、戦争体験、戦後の復興を目の当たりにして、格差の広がる社会の矛盾、不平等や諦めの中で、昭和時代の苦しさとともに「人は人を支えあう」というような互助精神が身についていたのかもしれない。
 
とにかく面倒見が良いんだ。
困っている人を見れば何かをしてあげる。
誰かに相談されればすぐさま相談に答えようとす、たとえ自分がお金に困っていたとしても人のためにお金を工面する。
なかには、両親を騙す人もいたけれど、それでも助けを求める者の世話をしていた。

その大きな理由はね、自分が苦しかった時に誰も救いの手を差し伸べてくれなかったからかもしれない。
それにしてもcoucouさんが子どもの頃から家の人の出入りが激しく、両親はいつもそのことに忙しそうだった。
 
だけれど、coucouさんの両親は苦しさとか大変さをおくびにも出さず、親せきや兄弟、友人たちの面倒を見続けていた。
coucouさんは子どもながら、その姿を見て身体中にそのことが染みついてしまったのかもしれない。
 
coucouさんが社会に出て、事業をはじめて苦しんでいたころ、父は私に「親切は詐欺になる!」という言葉を吐いたことを思い出す。
それは父ながらの体験から来る重い言葉だったのだけど、当時のcoucouさんにはまるで理解ができなかった。

「…どうして、人に親切にすると、詐欺と呼ばれるのだろう?」と。

coucouさんが、その言葉を理解するのに50年という年月を超える必要があったようだ。それまではまるで意味が分からなかったし、信じられない言葉だものね。だってね、人に親切にすることが詐欺になるなんて…。
 
coucouさんは、いつのまにか、両親のように子どもの頃から人に親切にし、尽くすようになった。
もちろん、そのことで随分と感謝され、喜びや満足感もあったよ。
さらにね、それは正しい行いだと信じて来た。

coucouさんは両親のようにたとえ自分は苦しくとも人に尽くす、家族や友人に尽くすことが善だと思っていたんだ。

©NPО japan copyright association Hiroaki


 


2.触らぬ神に祟りなし


でも、coucouさんがは事業に二度と立ち上がれないくらいの失敗をし、膨大な借金とともに終戦処理に、日々追われ続けていた頃。終戦処理ってね、倒産後の後始末のこと。随分と時間がかかった。
2年から3年ぐらいの時が過ぎたかもしれない。
すべては身から出た錆だと思うけれど、coucouさんを救う者は誰もいなかった。まあ、当たり前のことだけれどね。
 
人ってね、お金を払うときは誰もが恵比須顔。
払えないときは地獄の閻魔様となるんだ。
あれだけ長く築き上げた信頼など、たった一度のトラブルですべてを失うのが事業。
coucouさんは困っている仲間を随分と助けた時があるのだけれど、彼らは知らん顔。触らぬ神に祟りなしなんだね。
やがて、その仲間たちは一人ずつ、用済みとなったcoucouさんからから離れていった。

coucouさんが、追い詰められて困ったときは相談に来てほしい、といった人からも門前払いとなった。coucouさんがお金を貸していた相手にわずかでも良いから返してほしい、と相談しても軽く足あらわれてしまうんだ。

なんだ、これ~

会社を倒産すると当たり前のことかもしれないけれど、世間の目と、世間の風は冷たくなるのさ。
何よりも、人って、coucouさんを下に見下すようだ。
 
残念ながら、coucouさんの場合、そのような人を見下すような経験なんかないし、未だにそんなことはできない。

数十年と事業を経営していれば、逆の場合の経験はたくさんしてきた。
それは友人たちの倒産、取引先が倒産、自己破産や夜逃げ、そして自殺などだ。coucouさんはね、馬鹿みたいだけれど、そのたびに、自分が苦しくともその人たちを励まし、応援をし続けてきた。
 
でも、coucouさんはね、その人たちのことを決して見下したりしたことはないよ。親友の連帯保証として約8,000万円を背負った時も、coucouさんの親友の借金なのだから、当然のこととして受け止めた。
(最初から覚悟をしていた)
 
coucouさんはね、すべては自分の責任として、受け入れ、とても悲しんだけれど、その人のせいにしたり、恨んだり、憎んだことはない。

そのため、他人を見下したり、卑下したり、下に見たことがないんだ。
ただ、それでも恨まれたり、憎まれたり、嫌われる場合も多い。

そして、その話を人にすれば「あんたが甘いだけ!」「そんなのきれいごとだよ!」「馬鹿な話だ!」と笑われる。
言われてみれば確かにそうなのかもしれないよね。
 
すべては「自分が蒔いた種」なんだから。

©NPО japan copyright association Hiroaki



3.それでも人生ってYESなんだよ!


coucouさんの父は、人のために尽くし続けた。
でも、本人はやりすぎたとも言っていた。

それは、一生懸命に全力でその人のために純粋に行っているにも関わらず、「世の中にはそんな人間は存在しない、何か裏があるはずだ。人を利用して儲けるつもりのだろう!」と、疑われるようになったことだった。
 
また、そのことが「上手くいけば当たり前、失敗したらあんたのせい」と相手は考える。最終的には上手くいっても行かなくとも、せいにされてしまうんだよね。

もちろん、coucouさんの父が相手の考え(本心)がわからなかったことが原因なのだけれど、人は相手を信じていると、自分も信じられているような錯覚を起こすもの。
反対に、人を疑い続ければ自分も疑われていると感じるように、父は相手を信じていたのだけれど、相手は父を信じていなかった。

また、信じてなければ頼まなければいいことなのに、その相手は便利な父をうまく「自分の都合」として利用しただけだった。
 
両親は多く人を助け、金銭的にも援助し続けた。
もし、その援助がなければ私の家は古い借家ではなく大きな屋敷になっていたかもしれない。
やがて、両親が援助した人たちはそれぞれ立派な家を構えるようになった。

coucouさんの事業が苦しくなった時、父はその援助した人たちのところへ私のために、お金を借りに回るようになった。
でも、わずかなお金に対しても恩着せがましく、父に頭を下げさせ、それでも貸してくれる者はましかもしれないが、一銭も貸してくれない者もたくさんいた。
 
後に父は私にそのことを、
「自分を試したかった。自分があれだけのことをしたことに対してどれだけ恩義を感じているか?試した…」といった。

その当時、父は私に、
「親切は詐欺になる!」

「人はしてあげたことは覚えているが、
してもらったことは忘れてしまう!」

「私はそのような者たちとは一線を引くか、縁を切ろうと思う…」と。


丁度、今ぐらいの私の年の頃の父の言葉だった。
 
coucouさんには当時、理解できない言葉だったけれど、50歳を超えた頃に、ようやくわかるようになったんだ。
でも、父はそれでも人のせいにしない。
すべては自分の蒔いた種だと考えていたのかもしれない。

今の、coucouさんも父と同じ、そう思うようになった。

そう、すべては自分の蒔いた種ならば、自分が刈り取れば良いのだものね。
 それ以来、coucouさんはその種を刈り続けることにしたのさ。


するとね、人生が好転して来ることを感じるようになった。

そこには、恨みや憎しみ、無念さや後悔などはない。
自分が信じた正しさを行ったのだという実感と、相手をそうさせてしまった自分のやり方を改める、人との接し方に「愛情の冷たさの不足」していたことが分かるようになったんだ。
 
つまり、どんなに相手に尽くしても、相手のためを思って行動しても、そのことが相手に伝わらなければそれは間違えた方法だったということなんだ。

愛情ってね、あたたかく、優しければいいことじゃあない。
愛情にも、厳しさや、冷たさも必要だってことをね。


さて、人生が好転するcoucouさんのお話におつきあいくださいね。
ここまで読んでくれて、ありがとう~

©NPО japan copyright association Hiroaki



©NPО japan copyright association 

は~い~
coucouさんの大好きな、大好きな「ノートに神さま」
、60番目(順不同)のご紹介~

うわお~
本当は、全部掲載したい~

凄い人と出会ってしまったんだ。
さちさ~ん~

多分同世代?

だって、吉田拓郎や由紀さおり、そして猫さん。
3拍子揃ってしまった~
coucouさんは吉田拓郎の大ファン、由紀さおりも大好き~
そう、憧れの人~

coucouさんは驚いたんだ~

それはね、高校生の頃から拓郎ファン、拓郎とともに生きてきたんだ。
つい数日前に、吉田拓郎ラストアルバム「ah面白かった」を購入。
特にDVDには感動~拓郎にはすべてやりつくした感があり、病気のせいもあるかもしれないけれど、ゆっくり生きてもらいたいと願っている。

でも、作品は残り続けるんだよね。

ああ~由紀さおり~

おっと、さちさんのご紹介なのに、嬉しすぎて脱線、m(__)m~

さちさんのこころのつぶやき、ぜひ聴いてほしい~

そう、さちさんの独自の世界へ~


さちさん

さちさんの言葉より


こころのつぶやきを綴りたいと思います。たったひとりでいい、傍ににいてほんわかできれば。。。たった一つの隠れ家と音楽と共にゆっくりして行ってください。 泣きたくなった時、笑い合いたくなった時、近くに友人が居ない時、ふと思い出して下さればそれでいいです。

あなたへ
大丈夫?
具合はいかがですか?
よくなったら いいね。

ほんとに よく がんばったね」
そらの雲が ささやく
もう 十分がんばったよと

大切な
ひとに会えたる
しあわせを
言葉にできぬ想いひろがる

ひとけなきベンチに座り共に見た名残りの緋色胸に灯りて
秋時雨遠くなる声消えかかる
さよならと言えず空見る柿たわわ

老いを どのように生きるか。
この方の場合、「老い」と呼ぶ歳でもないですけど・・。 
60代は 自由。
過ぎれば もう、怖いものはない。
何十年も生きられる時間が保証されてるわけじゃないから。
だからさ。
生きるなら 楽しく。。

土砂降りでも 必ず 晴れる時が来るのを 知ってる私たちだもの。

一緒に 歌おう。

人はね
その笑顔で 救われるんだよ
ぼくは きみにいつも救われてきたからさ

だから 今度は ぼくが 笑おうか



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 Production / copyright©NPО japan copyright coucou associationphotograph©NPО japan copyright association Hiroaki
Character design©NPО japan copyright association Hikaru

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