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「鳥かごのハイディ」完結済み 全23話

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ラクロスの双子、エレノアとチャーリーは幸せに暮らしていた。姿はそっくりでも、性格は正反対。せっかちで右利きのエレノアに、不器用で左利きのチャーリー。一歩先を行くエレノアをチャーリ…
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#オレンジの片割れ

「鳥かごのハイディ」第一話

「鳥かごのハイディ」第一話

プロローグ
 ハイディー、エレノア。

 八月のグランダッド・ブラフから見る、ミシシッピ川の渓谷と、青々と生い茂る木々の緑。その境界線の向こうには、手を伸ばせば届きそうなほどの真っ白くて大きな雲と、透き通った青空が見えるわ。
 青と緑の境界線を自由に飛び回る野生の鷲が、今のわたしには眩しく見える。このシーズンの、グランダッド・ブラフ・パークって、こんなにも観光客で賑わってたかしら? 
 たった一年

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「鳥かごのハイディ」第二話

「鳥かごのハイディ」第二話

第一章Twins

(1)

 サイレントに設定された携帯電話が、もう何十回と鳴っている。画面には、わたしの大好きな双子の姉の名前。
「ハイディー、エレノア……」
 時刻は深夜二時。実家のあるラクロスから、学生寮のあるミルウォーキーへ戻ってもう八時間は経ってるのに、わたしが無事に寮に帰り着いたか心配して、エレノアはずっと電話を掛け続けてくれていた。
「チャーリー? 心配させないでよ! 帰ったら連絡

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「鳥かごのハイディ」第七話

「鳥かごのハイディ」第七話

Haze

(2)

 エレベーターホールに着くとレベッカの姿はなく、既に戻ってきていたアガサと鉄柵の前に立つ警備のモーヴィーが二人で話し合っている。
「おかえり! アガサ」
 名前を呼ぶと、ようやくわたしの姿に気がついたアガサはすぐにモーヴィーとの会話を切り上げてこちらへと歩いてきた。
「ごめん! モーヴィーをからかってたら、あなたがいることに気づかなかったわ」
「へえ?」笑顔で答えるアガサに、

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「鳥かごのハイディ」第十一話

「鳥かごのハイディ」第十一話

Smoke
(2)

 誰かがわたしの名前を呼んでいる。

「チャーリー? チャーリー?」

 名前を呼ばれるたびに、心が苦しくなる。

「チャーリー?」

 ……アガサ?
 我に返った途端、息をするのも忘れていたかのように苦しくて大きく息を吸い込んだ。必要以上に膨らんだ肺が痛み、今度はむせるように咳き込んで萎んでいく。
「チャーリー? 大丈夫? 落ち着いて水を飲んで!」
 アガサがわたしを抱きか

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「鳥かごのハイディ」第十三話

「鳥かごのハイディ」第十三話

Smoke
(4)

「君たちが毎週末ピクニックに出掛けたグランダッド・ブラフと呼ばれる場所は、この時期どんな様子だったんだい?」

 スタイルズ先生の問い掛けに、わたしは目を開けることなくそのときの様子を話し出す。
「ただ、綺麗だとか、紅葉が美しいだとかって言葉を並べるだけでは、とても陳腐になってしまう」
 ラクロスの街並みは平坦で、極端に背の高い建物などない。そのラクロスで最も高台のグランド・

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「鳥かごのハイディ」第十四話

「鳥かごのハイディ」第十四話

Smoke
(5)

 秒針の音は心地好く、あの頃の記憶を呼び起こしていく。
「チャーリー! 今度教会に行くときは、わたしたちの大切な宝物を、神様に預かってもらいましょ!」
 窓から射す月明りの中、向かいのベッドに眠るエレノアがわたしに囁いた。
「宝物? オルゴールボックスに入れたわたしたちの思い出のこと?」
「そうよ! 他になにかあるの!?」

 そのオルゴールボックスには、たくさんの思い出が詰

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「鳥かごのハイディ」第十五話

「鳥かごのハイディ」第十五話

第四章Border
(1)

 ゆっくりと昇っていくエレベーターの速度が、いつもよりも遅く感じる。エレベーター内にあったボタンはすべて押したけれど、行き先はいったいどこなのか? すべては運任せ。
 きっと神様が願いを聞き入れてくれるのなら、開いた扉の先には、外の世界に繋がる輝かしい出口が見えるはずよ。

 ガタンッ!

 ……古臭いエレベーターが、故障したように突然止まるのはいつものこと。どこかの

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「鳥かごのハイディ」第十六話

「鳥かごのハイディ」第十六話

Border
(2)

「チェック!」

 扉が開く音と共に、看護師長のクレアの声が聞こえた。目を覚ましたわたしは、いまだにこの狭い鳥かごの中にいることを知り、大きなため息をつく。
 いつの間にか真っ暗になっているこの部屋と、窓の向こう。すぐ傍には椅子に腰掛けたままで眠るアガサの姿があった。
「クレア……、今は何時なの?」
 ベッドから訊ねると、クレアは腕時計の文字盤をペンライトで照らし、「午前二

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「鳥かごのハイディ」第十七話

「鳥かごのハイディ」第十七話

Border
(3)

 あの日、思い出の宝箱の中の、エレノアに宛てられたチャーリーの手紙の文言が脳裏を揺蕩っていく。

 ママが言った、オレンジの片割れには、きっともっと別の意味があったって思うのはわたしだけじゃないはずよ。
 ねぇ? エレノアだってそう思うでしょ? 
 でももしそう思わないなら、わたしたちは体だけじゃなく、心までも切り離されたオレンジの片割れだわ。
 わがままばかり言って、本当

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「鳥かごのハイディ」第十九話

「鳥かごのハイディ」第十九話

String
(2)

 大通り沿いにある、小さなダイナーに移動したわたしたちは、店の公衆電話から連絡をして、パパが迎えにきてくれるのを待った。早朝でしかも突然だったから、始めは電話の相手がわたしだってことを信じてくれなかったパパも、アガサに代わった途端、ようやく現実だと気づいてくれた。
 近くにあった標識の番地を告げると、パパは、動かずに待っててくれと何度も繰り返し、名残惜しそうに電話を切った。

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「鳥かごのハイディ」第二十話

「鳥かごのハイディ」第二十話

String
(3)

 チャーリーがそれを望まないこともわかっていた。それでもママのベッドで泣き暮らすチャーリーを見ていたら、このまま家族の想い出の詰まったラクロスにいたら、いつまでたっても哀しみは癒えることはないだろうと思わせた。
 だからわたしは、喪失の痛みからチャーリーを遠ざけるためにミルウォーキーの高校へと追い出したんだ。将来のことを考えれば、たとえ恨まれることになったとしても、学校に通

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「鳥かごのハイディ」第二十一話

「鳥かごのハイディ」第二十一話

Towing

 朝日が街を照らし、そこに暮らす人たちが疎らに出歩き始める頃、後からレッカー車に乗ってやって来たパパの同僚が、パパと同じランディのピックアップトラックを工場へと運ぶ段取りをしている。
「なんか混みいってたみたいだな。邪魔しちまって悪かったよ」
「いえ、それより本当にごめんなさい。わたしのせいで車どころか、旅の予定まで台無しにしてしまって」
 知らせを受けてお店を出た道路の脇で、レッ

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「鳥かごのハイディ」第二十二話

「鳥かごのハイディ」第二十二話

第六章KOOL

 雲一つない、澄み渡ったラクロスの青空の中を、大きな翼を広げた野生の鷲が、自由気ままに、赤と青の境界線を行き来している。新しい年の十月の中頃、再びわたしたちはあのレンガ造りの古ぼけた小さなダイナーに集まって、当時飲むことのできなかったホットレモネードを啜っていた。
「まったく! いつまで待たせるつもりなのよ? これだからアーティスト気取りの奴って嫌いなのよ!」
 待ち合わせの時刻

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「鳥かごのハイディ」第二十三話(最終話)

「鳥かごのハイディ」第二十三話(最終話)

I love you, I love you, I love you.

 グランド・ブラフ寝そべって 赤と青の境界線
 吹き抜ける 風に舞う 玉虫色の泡

 小さな鳥かごの中 膝を抱えたままなの?
 それとも
 手の平から零れる水を眺めたままなの?
 耳を澄まして…

 I love u,
 一歩前に進むたび想うよ
 I love u,
 一歩分踏み止まって振り返るから

 揺れて向かい合わさる

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